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第三章 思惑

第四十六話 絶体絶命

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「アイツ、なんて速いんだっっ!」

 必死で飛んでいるラドゥの手下の影を追うオクタヴィアンだったが、全く追いつかない。それどころか引き離されている!

「く、くそ~っっ!」

 ついにオクタヴィアンは、その影を見失ってしまった。気がつけば、下には森が広がり、その向こうには城塞のような街が見える。

 あれ、ブカレストじゃないか……すごい所まで飛んで来ちゃったな……

 オクタヴィアンはここまで来たのならとブカレストの街へ向かおうとした時だった。

 何かが森の中にいる気がする……。今見つかるとヤバいんじゃないか?

 オクタヴィアンは慌てて気配を消す為に森の中に下がっていった。
 そして目と鼻と耳を研ぎ澄ませた。

 ……無数の呼吸が聞こえる……これは……森の動物じゃなく、人間だ!

 オクタヴィアンは音を立てないように森の枝を気をつけながら森の中を飛んで音のする方へ近づいていった。

 すると森の中で火を焚いて温まっている人間達の姿を見つけた。
 そしてその連中は、剣や盾や槍、弓矢などを所持していた。
 
 アイツら、騎士や兵士だ! ひょっとしてここでヴラド公達を待ち伏せするつもりなんじゃっっ!

 オクタヴィアンはどうすればいいのか少し考えた。

 ㊀このまま奴らを放っておいてヴラド公に報告する。
 ㊁奴らをせん滅してからヴラド公にドヤ顔で報告する。

 ……㊁だな。よし行こう!

 こうしてオクタヴィアンはその騎士達に向かって行った。
 しかしすぐに両腕、両足を何者かに掴まれた。

「え!」

 オクタヴィアンは周りを見た。そこにいたのはラドゥの親衛隊の四人。

「し、しまったっっ! これ罠?」

 オクタヴィアンは払いのけようとするが、全く動く事ができない。
 そのうち親衛隊が「カカカカカカ」と不気味な声で小さく笑いはじめた。
 オクタヴィアンはゾッとした。

「人間の戦争の関与はよそうよ。オクタヴィアン」

 ラドゥがオクタヴィアンのさらに上空からゆっくりと目の前まで降りてきた。
 相変わらず美しい髪をなびかせている。

「ラ、ラドゥ……」

「オクタヴィアン。僕は君とまた仲良くやりたいと思っているんだよ。分かるよねえ? あれだけ遊んだ仲だもの。だからヴラドの偵察みたいなマネやめて、僕の所においでよ。悪いようにはしないから」

 ラドゥは涼しげな笑顔を浮かべている。それがオクタヴィアンの心を逆撫でする。

「よく言うよ! エリザベタとヨアナを殺したくせに! ラドゥ! キミだけは許すつもりはないからな!」

 オクタヴィアンは必死にもがきながらラドゥを睨んだ。

「なあオクタヴィアン。確かに僕は彼女達を見殺しにしてしまった。それは妻にも責められたよ。それは本当に申し訳なかったと思っている。でもね、許してほしいんだ。ヨアナの事は言い訳も何もないけど……君の奥さん……エリザベタはろくでもない女だったじゃないか。君や娘も殺そうとしたんだから」

「それはキミがけしかけたんだろ!」

 オクタヴィアンは怒鳴った。

「おお~! 怖い怖いっっ。オクタヴィアンがこんなに怒る所を始めて見たよ。やっぱり吸血鬼になって性格も凶暴になったのかな? このまま凶暴になったら、もう君はオクタヴィアンじゃなくなるね。吸血鬼ハゲちゃびんとでも呼ぼうかな♪」

 オクタヴィアンはブチ切れた。

「ハ、ハ、ハゲちゃびん? くそ~~~~~! バカにするのもいい加減にしろよーーーッッ!」

 その言葉を聞いてもラドゥは笑っている。

「あ、そうだハゲちゃびん君。君に報告があるんだよ。あの次の日に分かった事なんだけど、君のその髪の毛とか眉毛とかね。どうやらこの子達がいたずらで魔法を唱えちゃったらしいんだ。『身体中の毛が抜けろ~』って、君がまだ人間の時に。だから解き方もこの子達にしか分からないんだよ。僕にはさっぱりなんだ」

「え、ええ~~~~~~っっ! ど、どうやってその魔法を解くのか聞き出してよっっ!」

 オクタヴィアンは髪の毛の謎が分かってはやる気持ちが抑えられない。

「まあまあ、今聞いてあげるよ。何せこの子達はトルコ語しか話せないからね」

 ラドゥは親衛隊に話しかけた。すると四人が一斉に「カカカカカカ」と笑いはじめた。
 オクタヴィアンはこの気持ち悪い笑い方に嫌悪感を覚えた。
 しかし解き方は教えてほしい。

「な、なんだって?」

「う~ん。教えてあげてもいいけど、どうせ今晩死ぬんだからそんなの知らなくてもいいだろって」

「え!」

 オクタヴィアンは焦って両腕、両足を掴まえている親衛隊を見た。親衛隊は皆「カカカカカカ」と笑っている。

「ボ、ボクを殺す?」

 ラドゥもニヤニヤ笑っている。

「そうだねハゲちゃびん君。君はどう考えても僕達の邪魔になるからね。どう殺そうかなあ。この場で心臓を引き抜いてもいいんだけど……」

 オクタヴィアンは恐怖した。

 な、何でこんなトコで、この男に殺されなきゃならないんだ! くそ! どうにかして脱出しないとっっ!

 そう思っている間にオクタヴィアンは両腕、両足を掴まれたまま親衛隊に上空に連れていかれた。
 そしてラドゥが腕を組みながら、「どれがいいかなあ」と何かを選んでいる。

「あ、あれにしよう」

 ラドゥはにこやかに指を刺した。それはこの辺りの森の中で一番背の高い木だった。

 え? 何をする?

 オクタヴィアンは焦った。しかし両腕、両足を掴まれてどうしようもない。
 するとラドゥは木の先端をスパッと切り落として、まるでトゲの先のようにした。
 そしてオクタヴィアンは親衛隊に連れられてその木の真上までやってきた。

 な、絶対ヤバいっっ!

 オクタヴィアンは焦っている。

 そこでラドゥは四人と目配せをした。

「じゃあせーの!」

 この掛け声と共に四人は勢いよくオクタヴィアンを木の先端目掛けて下に下ろした!

 ズサアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッッ!

 オクタヴィアンは仰向きに勢いよく背中から貫かれた! お腹から二メートルぐらい木の先端が見える。

 死んでいない。そして痛みも感じない。血がドバドバと下に落ちているのは分かるのに!

「おお~っっ! 痛そうだねえハゲちゃびん君。でも吸血鬼だから痛くないよね。本当は心臓を貫く予定だったけど、上手くいかなかったみたいだね。まあみんなこんなの初めてだからね。でも逆によかったんじゃないかなあ。日の出までの猶予もあるし、脱出もできないで、もがいて僕に反抗的な態度をとった事を後悔しながらじわじわ死んでいくといいよ」

 両腕、両足から親衛隊は離れ、自由になったが、その木を抜きたくても、木の皮や枝が邪魔をして抜ける気配がない。

 オクタヴィアンは焦った。

 このままでは、本当に死んでしまう。しかも血が大量に身体から抜けていくせいか、痛みはないけど、意識が朦朧としてきた。

「あれ? もう意識がなくなるの? それはつまんないなあ。でもこれもキミの運命だったという事だよね。じゃあソロソロ帰ろうか。じゃあ、生きてたらまたね♪ ハゲちゃびん君♪」

 ラドゥは笑いながら親衛隊と共にブカレストに向かって飛んでいった。

 一人木の先端に残されたオクタヴィアンは、ヤバい! ヤバい! と思いながらも意識が遠のいていった。
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