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第四章 ワラキア公国の未来が決まる日

第五十五話 決着

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「や、やった?」

 オクタヴィアンは空中高く舞い上がったラドゥをよく見た。

 ラドゥはおもむろに、自ら胸に刺さった木の杭を引き抜いた。
 それと同時に無数の木の枝もポロポロと身体から抜け落ちた。

「ふう~~~~~っっ。危なかったよオクタヴィアン、やるじゃないか! 後少し左にずれていたら僕は死んでいたね! それにしてもテスラの動きには感服したよ。あんな風に霧を使うなんてね。全く思いつきもしなかった。今の技を僕も使ってみよう」

 そう言うとラドゥはフワッと霧になり、目の前から消えてしまった。

「な! 消えた!」

 オクタヴィアンは慌てた。どこにいるか分からないっっ!

「オクタヴィアン! 消えていない! よく見ろ! 白いモヤになっているはずだ! 匂いも嗅ぐんだ!」

 テスラの声が聞こえた。
 オクタヴィアンがそうだったと思った瞬間、真後ろにラドゥの臭いを感じた。

「遅いよ」

 その言葉を聞いたと同時に、オクタヴィアンは木の杭が背中の皮膚を破り、メリメリっと入ってくる感触を感じた。

「ヤバい!」

 オクタヴィアンは慌てて地上に移動した。背中には木の杭がまだ刺さっている。

 これを押されたら自分は死んでしまう。

 オクタヴィアンは慌てて木の杭を抜いた。そしてラドゥが追ってきてないか周りを確認した。

 しかしラドゥは先程の場所から動いていなかった。

 そしてかなり苦しそうに見えた。
 致命傷ではないにしろ、かなりなダメージを与えた事にオクタヴィアンは気がついた。

「君は悪運が強いねえ~っっ」

 ラドゥはまたもや木の杭で死ななかったオクタヴィアンに嫌味を言ったが、やはりかなり辛そうだ。

「それにしてもだ……この霧になるのは……怪我をしている時にするものではないみたいだな……。思ったより体力がなくなってしまったよ」

 ラドゥはそう言うと、フワ~……と、風まかせの布切れのように空中を漂い始めた。

 その不気味な漂い方に、テスラとオクタヴィアンは近づくのに躊躇した。罠にしか見えなかったからである。

 二人はゆっくり移動するラドゥを距離を取りつつ追った。

 するとラドゥはいきなり霧に変幻したかと思うと、一気にヴラド公の背後に現れた。

 ヴラド公とグリゴア、バサラブの三人は、ラドゥが霧になる知識がなかった事と、暗闇の中、灯りは近くに落ちている松明だけという事が重なって、気がついていない。

「ヴラド公! 後ろーーーーーーーーーーーーーっっ!」

 オクタヴィアンは叫んだ。

 ヴラド公はその声を聞き、振り向こうとした。
 すると首筋に何かが噛みついたような痛みが走った。

 ラドゥはヴラド公に噛みつき血を吸い始めたのだ。

「ラ、ラドゥ……っっ!」

 ヴラド公の意識がどんどん遠のいていく。

 血を吸うラドゥは不敵な笑みを浮かべた。

 そこにいたグリゴアとバサラブは、あまりの急展開に、頭がついていかない。

 その時、テスラが指をくわえた。

 ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 このテスラの口笛を合図に、ヴラド公達の後ろで横転している馬車の後ろから、アンドレアスが現れた。
 しかしその姿は全身の毛を逆立て、顔は更にオオカミに近づき歯は剥き出しになり、手や足の爪は鋭くなり、完全に凶暴化してまるで別人。

 そのアンドレアスが、馬車を乗り越えラドゥの肩に両足をつけて乗ると同時に頭に噛みついた!

「な! オオカミ?」

 アンドレアスの牙は、ラドゥの眼に食い込み、完全にラドゥの視力を奪った。

 ラドゥは慌ててヴラド公から口を離し、アンドレアスの噛みついている上顎と下顎をそれぞれ掴むと、力任せに開いて頭から外しにかかった。

 その時、かろうじて意識のあったヴラド公が、自分の剣の先端を両手で自分の腹に突きつけると、勢いよく突き刺し、自分もろともラドゥを串刺しにした。

「な、ヴラド! キサマっっ!」

 ラドゥはそんな攻撃を受けると思っていなかったので、完全に気が動転した。

 そこに真横からすごい勢いでオクタヴィアンが木の杭と共に体当たりをした。

「ぐわあああああああああっっ!」

 オクタヴィアンの木の杭は、完全にラドゥの左脇に刺さり、その勢いもあって一気に身体の中心部分までグッサリと食い込んだ。

「今度こそ! 終わりだあーーーーーーーーーーっっ!」

「こ、こ、このハゲ……」

 オクタヴィアンの体当たりの衝撃は凄まじく、ラドゥとヴラド公、アンドレアスは十数メートル横に吹っ飛んだ。

 アンドレアスはラドゥから離れて着地したが、串刺しになっているヴラド公とラドゥと、体当たりしたオクタヴィアンはその姿勢のまま地面に叩きつけられた。

 しかもその勢いが凄すぎたせいで、身体がグルグルと何回転もしながら、三人バラバラに吹っ飛んだ。



 …………きれいな空だなあ…………

 オクタヴィアンは、森の合間から見える夜空の星を見ながら、何で自分は今ここで寝てるんだっけ? と、考えていた。

 身体は痛くないけど、何かボロボロになってる気がする……

 あれ? 手とか足とか……そこらじゅう枝が刺さりまくってるや……そりゃボロボロだよね…………

 ……何でこんなボロボロなんだっけ? 何したっけ? えっとお………

 ここでオクタヴィアンは自分がラドゥに突撃した事を思い出した。

「ラ、ラドゥ……は! ヴラド公っっ!」

 オクタヴィアンは何とか立ち上がると、すぐに二人を探した。

 すると自分のすぐ近くにヴラド公が木の間で倒れているのを発見した。

 ヴラド公は腹に刺さった剣が折れて、腹の中を引っ掻き回してしまったような大きい傷からかなりの出血をしており、手や足も折れて、とても生きているとは思えなかった。
 しかしかろうじて息はしている。

「……ヴラド公……」

 オクタヴィアンはとりあえずヴラド公はこのままにして、ラドゥを探した。

 すると今度は、少し離れた所にある一本の大きな木に、動物がぶつかって血が破裂したかのように、べっとりと血が飛び散っている様を見つけた。
 オクタヴィアンは足を引きずりながらそこに向かった。

 するとその木の奥の方の地面に、ラドゥが寝転がっているのを見つけた。
 ただし、それには胸より上がなく、足もまるで逆方向に折れて曲がっていた。

「……………………」

 オクタヴィアンはその身体の近くへ行こうとした時、木の近くの茂みに、今度は地面にラドゥの胸から上を見つけた。

 断面はぐちゃぐちゃになっており、ラドゥは断末魔の叫びをあげたような顔をしたまま、全く動かない。

 そして血がべっとりとついているその木の周りには、ラドゥの内臓らしき物や大量の血が散乱し、そこらじゅうに飛び散っており、かなり離れた所に、オクタヴィアンが刺した木の杭が転がっているのを見つけた。

 ラドゥは、その大きな木に激突した衝撃で、胸から刺さっていた木の杭がさらに刺さり、胸から上が引きちぎりられていたようだった。

 当然心臓は跡形もなくちぎれてしまい、ラドゥは絶命していた。

 こうして戦いは幕を閉じた。
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