6 / 10
仕官
覚悟
しおりを挟む
「覚兵衛、只今戻った。」
安治は自邸に戻るなり、覚兵衛を呼んだ。覚兵衛には、木下藤吉郎との経緯を真っ先に伝えなければならない。覚兵衛は、直ぐにやってきた。
「若、お帰りなさいませ。して、首尾は?」
「うむ。仕官はなった。木下様には、いたく気に入られた。」
「ほう!それは祝着にございます。」
覚兵衛も、一安心したようであった。木下藤吉郎ならわかってもらえる、そう太鼓判を押したのは、他ならぬ覚兵衛である。覚兵衛には、彼なりの勝算があったからこそ、安治の背中を押したのであろうから、この顛末は見えていたやも知れないが、やはり安治から結果を聞くまでは不安だったことだろう。
「木下様には、“父のごとく仕えよ”というお言葉まで賜った。初めて会うわしに、何故、かようなほど目をかけていただいたのか皆目見当もつかぬが、ここは、誠心誠意、木下様にお仕えしようと思うておる。」
「 “父のごとく仕えよ” でございますか…これは、相当を気を引き締めていかねばなりますまい。」
そう安治にいう覚兵衛の顔が、幾分曇ったように見えた。
「覚悟の上じゃ。わしにそこまで賭けてくれた以上、それに応えるのが、それこそ“孝行”ではないか。」
「…若。どうも思い違いをなさっているようにお見受けいたします。もちろん、拙者の思い違いならばいいのですが…。」
「木下様の何が気に入らぬのじゃ?仕えるべきは木下様と申したのは、お主の方ではないか!?」
安治は、素直に喜ぼうとしない覚兵衛に少々腹が立っていた。
「確かに、左様申し上げました。それ故、仕官がなったと若から伺ったとき、心底安堵しました。ところが、でございます。木下様は、“父のごとく仕えよ”と仰せ遊ばしたそうですな。見ず知らずの者にそこまでの言葉をかけるような方がおられるとは…。」
「そうじゃ、まさにそのとおりじゃ。そこまで、わしを買ってくれた以上、木下様にお仕えする以外の道があろうや。」
「若、それこそまさに木下様の“思うつぼ”なのでございます。若にそう思い込ませることが狙いなのです。」
「思い込ませる、じゃと!?木下様のお言葉は、虚言とでも申すのか?」
「滅相もない!虚言や謀ごとでそのような言葉、かけられようもございますまい。よしんば、そのような思いの潜む言葉に、人は心打たれるでしょうか?拙者が申したいのは、そのような言葉を、たとえ初めて会ったものにさえ、“真心”からかけられる木下様に、畏れを抱いたまでのことでございます。」
安治には返す言葉が見つからなかった。言われてみれば、覚兵衛の言うとおりである。木下藤吉郎の言葉に嘘、偽りは毫もないであろう。それは、対面した安治には痛いほどわかる。だからこそ、安治も木下藤吉郎に賭けたのだ。だが、覚兵衛は、相手にそこまで強いる木下藤吉郎に恐怖に近いものを感じているのだ。覚兵衛も、木下藤吉郎がそこまでの男であることまでは、思いもよらなかったというわけである。
「ならば、覚兵衛、わしは一体どうせよ、と?」
安治の中で、既に答えは出ているが、覚兵衛に問わずにはいられなかった。
「…若。畏れながら、愚問でございますな。もはや、若がなすべきことは一つしかございますまい。」
「木下様と一蓮托生ということよな。」
安治は、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。覚兵衛は、慈愛の眼差しを向け、深くうなずいた。
「若。ご安心召されよ。不肖、覚兵衛、"何があろうとも”、若のお傍から離れることがありませぬ。」
何があろうとも、か。覚兵衛もまた、このわしに賭けざるをえないというわけか…。
「覚兵衛、痛みいる。今のわしは木下様の子として、恥ずかしくない戦功を立てるまでよ。木下様からは、直ぐに参れと申し渡されておる。今からでも罷り越したいところではあるが、もう一人、このことを告げてから向かうこととする。」
安治は自邸に戻るなり、覚兵衛を呼んだ。覚兵衛には、木下藤吉郎との経緯を真っ先に伝えなければならない。覚兵衛は、直ぐにやってきた。
「若、お帰りなさいませ。して、首尾は?」
「うむ。仕官はなった。木下様には、いたく気に入られた。」
「ほう!それは祝着にございます。」
覚兵衛も、一安心したようであった。木下藤吉郎ならわかってもらえる、そう太鼓判を押したのは、他ならぬ覚兵衛である。覚兵衛には、彼なりの勝算があったからこそ、安治の背中を押したのであろうから、この顛末は見えていたやも知れないが、やはり安治から結果を聞くまでは不安だったことだろう。
「木下様には、“父のごとく仕えよ”というお言葉まで賜った。初めて会うわしに、何故、かようなほど目をかけていただいたのか皆目見当もつかぬが、ここは、誠心誠意、木下様にお仕えしようと思うておる。」
「 “父のごとく仕えよ” でございますか…これは、相当を気を引き締めていかねばなりますまい。」
そう安治にいう覚兵衛の顔が、幾分曇ったように見えた。
「覚悟の上じゃ。わしにそこまで賭けてくれた以上、それに応えるのが、それこそ“孝行”ではないか。」
「…若。どうも思い違いをなさっているようにお見受けいたします。もちろん、拙者の思い違いならばいいのですが…。」
「木下様の何が気に入らぬのじゃ?仕えるべきは木下様と申したのは、お主の方ではないか!?」
安治は、素直に喜ぼうとしない覚兵衛に少々腹が立っていた。
「確かに、左様申し上げました。それ故、仕官がなったと若から伺ったとき、心底安堵しました。ところが、でございます。木下様は、“父のごとく仕えよ”と仰せ遊ばしたそうですな。見ず知らずの者にそこまでの言葉をかけるような方がおられるとは…。」
「そうじゃ、まさにそのとおりじゃ。そこまで、わしを買ってくれた以上、木下様にお仕えする以外の道があろうや。」
「若、それこそまさに木下様の“思うつぼ”なのでございます。若にそう思い込ませることが狙いなのです。」
「思い込ませる、じゃと!?木下様のお言葉は、虚言とでも申すのか?」
「滅相もない!虚言や謀ごとでそのような言葉、かけられようもございますまい。よしんば、そのような思いの潜む言葉に、人は心打たれるでしょうか?拙者が申したいのは、そのような言葉を、たとえ初めて会ったものにさえ、“真心”からかけられる木下様に、畏れを抱いたまでのことでございます。」
安治には返す言葉が見つからなかった。言われてみれば、覚兵衛の言うとおりである。木下藤吉郎の言葉に嘘、偽りは毫もないであろう。それは、対面した安治には痛いほどわかる。だからこそ、安治も木下藤吉郎に賭けたのだ。だが、覚兵衛は、相手にそこまで強いる木下藤吉郎に恐怖に近いものを感じているのだ。覚兵衛も、木下藤吉郎がそこまでの男であることまでは、思いもよらなかったというわけである。
「ならば、覚兵衛、わしは一体どうせよ、と?」
安治の中で、既に答えは出ているが、覚兵衛に問わずにはいられなかった。
「…若。畏れながら、愚問でございますな。もはや、若がなすべきことは一つしかございますまい。」
「木下様と一蓮托生ということよな。」
安治は、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。覚兵衛は、慈愛の眼差しを向け、深くうなずいた。
「若。ご安心召されよ。不肖、覚兵衛、"何があろうとも”、若のお傍から離れることがありませぬ。」
何があろうとも、か。覚兵衛もまた、このわしに賭けざるをえないというわけか…。
「覚兵衛、痛みいる。今のわしは木下様の子として、恥ずかしくない戦功を立てるまでよ。木下様からは、直ぐに参れと申し渡されておる。今からでも罷り越したいところではあるが、もう一人、このことを告げてから向かうこととする。」
2
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
万葉の軍歌
せりもも
歴史・時代
太平洋戦争末期。南洋の島に派兵された青年たちは、『万葉集』の家持の歌に鼓舞され、絶望的ないくさを戦っていた。『万葉集』なんて、大嫌いだ! 吐き捨てる俺に、戦友の桐原は、それは違うと言った。大伴家持と、彼が心を捧げた聖武の息子・安積皇子。万葉の歌の秘密が、今、明かされる……。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
戦国三法師伝
kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。
異世界転生物を見る気分で読んでみてください。
本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。
信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…
夢のまた夢~豊臣秀吉回顧録~
恩地玖
歴史・時代
位人臣を極めた豊臣秀吉も病には勝てず、只々豊臣家の行く末を案じるばかりだった。
一体、これまで成してきたことは何だったのか。
医師、施薬院との対話を通じて、己の人生を振り返る豊臣秀吉がそこにいた。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる