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2023年10月31日

第一話 18:23

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 私……誘拐されてる……

 十月三一日、ハロウィンのこの日、私、エレン・シュレーダーは仮面をかぶった二人の男に街中でいきなり両側から両腕を捕まえられ、馬車に押し込まれた。

 いえ、ウソをつきました。私からこの馬車に乗ってしまったのです。

 だってこの日は夫の主催するハロウィンパーティー。
 この時の私は出かける準備が遅くなってしまい焦ってしまい、大慌てでマンションの玄関を出たのでした。

 街はハロウィンらしくオレンジのネオンでとてもきらびやか。それに合わせるかのように、いろんなコスプレをした人達が、楽しそうに歩いています。
 そんな中、目の前に明らかに私を『待っていました』とばかりに、真っ黒な馬車と、道化師の格好をして仮面をかぶった男性二人が客席の扉を開けて手招きしていたのです。

 私はてっきり夫が用意した手の込んだ演出なのかと思い、つい乗ってしまったのです。

 でもすぐに違う事に気がつきました。だって馬車に乗った途端、両サイドにその男性二人はそれぞれ座り、私の両腕を掴んで動けなくしたのですから。
 それに私と夫は、現在……子供ができなかった事もあるとは思いますが、業務連絡のような用件のやり取り以外、全く会話のない冷めた関係……つまり夫がこんな事をする訳がありません。

 まあ……夫に少し期待していたのはあるんですけど……

 つまり、私は自分から誘拐されてしまったのです。
 当然の事ながら、パーティー会場であるホテルの前は通り過ぎてしまいました。

 あ~……ホントなら今からあそこで、病院の元同僚とかと楽しくおしゃべりができたのに……

 ついそんな事を思ってしまったのですが、そんなのん気な状況じゃありません。何せ見ず知らずの男性二人に両腕を掴まれて、動けないのです。
 そしてこの状況に、不安でいっぱいになってきました。

 身代金誘拐? 恨みつらみ?

 いろいろと考えましたが、やっぱり何も分かりません。かと言って両サイドの男性に聞くのも怖くて声も出せません。その時、

 ティロリン♪

 スマホにメールかSNSのDMが届きました。さっきマンションを出る前に、親友のセブリーヌに、

【これから行く! ごめん】

 と、DMを送ったので、たぶんその返信だと思います。
 しかし私は両手を使う事ができないので、当然返信どころかDMを見る事もできません。
 それに両側の男たちも無反応。

 あ~あ~……。なんでこんな事になっちゃったんだろう……

 そう途方に暮れながら馬車の窓の外を見ていると、信じられない事が起こっていました。

 LEDで着飾った派手な街路樹とその歩道を歩いている人達が、だんだんと目線の下に下にと下がっていくではありませんか!
 最初は上り坂かと思ったのですが、そうじゃありません! だって、どんどんと街の灯りがまとまって小さく自分たちのだいぶ下にあるのを確認してしまったから。

 この馬車は空を飛んでいるっっ?

 よく考えると、さっきから馬車が走っている割には、全く揺れがない……
 
 えええええええええええええ~~~~~っっ! まさか、天国のお迎え~~~~~っ!

 今日はハロウィン。ご先祖様や悪霊がやってくる日。確か悪霊に見つからないように仮面をかぶったりしないといけない日。そんな日に、何のコスプレもせず、普通にマンションから出てしまった私は、悪霊に見つかって……いやいや、そんなバカな。

 こんな空想を語っても意味がありません。実際に私はまだ息をしているし、両サイドから腕を掴まれている感覚もあります。つまり身体が機能しているのです。
 それにさっきから気になっていたのですが、妙にこの馬車……両サイドの二人もかもですけど、カビ臭い。何とも言えないすえた臭いがこの狭い馬車に充満しているのです。
 正直、だいぶ気分が悪くなってきました。

 そんな時、窓に外に崖にそびえ立つ古いお城が目に入ってきました。
 暗くて分かりずらいですが、月に照らされた城のあのシルエットは、たぶんルースヴェン城……。
 もう百年以上、誰も住んでいないし、不動産で売りに出しても買い手がつかなくて困っていると聞いた、あのルースヴェン城だと思います。

 でも街からは三十キロくらいは離れていたはず。体感でですがまだ五分と経っていない気がしました。

 こんな早くお城に着く? そう思っている間にも、馬車はどんどんその城に近づいて行き、ついには城の門めがけて突っ込んで行っている事に気がつきました。

 誰もいないはずじゃないの? だってお城は真っ暗なのにっっ。それに門は閉まっているんじゃ……っっ。

 そんな混乱した私を乗せた馬車は、速度を落とす事なく、あっという間に何の音も立てず、その真っ暗の門をなぜか通り抜けたようなのです!

 私は驚いて身体をビクつきさせましたが、それよりももっと驚いた事が起こりました。

 真っ暗なはずのお城の中は、青白い光がそこら中に灯され、そこには無数の、まるでゲームから飛び出したようなモンスター達が、馬車に向かって歓声をあげていたのです。
 これはまさしく地獄の入り口。

 あ、私、死んだ……

 こんな諦めきった私を乗せた馬車は、城の中庭の中央の大きな炎が上がっている台座の近くに静かに到着しました。
 そして馬車のドアが開きました。
 もう半泣きの私は両サイドの男に連れられる形で馬車を降ろされました。

 するとモンスター達の歓声は更にヒートアップ。その歓声に押しつぶされそうです。
 ここまで来ると、もう恐怖でしかありません。

 た、食べられる~~~~っっ!

 全身が震え、息もしづらくなってきました。

 そんな私の前に、少しくたびれた燕尾服をまとった長身の男性がやってきたのです。やはり顔にはアイマスク型の仮面をつけています。

 それは以前見た『オペラの怪人』のようなカッコよさでした。
 しかし今の私には、恐怖の対象でしかありません。

 その男性は、私を一目見ると、少しだけ戸惑ったような動きをした気がしました。
 しかしすぐに私の所までやってきて、優しく抱きしめたのです。
 私は体全体をこわばらせました。しかしそんな事は気にせず、仮面の男は耳元でこう言ったのです。

「……すいません。どうやら部下が人違いをしたようです」

 えええええええええええええええええええええっっ! 人違い~~~~~~~~~~っっ!
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