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第五章 復活のはじまり

第六十話 屋敷の中で

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 モゴシュの屋敷で一度寝る事になったオクタヴィアン。ローラの棺桶がちょうどいいと思い、案内してもらったところ、ラドゥとローラの新婚ホヤホヤの小屋に来てしまった。

「あ~……別の棺桶なんて~……ないですよねえ~……」

「ありませんわね」

 オクタヴィアンの質問にモゴシュ夫人はビシっと答えた。

 やっぱりエリザベタそっくりっっ。

 オクタヴィアンはそう思わずにはいられなかった。
 
「じゃあ中に入りますよ」

 そう言うとモゴシュ夫人は小屋のドアノブに手をかけた。
 その時、オクタヴィアンは妙な臭いと、微かな物音を聞いた。

「あ、待って」

 オクタヴィアンはドアノブにかけた手の上から左手を置くと(静かに離れて)と右手でモゴシュ夫人に合図した。

 モゴシュ夫人はすぐにそれを察してドアから離れた。
 それと同時に他のみんなも離れた。

 一人ドアの前に残ったオクタヴィアンは、深く息を吐くと、ドアに隠れるように思いっきり手前に開けた。

 すると、

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

と、いうこの世の者ではない叫び声が聞こえ、小屋からラドゥの親衛隊の一人が飛び出した。

「あ、あいつ! 生きてたのかっっ!」

 オクタヴィアンは慌てて皆の前に出た。

「ぜ、全員死んだんじゃっっ」
「わわわわわわっっ」
「ベルキ、ニンニクの準備」
「うん、おじさん」

 モゴシュ夫人とバサラブが混乱している中、使用人のおじさんは冷静に目で親衛隊を追っている。ベルキもバタバタしながらもニンニクや十字架を夫人とバサラブに与えている。
 その様子を伺いながら、親衛隊は二十メートルくらい離れた場所でオクタヴィアンを睨みつけている。

 …………ラドゥや仲間達が死んだ事が分かってるな……

 オクタヴィアンは皆がやられないようになるべく壁の角にジリジリと皆を移動させた。
 ニンニクや十字架があるのなら、背中を見せないで貝のように鉄壁の守りに徹した方がいいと思ったからだった。

「君の仲間はみんな死んだ! もうこんな事やめてオスマントルコに帰るんだ!」

 こんな事言っても無駄だよな……

 オクタヴィアンはそう思いながらも、彼女を説得できないか考えた。
 しかしワラキア語は通じないし、そもそも彼女は怒り狂っており、理性のかけらも感じない獣と化している。

 親衛隊の彼女は四人を前にして地団駄を踏んでいる。
 どうやらオクタヴィアンを殺したいが、後ろの三人が十字架を手にしており、眩しくて危険な事が分かっているから近寄れないのだ。

 そんな中、オクタヴィアンは朝日が出始めた事に気がついた。

 親衛隊の彼女もそれに気がつき、明らかに焦りの表情を見せた。

「あ! あの人の棺桶の部屋! 日中は日に当たっちゃうから戻れなくなるんだわ!」

「な、なるほど……」

 じゃあ早期決着を狙ってるな……

 オクタヴィアンはジリジリと親衛隊の彼女に詰め寄った。
 使用人のおじさんとベルキも、オクタヴィアンの後ろから、十字架とニンニクを手に持って近寄っていく。

 ちなみにオクタヴィアンの背中は現在ヒリヒリしていてかなりヤバい状況である。
 しかしそんな事を言っている場合ではない。

 親衛隊の彼女もオクタヴィアン達に合わせてジリジリと後退し、間合いを取っているが、こうしている間にも朝日は登り、辺りは明るくなってきている。

 そして限界がきた。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

 意を決した彼女はオクタヴィアンに突っ込んできた。

 オクタヴィアンは突っ込んで来た彼女のナイフのような両手を何とか避けると同時に彼女の身体を胸の辺りから上下に真っ二つに切り裂いた。

「ガアアアアアアアア……………」

 親衛隊の彼女は断末魔の叫び声をあげた。
 その時、彼女の何ともやるせない悲しい表情が、オクタヴィアンの目に入ってきた。

 ドサッ!

 親衛隊の彼女がそのまま地面に二つになって崩れると、オクタヴィアンは立ち尽くし、他の四人は安堵の顔を見せた。

「よ、よかったっっ! オレ様ちゃんもうやだよっっ、こういうのっっ!」

「こ、怖かった~っっ」

 バサラブとモゴシュ夫人が腰を抜かしてその場で座り込むと、使用人のおじさんとベルキはお互いに顔を見合わせて、オクタヴィアンを見た。

「吸血鬼はあんなに速いのか? わし達じゃ全く相手にならんじゃないか」

「え? うん。おじさん達はあくまで身を守る事を考えた方がいいと思うよ」

 おじさんの質問にオクタヴィアンは少し上の空である。

「どうした?」

「うん。何かね……この子の悲しい顔を見ちゃったから……ちょっとね……」

 オクタヴィアンはラドゥから彼女達の過去を聞いていたので、怪物と分かっていながらも複雑な気分になった。

「吸血鬼さん! もう日がさすよっっ!」

 ベルキが朝日を指差した。
 オクタヴィアンもここに止まっている訳にはいかない。
 オクタヴィアンは慌ててラドゥとローラの新婚小屋に入った。

 中に入ると、ダブルベッドがまず目に入った。

 ん~……やっぱり他がよかった……

 こんな事を思いながらも、部屋の奥へ向かうと、奥の部屋に棺桶が二つ並んでいた。

 ああ、これだ……

 オクタヴィアンはすぐにどちらがローラの棺桶か分かった。
 棺桶の大きさは同じなのだが、ローラの匂いと、屋敷の土の匂いがしたからである。

 そしてローラの棺桶のフタを開けると、そこにはローラがいっしょに住んでいた頃に身につけていた赤と黒のチェック柄のスカーフが目に入った。

 オクタヴィアンはまた涙が溢れそうになった。

 そんな時、後ろから声が聞こえてきた。

「あ~、思ったより何にも置いてないんだねえ。せっかくオレ様ちゃんがここ使うの辞退して二人に使ってもらったのにねえ」

「オクタヴィアン。棺桶はあったの? なかったらあなたどうなるの? 外はもう日が照っててあなた出れないわよ」

 バサラブとモゴシュ夫人がオクタヴィアンの様子を見に入ってきたのだ。

「あ、大丈夫です。ローラのを見つけました」

 オクタヴィアンは慌ててローラの棺桶にフタした。なんとなく見せたくなかった。
 そこにバサラブが声をかけてきた。

「なあオロロックちゃん。オレ様ちゃん、ちょっと思ったんだけどさあ、さっきの吸血鬼もそうだけど、吸血鬼が血を吸った人間も吸血鬼か、え~…っと何とかって怪物になるんだよねえ? 外の森とか、危険なんじゃない?」

「……やっぱり……そう思いましたか? 実はボクもそれが気になってたんです」

「え? ただでさえ何がいるか分からないあの森に?」

 二人の会話を聞いた夫人はたいそう驚いた。

「はい。ボクが思うに、屍食鬼達が少なからず生まれてしまっているんじゃないかと……」

「ど、どうしたらいい? オロロックちゃん?」

 バサラブは、ベッドの横にあったイスに腰掛けた。
 いつものチャランポランな顔はどこえやら、かなり真面目な顔である。

 夫人ももう一つのイスに腰掛けた。

 オクタヴィアンはローラの棺桶のフタの上に悩みながら座った。

「そうですねえ~……。分かっている事は昼間は自分もそうなんですけど、よっぽど活動しないって事と、屍食鬼ならば動きが鈍いので遠くから十字架とかを投げて燃やすとか、後ろから首を切るとか……でも噛まれたり、ヤツらの血を飲んじゃったりすると、その人も屍食鬼になっちゃうから~……それに吸血鬼ならば言葉を話しますけど、敷地内に入れなければ襲う事もできないんで……」

「じゃあとりあえず夜は絶対に外に出ない事ね!」

 モゴシュ夫人が答えた。

「それと、昼間に吸血鬼退治をする人間を作った方がいいかと思います。出来たら神父さんで」

 これを聞いたバサラブが勢いよくイスから立ち上がった。

「そ、そうか! そうだよね! さすがオロロックちゃん! オレ様ちゃん早速部下にそれを伝えるわ! こうなったら寝てる暇なんてないわ! じゃあオレ様ちゃん行くよ! じゃあねオロロックちゃん! 奥様!」

「え! 今日は寝なさいよ! バサラブ様~!」

 夫人の声にバサラブは手を振って答え、小走りで屋敷の本館に戻って行った。
 その光景を夫人は見終わると、

「じゃあ私も一度寝る事にします。いい? 私はここに残りますけど、何としてもうちの人をここに戻して下さいね」

と、言い残し、夫人も部屋を後にした。

 オクタヴィアンは夫人を見送ると、ローラの棺桶に入ろうとした。

 するとまた小屋のドアが開き、今度は使用人とベルキが入ってきた。
 おじさんは平常心だが、ベルキは顔が真っ赤で確実に泣いた後が分かる。

「ど、どうしたの?」

「今、奴らの寝ぐらを調べていたんだが……」

 おじさんも言葉が詰まる。

「どうしたの?」

 オクタヴィアンの問いかけに少し時間をかけて、ベルキが口を開いた。

「…………いろんな服があって……そこに僕のお母さんとお父さんの服があった……」

 この言葉に、オクタヴィアンも声が出なくなった。
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