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第三章 思惑
第四十五話 モゴシュ現る
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宮廷で捕えられているモゴシュを目の当たりにして、ヴラド公は戸惑った。
「モゴシュ? 貴様、何かしたのか?」
青ざめたモゴシュの後ろから、ニコニコ顔の大柄な男が、大広間の脇の机から立ちあがってヴラド公に向かって歩いてきた。
「ヴラド公、俺です! テオフィルです! 俺が連れてきたのです! ご無沙汰しております! 何でもモゴシュ氏は、バサラブに占拠されたブカレストから命からがら逃げて来たそうで、俺がヴラド公からの伝令を受けて私兵団を連れてこちらに向かっていた時にたまたま鉢合わせしたのです。なので丁重に保護したんですわあ」
この男、地主貴族のテオフィルといい、ヴラド公とは何かと意見の合う珍しい男だった。
しかし貴族の中でも地位が低く、公室評議会のメンバーには選ばれていなかった。
「おお! テオフィル、久しぶりではないか! またずいぶんと大きくなって! 貴様、まだ成長しておるのか?」
「ガハハハハ! 勘弁してくださいヴラド公! 俺はもう五十に届く歳ですわ! もう成長はせんでしょう」
これが二人の毎度のあいさつだった。
これをオクタヴィアンも宮廷の屋根の上で寝転んで聞いていた。
テオフィル? あ~……いたなあ、そんな人。スッゴイ苦手だった記憶があるや。しっかしこの足音だと、こんな大きな感じの人だったかなあ? ……しかしさっきからかすかに臭うこの嫌な臭いは……コイツだな……くっさいなあ……近くにいたら気絶しちゃいそうだよ……あ、それよりお義父さんっっ。なんで?
オクタヴィアンは再び耳を澄ました。
「モゴシュ。今の話は本当なのか?」
ヴラドはモゴシュの目の前に仁王立ちして質問をした。
「公。本当です! 当たり前です! なのに何でこんな仕打ちをっっ! 私の家族も捕まり、今頃どうなっているか……早く縄をといて下さい! 私はブカレストから逃げてきただけですっっ!」
モゴシュは必死で訴えた。しかしテオフィルが割って入った。
「ヴラド公! コヤツの言う事など、信じてはならんです! 何を考えているか……絶対裏があります!」
ヴラド公はテオフィルの肩を叩いた。
「テオフィル、分かった。今は私がコイツと話している。それでモゴシュ。貴様の兵はどうした? かなりの数いたはずだが……先日、貴様の家に行った時は貸してくれると話していたではないか?」
「彼らは……不意にバサラブに攻め込まれて……私にも分かりません。殺されたか、散り散りに逃げたか……」
「ふむ……なるほど……」
ヴラドはその場で腕組みをして考え始めた。
「ヴラド公! コヤツの話を信じるんですか?」
テオフィルが大きな声でヴラド公に言った。
「ふむ。信じる。ブカレストが占拠された話は他の人間からも聞いている。それにモゴシュが一人でここに来て、何の徳がある? もし、バサラブの使いだったとしても自分をそんな危険な目にあわすとは思えんのでな。そうだよなモゴシュ? 串刺しになりたくて来た訳ではなかろう?」
「も、もちろんですっっ! 公! 私は何とかブカレストを脱出してきたのですっっ! バサラブの使いだなんて、ありえません!」
「そういう事だ。縄をといてやれ」
ブルーノはいまいち納得のいかない様子で、モゴシュの縄をほどいてやった。
テオフィルも苦い顔をしている。
「モゴシュ、今日は疲れたであろう。もう休むといい。客間にモゴシュを案内しなさい」
「あ、ありがとうございます!」
モゴシュは宮廷の使用人に連れられて、客間に向かって行った。ブルーノとテオフィルは全く納得していない。
「いいんですか? アイツ絶対バサラブについてますよ」
「そうですぜヴラド公! せっかく俺が捕まえたのに……」
ブルーノは歯ぎしりすらしている。
「ブルーノ、テオフィル、落ち着いてくれ。アイツが敵側だろうがなんだろうが、今殺したところで何もならん。何かハッキリとした証拠があれば別だがな。それに動いているのなら、とっくに動いているだろう。とにかくブカレストが占拠された事は分かっている。これからはいかにこの少人数でバサラブの軍を打ちまかすか考えねばな……テオフィル、連れてきたのは何人くらいだ?」
「そ、それがあんまり集まらなくて……三百弱です……」
「ふむ、上等だ。それだけ来てくれただけでもありがたい。今日はもう遅い。テオフィル、貴様も連れてきた兵と共に休みなさい。明日から貴様には働いてもらわねばならん」
「ガハハ! ヴラド公は人使いが荒いですからな! サッサと寝ますわ!」
こうしてテオフィルも大広間を後にした。ブルーノはそれを見送るとヴラド公に駆け寄った。
「ヴラド公、何か策でもあるんで?」
「ふむ、とりあえずな。しかし……思ったより少ないな……。こちらの兵は全てで五百……向こうは数万だろうからな」
「そうですね。グリゴアの軍は信用できないから使えないですし……」
「まあ、追って話す。とりあえず今日のところは貴様も休め。ここ数日、街に出ては兵を募集してて疲れただろう?」
「へへ、こんなのなんて事ないですわ。でも休ませてもらいます」
こうしてブルーノも大広間から出ていった。
ヴラド公も大広間を出て、宮廷の自分の部屋に戻るとオクタヴィアンを呼んだ。
オクタヴィアンは人に見つからないようにこっそり部屋に入った。
「どう思う? オクタヴィアン。モゴシュの話を信じるか?」
「え? ボクには分かんないですっっ」
「そうか……。貴様はモゴシュの身内だから、少しはいつもと違う感じとかが読み取れるかと思ったが……まあいいだろう。ところでな、吸血鬼……。十字架以外には聖水、ニンニク、太陽と言っていたな」
「はい」
「うむ。それも用意しないとな。それでなオクタヴィアン。貴様に……と言うよりはグリゴア達になんだが、今言った物をなるべく多く用意しておいてほしい。頼めるか?」
「え? 十字架とかですか?」
オクタヴィアンは露骨に嫌な顔をした。それを見てヴラド公は笑った。
「いやいや、貴様を退治する訳じゃない事ぐらい分かっているだろう? まあ、そんな顔をしないで頼まれてくれ」
「は、はあ……、わ、分かりました。グリゴア達に伝えます」
そういう訳で、オクタヴィアンはグリゴアへの伝言を引き受け、部屋を後にした。
「あ~あ……。また戦争か……」
オクタヴィアンは一言もらすと、上空へ舞い上がった。
その時である。
自分の視線の端を何かがすごい速さで飛んでいった気がした。
ん? 今のは……ラドゥといっしょにいたヤツなんじゃないのか?
そう思ったオクタヴィアンはヴラド公の伝言の事などすっかり忘れてその影を飛んで追い始めた。
ヤツを追えば、ローラに会えるっっ。
「モゴシュ? 貴様、何かしたのか?」
青ざめたモゴシュの後ろから、ニコニコ顔の大柄な男が、大広間の脇の机から立ちあがってヴラド公に向かって歩いてきた。
「ヴラド公、俺です! テオフィルです! 俺が連れてきたのです! ご無沙汰しております! 何でもモゴシュ氏は、バサラブに占拠されたブカレストから命からがら逃げて来たそうで、俺がヴラド公からの伝令を受けて私兵団を連れてこちらに向かっていた時にたまたま鉢合わせしたのです。なので丁重に保護したんですわあ」
この男、地主貴族のテオフィルといい、ヴラド公とは何かと意見の合う珍しい男だった。
しかし貴族の中でも地位が低く、公室評議会のメンバーには選ばれていなかった。
「おお! テオフィル、久しぶりではないか! またずいぶんと大きくなって! 貴様、まだ成長しておるのか?」
「ガハハハハ! 勘弁してくださいヴラド公! 俺はもう五十に届く歳ですわ! もう成長はせんでしょう」
これが二人の毎度のあいさつだった。
これをオクタヴィアンも宮廷の屋根の上で寝転んで聞いていた。
テオフィル? あ~……いたなあ、そんな人。スッゴイ苦手だった記憶があるや。しっかしこの足音だと、こんな大きな感じの人だったかなあ? ……しかしさっきからかすかに臭うこの嫌な臭いは……コイツだな……くっさいなあ……近くにいたら気絶しちゃいそうだよ……あ、それよりお義父さんっっ。なんで?
オクタヴィアンは再び耳を澄ました。
「モゴシュ。今の話は本当なのか?」
ヴラドはモゴシュの目の前に仁王立ちして質問をした。
「公。本当です! 当たり前です! なのに何でこんな仕打ちをっっ! 私の家族も捕まり、今頃どうなっているか……早く縄をといて下さい! 私はブカレストから逃げてきただけですっっ!」
モゴシュは必死で訴えた。しかしテオフィルが割って入った。
「ヴラド公! コヤツの言う事など、信じてはならんです! 何を考えているか……絶対裏があります!」
ヴラド公はテオフィルの肩を叩いた。
「テオフィル、分かった。今は私がコイツと話している。それでモゴシュ。貴様の兵はどうした? かなりの数いたはずだが……先日、貴様の家に行った時は貸してくれると話していたではないか?」
「彼らは……不意にバサラブに攻め込まれて……私にも分かりません。殺されたか、散り散りに逃げたか……」
「ふむ……なるほど……」
ヴラドはその場で腕組みをして考え始めた。
「ヴラド公! コヤツの話を信じるんですか?」
テオフィルが大きな声でヴラド公に言った。
「ふむ。信じる。ブカレストが占拠された話は他の人間からも聞いている。それにモゴシュが一人でここに来て、何の徳がある? もし、バサラブの使いだったとしても自分をそんな危険な目にあわすとは思えんのでな。そうだよなモゴシュ? 串刺しになりたくて来た訳ではなかろう?」
「も、もちろんですっっ! 公! 私は何とかブカレストを脱出してきたのですっっ! バサラブの使いだなんて、ありえません!」
「そういう事だ。縄をといてやれ」
ブルーノはいまいち納得のいかない様子で、モゴシュの縄をほどいてやった。
テオフィルも苦い顔をしている。
「モゴシュ、今日は疲れたであろう。もう休むといい。客間にモゴシュを案内しなさい」
「あ、ありがとうございます!」
モゴシュは宮廷の使用人に連れられて、客間に向かって行った。ブルーノとテオフィルは全く納得していない。
「いいんですか? アイツ絶対バサラブについてますよ」
「そうですぜヴラド公! せっかく俺が捕まえたのに……」
ブルーノは歯ぎしりすらしている。
「ブルーノ、テオフィル、落ち着いてくれ。アイツが敵側だろうがなんだろうが、今殺したところで何もならん。何かハッキリとした証拠があれば別だがな。それに動いているのなら、とっくに動いているだろう。とにかくブカレストが占拠された事は分かっている。これからはいかにこの少人数でバサラブの軍を打ちまかすか考えねばな……テオフィル、連れてきたのは何人くらいだ?」
「そ、それがあんまり集まらなくて……三百弱です……」
「ふむ、上等だ。それだけ来てくれただけでもありがたい。今日はもう遅い。テオフィル、貴様も連れてきた兵と共に休みなさい。明日から貴様には働いてもらわねばならん」
「ガハハ! ヴラド公は人使いが荒いですからな! サッサと寝ますわ!」
こうしてテオフィルも大広間を後にした。ブルーノはそれを見送るとヴラド公に駆け寄った。
「ヴラド公、何か策でもあるんで?」
「ふむ、とりあえずな。しかし……思ったより少ないな……。こちらの兵は全てで五百……向こうは数万だろうからな」
「そうですね。グリゴアの軍は信用できないから使えないですし……」
「まあ、追って話す。とりあえず今日のところは貴様も休め。ここ数日、街に出ては兵を募集してて疲れただろう?」
「へへ、こんなのなんて事ないですわ。でも休ませてもらいます」
こうしてブルーノも大広間から出ていった。
ヴラド公も大広間を出て、宮廷の自分の部屋に戻るとオクタヴィアンを呼んだ。
オクタヴィアンは人に見つからないようにこっそり部屋に入った。
「どう思う? オクタヴィアン。モゴシュの話を信じるか?」
「え? ボクには分かんないですっっ」
「そうか……。貴様はモゴシュの身内だから、少しはいつもと違う感じとかが読み取れるかと思ったが……まあいいだろう。ところでな、吸血鬼……。十字架以外には聖水、ニンニク、太陽と言っていたな」
「はい」
「うむ。それも用意しないとな。それでなオクタヴィアン。貴様に……と言うよりはグリゴア達になんだが、今言った物をなるべく多く用意しておいてほしい。頼めるか?」
「え? 十字架とかですか?」
オクタヴィアンは露骨に嫌な顔をした。それを見てヴラド公は笑った。
「いやいや、貴様を退治する訳じゃない事ぐらい分かっているだろう? まあ、そんな顔をしないで頼まれてくれ」
「は、はあ……、わ、分かりました。グリゴア達に伝えます」
そういう訳で、オクタヴィアンはグリゴアへの伝言を引き受け、部屋を後にした。
「あ~あ……。また戦争か……」
オクタヴィアンは一言もらすと、上空へ舞い上がった。
その時である。
自分の視線の端を何かがすごい速さで飛んでいった気がした。
ん? 今のは……ラドゥといっしょにいたヤツなんじゃないのか?
そう思ったオクタヴィアンはヴラド公の伝言の事などすっかり忘れてその影を飛んで追い始めた。
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