薄毛貴族とその家族、ドラキュラ以前とその弟、そして吸血鬼。〜ボクは国の行く末より、自分の髪の毛の方がよっぽどか心配!!〜

広田川ヒッチ

文字の大きさ
上 下
49 / 70
第四章 ワラキア公国の未来が決まる日

第四十九話 目が覚めたら最前線

しおりを挟む
「モゴシュの私兵団? それホントか?」

 グリゴアは床に横になっているローラの前で正座して、動く気配のないオクタヴィアンに聞き返した。

「ああ、本当だ。このままブカレストにヴラド公が向かうと、森で不意打ちを食らうよ! だから今から奴らを叩きに行こう!」

 グリゴアは腕を組んで考えた。

「オクタヴィアン……それが本当だとして、今から叩きに行くのもいいとして、オクタヴィアン。おまえは戦えるのか? もう日が昇っているぞ? おまえこそ死んでしまうんじゃないのか?」

「そ、そんな事はないよ! ローラの仇をとるんだ!」

 グリゴアは困った顔をした。

「オクタヴィアン……その情報はヴラド公にちゃんと伝える。だから今はその娘の横でもいいから一度寝ろ。いいな? 今のおまえは冷静さに欠けている。今行ったら本当に死ぬぞ」

 オクタヴィアンは「冷静さに欠けている」と言われて、少し落ち着きを取り戻した。
 そしてローラに目を移した。

「……分かった。一度寝るよ。ローラ……子の棺桶も頼むよ」

「分かった。お休み」

 グリゴアとヤコブは隠し通路から去っていった。
 
「アンドレアス……キミもここで寝るかい?」

「ヘ、ヘイ、ダンナ~っっ。ゔゔ~~~……」

 涙と鼻水でぐしょぐしょのアンドレアスもこの通路でローラの横にしっかりピタっとくっつくように並んで横になった。
 オクタヴィアンは、ちょっと嫌な気分になったが、アンドレアスも悲しいんだと思う事にして、ローラと並ぶように横になり、ローラを挟んで川の字になって三人は寝た。



 ガタガタガタガタガタガタガタガタ……

「ぐああああ! や、やられたっっ! い、痛いっっ!」
「し、死にたくないよお~!」

 ……え?

 オクタヴィアンはやたら身体全体が揺らされている振動と、騒音と、人の叫び声の中、目が覚めた。
 しかし、起きたその場所は真っ暗な箱の中のようである。

 ……何? 何? ボク、昨日ローラの横で寝たはず……

 ドカーンッ!

 オクタヴィアンが全く理解できていないその時、自分が入っている箱の上に誰か倒れて来たような衝撃がきた。

「な、何?」

 オクタヴィアンは慌てて箱を開けた。
 するとその箱からずるりと倒れる男の姿が。
 そして何故かここは走っている馬車のホロのついている荷台の中のようだ。

「もう一度突っ込むぞ!」

「オ、オラ死ぬのはごめんだわ~~~っっ」

「痛いよおーーーーっっ!」

 オクタヴィアンはとっさにここが戦場で、馬車にはグリゴアとアンドレアスとヤコブが乗っているを察した。
 それとヤコブが矢に撃たれて自分の寝ている箱に倒れ込んできた事も理解した。

 オクタヴィアンは箱のフタをあげて荷台に出ると、目の前に倒れているヤコブを抱きかかえた。
 ヤコブは背中から身体の中心に矢が刺さっており、普通なら助からない。

「お、おいっっ」

「わ、わし、死にたくないっっ。だ、だってまだ結婚したばっかで……嫁さ……、た、頼む、わ、わしも吸血鬼に……っっ」

 ヤコブは事切れそうだ。
 オクタヴィアンは悩んだ。

「キ、キミ、それはしない方が……嫁さんとむしろ会えなくなるよ……」

「それもヤダ……で、でも死にたくない……お願い……」

 ヤコブは放っておいたら死ぬ。

「また矢が飛んでくるぞーーーーーっっ! 気をつけろーーーーッッ!」

 グリゴアが御者席から大声で叫んでいる。
 アンドレアスはもうこの箱の横で頭を抱えてブルブル震えて動けない。

 オクタヴィアンに悩む暇もない。

「……後悔しないでね」

 オクタヴィアンはそう断りを入れると、ヤコブの首筋に牙をたてた。
 オクタヴィアンの立てた牙が、ヤコブの皮膚を突き抜け、赤い血がオクタヴィアンの口の中にジワ~っと入ってくる。

 美味い! 美味すぎる!

 オクタヴィアンはぐびぐびヤコブの血を吸い出す。しかしすぐに我に返った。

 ああ~! ダメダメダメ~っっ! これでこの子が死んじゃったら、吸血鬼どころか屍食鬼になっちゃう!

 オクタヴィアンはヤコブの首筋から口を離した。
 案の定、ヤコブはグッタリしている。

「おいっっ! キミ、生きてるか?」

 ヤコブは返事をしない。
 そしてガタガタとした振動と周りの騒音もあって、オクタヴィアンはヤコブの生死を見分ける余裕がなかった。

「と、とりあえず、この中で寝てて……」

 オクタヴィアンはとっさにヤコブをさっきまで自分が寝ていた箱の中に入れた。
 そして御者席に移動してグリゴアに事情を聞こうとした。
 するとここが森の中という事に気がついた。

「こ、これ、どうなってんの?」

 しかしグリゴアに事情を話す余裕がない。

「あ、オクタヴィアン! あそこにヴラド公がいる! この馬車で助けたいけど、これじゃ間に合わないし、近寄れないんだ! 行ってくれ!」

 いきなりヴラド公を助けてと言われても意味が分からなかったが、オクタヴィアンはとりあえずヴラド公のいる所へ一気に移動した。

 いきなり目の前に現れたオクタヴィアンにヴラド公は驚いたが周りも驚いた。
 そしてオクタヴィアンも驚いた。
 なぜならオクタヴィアンが移動して来た時、ちょうど剣がヴラド公めがけて振り下ろされている最中だったからである。

 オクタヴィアンは「ヤバイ!」と、思ったと同時にその振り下ろしている剣を持った右手首をスパンと切り下ろした。
 
「グワ!」

 右手はオクタヴィアンの切り方に勢いがあり過ぎたのか、思いのほか遠くへ弾き飛ばされ、斬られた男は右手を失った驚きと痛みでその場にしゃがみ込んだ。

「貴様、今目が覚めたのか?」

 ヴラド公が汗ばみながらも笑顔で話かけてきた。

「ええ、ついさっき。これ、どういう状況です?」

 オクタヴィアンは周りを見た。
 背中越しにヴラド公がいる以外、モゴシュの私兵団、バサラブが連れてきたトルコ軍、それに味方のはずのテオフィルの私兵団達もヴラドに剣を向けている。

「うむ。話すと長くなるがな、要するにテオフィルもブルーノも裏切ったという事だ」

「ええ?」

 オクタヴィアンは驚いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

処理中です...