上 下
45 / 70
第三章 思惑

第四十五話 モゴシュ現る

しおりを挟む
 宮廷で捕えられているモゴシュを目の当たりにして、ヴラド公は戸惑った。

「モゴシュ? 貴様、何かしたのか?」

 青ざめたモゴシュの後ろから、ニコニコ顔の大柄な男が、大広間の脇の机から立ちあがってヴラド公に向かって歩いてきた。

「ヴラド公、俺です! テオフィルです! 俺が連れてきたのです! ご無沙汰しております! 何でもモゴシュ氏は、バサラブに占拠されたブカレストから命からがら逃げて来たそうで、俺がヴラド公からの伝令を受けて私兵団を連れてこちらに向かっていた時にたまたま鉢合わせしたのです。なので丁重に保護したんですわあ」

 この男、地主貴族のテオフィルといい、ヴラド公とは何かと意見の合う珍しい男だった。
 しかし貴族の中でも地位が低く、公室評議会のメンバーには選ばれていなかった。

「おお! テオフィル、久しぶりではないか! またずいぶんと大きくなって! 貴様、まだ成長しておるのか?」

「ガハハハハ! 勘弁してくださいヴラド公! 俺はもう五十に届く歳ですわ! もう成長はせんでしょう」

 これが二人の毎度のあいさつだった。
 これをオクタヴィアンも宮廷の屋根の上で寝転んで聞いていた。

 テオフィル? あ~……いたなあ、そんな人。スッゴイ苦手だった記憶があるや。しっかしこの足音だと、こんな大きな感じの人だったかなあ? ……しかしさっきからかすかに臭うこの嫌な臭いは……コイツだな……くっさいなあ……近くにいたら気絶しちゃいそうだよ……あ、それよりお義父さんっっ。なんで?

 オクタヴィアンは再び耳を澄ました。

「モゴシュ。今の話は本当なのか?」

 ヴラドはモゴシュの目の前に仁王立ちして質問をした。

「公。本当です! 当たり前です! なのに何でこんな仕打ちをっっ! 私の家族も捕まり、今頃どうなっているか……早く縄をといて下さい! 私はブカレストから逃げてきただけですっっ!」

 モゴシュは必死で訴えた。しかしテオフィルが割って入った。

「ヴラド公! コヤツの言う事など、信じてはならんです! 何を考えているか……絶対裏があります!」

 ヴラド公はテオフィルの肩を叩いた。

「テオフィル、分かった。今は私がコイツと話している。それでモゴシュ。貴様の兵はどうした? かなりの数いたはずだが……先日、貴様の家に行った時は貸してくれると話していたではないか?」

「彼らは……不意にバサラブに攻め込まれて……私にも分かりません。殺されたか、散り散りに逃げたか……」

「ふむ……なるほど……」

 ヴラドはその場で腕組みをして考え始めた。

「ヴラド公! コヤツの話を信じるんですか?」

 テオフィルが大きな声でヴラド公に言った。

「ふむ。信じる。ブカレストが占拠された話は他の人間からも聞いている。それにモゴシュが一人でここに来て、何の徳がある? もし、バサラブの使いだったとしても自分をそんな危険な目にあわすとは思えんのでな。そうだよなモゴシュ? 串刺しになりたくて来た訳ではなかろう?」

「も、もちろんですっっ! 公! 私は何とかブカレストを脱出してきたのですっっ! バサラブの使いだなんて、ありえません!」

「そういう事だ。縄をといてやれ」

 ブルーノはいまいち納得のいかない様子で、モゴシュの縄をほどいてやった。
 テオフィルも苦い顔をしている。

「モゴシュ、今日は疲れたであろう。もう休むといい。客間にモゴシュを案内しなさい」

「あ、ありがとうございます!」

 モゴシュは宮廷の使用人に連れられて、客間に向かって行った。ブルーノとテオフィルは全く納得していない。

「いいんですか? アイツ絶対バサラブについてますよ」
「そうですぜヴラド公! せっかく俺が捕まえたのに……」

 ブルーノは歯ぎしりすらしている。

「ブルーノ、テオフィル、落ち着いてくれ。アイツが敵側だろうがなんだろうが、今殺したところで何もならん。何かハッキリとした証拠があれば別だがな。それに動いているのなら、とっくに動いているだろう。とにかくブカレストが占拠された事は分かっている。これからはいかにこの少人数でバサラブの軍を打ちまかすか考えねばな……テオフィル、連れてきたのは何人くらいだ?」

「そ、それがあんまり集まらなくて……三百弱です……」

「ふむ、上等だ。それだけ来てくれただけでもありがたい。今日はもう遅い。テオフィル、貴様も連れてきた兵と共に休みなさい。明日から貴様には働いてもらわねばならん」

「ガハハ! ヴラド公は人使いが荒いですからな! サッサと寝ますわ!」

 こうしてテオフィルも大広間を後にした。ブルーノはそれを見送るとヴラド公に駆け寄った。

「ヴラド公、何か策でもあるんで?」

「ふむ、とりあえずな。しかし……思ったより少ないな……。こちらの兵は全てで五百……向こうは数万だろうからな」

「そうですね。グリゴアの軍は信用できないから使えないですし……」

「まあ、追って話す。とりあえず今日のところは貴様も休め。ここ数日、街に出ては兵を募集してて疲れただろう?」

「へへ、こんなのなんて事ないですわ。でも休ませてもらいます」

 こうしてブルーノも大広間から出ていった。

 ヴラド公も大広間を出て、宮廷の自分の部屋に戻るとオクタヴィアンを呼んだ。
 オクタヴィアンは人に見つからないようにこっそり部屋に入った。

「どう思う? オクタヴィアン。モゴシュの話を信じるか?」

「え? ボクには分かんないですっっ」

「そうか……。貴様はモゴシュの身内だから、少しはいつもと違う感じとかが読み取れるかと思ったが……まあいいだろう。ところでな、吸血鬼……。十字架以外には聖水、ニンニク、太陽と言っていたな」

「はい」

「うむ。それも用意しないとな。それでなオクタヴィアン。貴様に……と言うよりはグリゴア達になんだが、今言った物をなるべく多く用意しておいてほしい。頼めるか?」

「え? 十字架とかですか?」

 オクタヴィアンは露骨に嫌な顔をした。それを見てヴラド公は笑った。

「いやいや、貴様を退治する訳じゃない事ぐらい分かっているだろう? まあ、そんな顔をしないで頼まれてくれ」

「は、はあ……、わ、分かりました。グリゴア達に伝えます」

 そういう訳で、オクタヴィアンはグリゴアへの伝言を引き受け、部屋を後にした。

「あ~あ……。また戦争か……」

 オクタヴィアンは一言もらすと、上空へ舞い上がった。

 その時である。

 自分の視線の端を何かがすごい速さで飛んでいった気がした。

 ん? 今のは……ラドゥといっしょにいたヤツなんじゃないのか?

 そう思ったオクタヴィアンはヴラド公の伝言の事などすっかり忘れてその影を飛んで追い始めた。

 ヤツを追えば、ローラに会えるっっ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

どうやら異世界ではないらしいが、魔法やレベルがある世界になったようだ

ボケ猫
ファンタジー
日々、異世界などの妄想をする、アラフォーのテツ。 ある日突然、この世界のシステムが、魔法やレベルのある世界へと変化。 夢にまで見たシステムに大喜びのテツ。 そんな中、アラフォーのおっさんがレベルを上げながら家族とともに新しい世界を生きていく。 そして、世界変化の一因であろう異世界人の転移者との出会い。 新しい世界で、新たな出会い、関係を構築していこうとする物語・・・のはず・・。

《第一幕》テンプレ転移した世界で全裸から目指す騎士ライフ

ぽむぽむ
BL
交通事故死により中世ヨーロッパベースの世界に転移してしまった主人公。 セオリー通りの神のスキル授与がない? 性別が現世では女性だったのに男性に?  しかも転移先の時代は空前の騎士ブーム。 ジャンと名を貰い転移先の体の持ち前の運動神経を役立て、晴れて騎士になれたけど、旅先で知り合った男、リシャールとの出会いが人生を思わぬ方向へと動かしてゆく。 最終的に成り行きで目指すは騎士達の目標、聖地!!

処理中です...