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第四章 ワラキア公国の未来が決まる日

第五十一話 周りは敵だらけ

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 ブカレストの手前に広がる広大な森の中で、ヴラド公を守る為に戦う事になったオクタヴィアン。

 周りはモゴシュの私兵団以外にも、トルコ軍、そしてなぜか裏切ったテオフィルの私兵団と、二人は敵に囲まれた格好になっている。

 しかしいきなり現れ、手を切断したオクタヴィアンの登場で、周りの敵はかなり怯んでいた。

「裏切られたんですか?」

「うむ。モゴシュはそうなのは分かっていたのだが、テオフィルも敵側に寝返っていたよ。ブルーノに至ってはずっと私の事をトルコに報告していたらしい」

「ええ?」

「夜にこの森に来るように時間を合わせて来たのだ。しかし手前の平原でテオフィルの私兵団達がモルダヴィアの兵士達を襲い始めてな、その後は私に襲いかかってきたよ。それは愉快だったよ」

「え? 愉快なんですか?」

「ああ、愉快だ。モルダヴィアの二百人もバカだから、あれだけ私からの食料以外口にするなと言ったのに、テオフィルからの酒を飲んだみたいでな、腹を下してしまったのだよ。そこを襲われた。これだけの絶体絶命は初めてだ。面白い!」

 ヴラド公はすっかりハイになっているようだった。この話の間にも公を殺そうと向かって来るトルコ軍の兵を見事に返り討ちにしていた。

 オクタヴィアンは半ば呆れたが、こんな状況を続ける訳にもいかないと思った。

「これ、どうするんです? この状況はまずいですよっっ」

「うむ。このままでは勝ち目はないな。いいかげん、一旦引きたいんだがな」

「分かりました。引きましょう」

 オクタヴィアンはヴラド公をいきなり抱きかかえると、一瞬にしてグリゴアの乗っている馬車に戻った。

 これにはヴラド公もかなり驚いた。

 そしてグリゴアはヴラド公とオクタヴィアンが戻った事を確認すると、

「よし、とりあえず撤退ーーーーーーッッ!」

と、大声を発して馬車を走らせ始めた。

 しかし馬車の周りには敵がかなり迫っており、無数の矢が飛んでくる。

 オクタヴィアンはヴラド公を馬車の後方に残し、飛んでくる矢を全て捕まえて矢を撃ってくる敵めがけて突進し、敵の首を次々と切断していった。

 いきなり目の前で首がはねられ、死んでいく様を見せつけられた敵達は、恐れおののいて攻撃をしなくなった。

「よし! 今のうちに逃げるぞ!」

 そうグリゴアが声をあげて馬車を走らせた時、一本の妙に眩い矢が馬めがけて飛んできた。

 オクタヴィアンは「だあ!」と、その矢をまた掴むと、すぐに手に痛みが走り、の手が焼け始めた!

「な! え? 熱ッ!」

 オクタヴィアンは慌ててその矢を放した。

「な! 十字架?」

 その矢には、十字架が巻きついている。
 そんな矢が次々と馬車めがけて飛んできた。

 オクタヴィアンは大慌てでその矢を捕まえるがそのつど鋭い痛みが手を襲う。

「だあ! もう! 痛い! 眩しい!」

 そう言いながらも飛んでくる矢をオクタヴィアンは捕まえる。そしてその矢の飛んでくる方向を見た。

 そこにはヴラド公一の部下だったはずのブルーノと、矢を放つ数人の兵の姿。

「あそこか!」

 オクタヴィアンはそこ目掛けて一瞬で移動し、矢を放っている兵の首をはねると、ブルーノに襲いかかった。

 しかしブルーノの首に手が届く寸前に、オクタヴィアンの身体は横へ飛ばされた。

「な!」

 オクタヴィアンはなぜ飛ばされたか理解できなかったが、自分の身体にラドゥの親衛隊がタックルをしていっしょに飛んでいる事にすぐに気がついた。

 そしてその親衛隊は、不気味な顔をオクタヴィアンにのぞかせた。

「キ、キモいっっ」

 オクタヴィアンは慌ててその親衛隊から離れて地面に降り立つと、その親衛隊の顔をマジマジと眺めた。

 フードを取り、長い髪の毛をかきあげたその顔は、かつて人だった時代に、すでに何か恐ろしい拷問でも受けたかの様に額から右目にかけて焼けただれており、頬にかけても何か焼ける物を押し当てられたようなただれた後や水ぶくれの後がしっかり残っている。
 口は左に曲がり、あごは歪んでしまっていた。その口から犬歯を剥き出しにして、オクタヴィアンを威嚇していた。

「な、何がキミにあったんだよっっ」

 オクタヴィアンはその顔を見て少し気の毒になってしまった。

 しかし言葉が通じないのか、鋭い手を振りかざしながら親衛隊は突っ込んで来た。

 オクタヴィアンは焦ってとりあえず斬られないように後ろ向きに逃げまどった。

 するとまた一人、また一人と親衛隊の数が増えていき、気がつけば四人の親衛隊に追われていた。

「もう~!」

 オクタヴィアンは四人の攻撃を避けつつ、敵のトルコ軍の真っ只中にあえて突っ込んで行った。
 そうすれば、四人の親衛隊は攻撃をしてこなくなると思ったからである。
 
 しかし親衛隊は攻撃をやめず、目の前で味方であるはずのトルコ兵達がどんどんとバラバラになっていった。

 ええ? 味方じゃないのおおおおお~?

 オクタヴィアンはそう思いながらどんどんトルコ軍の中を突進していった。

 するとどんどん視界の中にこの軍をまとめているバサラブの姿が入ってきた。

 バサラブは、軍の前方が大騒ぎになっている事に気づいており、困惑の表情を浮かべていた。

 あ! バサラブだ! このままあそこに行っちゃえばいいや♪

 オクタヴィアンは更に勢いを増してバサラブに近づいた。

「な、な、な、な、何か何か来たあ!」

 馬車の上で立ちすくんでいたバサラブは、兵士達が掲げているいくつもの松明の灯りの中から叫び声と共に何かが近づいてきた事に気がついて驚いた。

「お久しぶりです! バサラブ様!」

 オクタヴィアンはバサラブのすぐ横に立って、いっしょに馬車に乗っていた。

「どわあああああああああああっっ!」

 バサラブは大声をあげて驚き、ふんぞり返って馬車から落ちそうになった。

「あ、危ない!」

 オクタヴィアンはバサラブを支えた。

「おお~っおお……あ、ありがとねっっ……ええ~とお~……どちらさん?」

「オクタヴィアンです。オロロック・オクタヴィアン」

「あ? ああ~っっ! ええええ? ええっっ? あの地主貴族のオロロックの息子? ええ? 君、な、何か……すごくおかわりになられましたねえ~っっ」

「いやいやお気遣いありがとうございます♪」

 この会話をしながらもオクタヴィアンは周りに気を配っていた。
 当然馬車の目の前にはラドゥの親衛隊が怒りながらこちらを睨んでいる。

 しかし数が足りない。
 一人いない。
 
「バサラブ様、すいませんね。ちょっとの間、ボクの盾になってもらいますよ。じゃないとボクが死んじゃうんでっっ」

「あらそう? そりゃ大変な~。君、何をしたの?」

「ボクも何でこうなったのかよく分かんないんですけどね。バサラブ様の統治時代も嫌いじゃなかったんで」

「君、それは本当かい? 嬉しい事、言ってくれるねえ~。おほほほほほほ♪」

「しかも今、味方のはずのトルコ軍をめちゃくちゃ殺しましたよっっ。アイツ達」

「ええ~? ウソでしょ~?」

「そのハゲちゃびんの言う事を間に受けないでくださいよバサラブ殿」

 オクタヴィアンとバサラブが顔を上げると、そこにはラドゥの姿があった。

「ラ、ラドゥ……」

 エリザベタとヨアナとローラの仇……この男さえいなかったら、こんな事にはなってなかったのに……

 オクタヴィアンは一気にここ数日の記憶が頭の中を駆け巡り、ラドゥを睨みつけた。
 ラドゥもかなり鋭い視線をオクタヴィアンに向けている。

 ラドゥはオクタヴィアンとバサラブを乗せた馬車の前方十メートルくらいの所へ降り立った。
 するとオクタヴィアンを追っていたラドゥの親衛隊三人はラドゥの後方へ移動した。

「……。オクタヴィアン……ローラはどこだ? 妻を返してもらいたい」

 ラドゥは鋭い視線のまま、オクタヴィアンに質問をした。後方の親衛隊も何か言いたげである。
 オクタヴィアンは込み上げてくる涙を抑えながら答えた。

「ローラは死んだ……。そこの感じの一人が殺した」

「な、何だと……?」

「……ボクを助けたローラを裏切りと思ったのか、キミの仲間がローラに木の杭を背中きら心臓をついて……彼女は死んだ。……死んだんだっ!」
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