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第三章 思惑

第三十六話 怒りのテスラ

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 宮廷の近くでグリゴアを護送されている馬車に近づこうとしたオクタヴィアンだったが、その馬車にいきなり男が空から木の人形のように馬車後方の檻に飛び込んできて、目の前で馬車は横転した。

「な!」

 オクタヴィアンは男が飛んできた方向を眺めると、鬼の形相のテスラが空中でとどまっていた。

 横転した馬車には、金具などが外れずにもがいている馬が苦しそうな声を上げていたり、馬車の周りを囲っていた馬に乗っている騎士達が、気が動転してしまった馬を一生懸命なだめるのに必至だった。

 オクタヴィアンはテスラに向かおうと思ったが、テスラが素早く横転している檻の上に移動した。

 そしてその檻にぶつかった衝撃でハマってしまっている先程の男を投げ捨てた。
 その男が勢いよく地面に叩きつけられた音にまた周りの馬は驚き、騎士達はまたなだめるのに必至になっている。

 しかしその中で、リーダーと思われる男はすぐに馬をなだめ終わったようで、馬から降りると、持っている松明を頼りに地面から響いた音の原因を探し始めた。

 一方、檻の上に仁王立ちしているテスラは、スゴい力で檻の中にいたグリゴアを持ち上げると、首根っこを掴んで睨みつけた。

「これはヤバいっっ」

 オクタヴィアンは慌ててテスラの背後の檻沿いに移動した。

 その間もテスラとグリゴアは話をしている。

「あの男にカルパチアに住んでいるジプシーを皆殺しにしろと命令したか?」

「な、え? 何の話だ? 俺はそんな命令なんてしていない! 俺が命じたのはカルパチアに向かったオクタヴィアンを捕えろというだけだ!」

「嘘をつけ! ならばなぜジプシー達が男子供は遊ばれたように殺され、女はレイプされ殺されたのだ! おまえが命じたのだろう!」

 オクタヴィアンは二人の話を聞いて、動揺した。

 テスラが大事にしていたジプシー達が殺されたんだ……しかもボクを追う為にグリゴアの出した兵士達に……そう思うと、地面に叩きつけられた男を放ってはおけない。
 しかし今はグリゴアの方が心配だ。

「そ、そんな事はしていない! ジプシー達を何の名目もなく殺したら、昔はともかく今は貴族達だって罰せられるんだぞ!」

「ではおまえが罰せられろ!」

 テスラは右手を大きく夜空に向かって指先まで伸ばした。

 まずい! 止めないと!

 オクタヴィアンは瞬時にテスラの背後に回ると、その伸ばした右手を掴んだ。

「テスラ! やめてくれ!」

 右手を掴まれたテスラは、ゆっくりと顔を背後に向けた。

 首根っこを掴まれたままのグリゴアも、オクタヴィアンの存在に気がつき、一生懸命にテスラの背後を見ようとするが、人間の目には暗すぎてオクタヴィアンの姿は確認できない。

「……来ると思っていたぞ。オクタヴィアン。どこにいたのかも全て分かっていたからな。でもこれは私の復讐だ! 止めるんじゃないっっ!」

「ダメだ! テスラ! 彼は自分の部下がそんな事をするなんて思ってなかったんだ! 分かるだろう?」

「ああ、分かる。しかしな、監督責任という物がある! この男は部下達の教育をちゃんとしていないんだ! こんな奴は死んで当然だ!」

「じゃ、じゃあボクを殺すんだ! グリゴアのボスはボクなんだから!」

「何~~~~~っっ!」

 テスラとオクタヴィアンとグリゴアはしばらくそのままの姿勢でいた。
 しかしテスラの力が抜けて、グリゴアは降ろされ、オクタヴィアンも手を話した。

「…………」

 テスラは厳しい顔のまま、うつむいている。
 オクタヴィアンはどう声をかければいいのか分からなかった。

 その時降ろされてようやく安心したグリゴアが声をかけた。

「オ、オクタヴィアンなのか?」

「あ、うん。ボクだよ、グリゴア……キミがヴラド公の部下に連れ去られたって聞いて、慌てて飛んできたんだ」

「お、おまえ……何があったん……」

 グリゴアがもう少し詳しく話を聞こうと思った時、先程からこの原因を調べていたリーダー格の男が松明を三人に向けた。

「き、貴様ら、な、何者だ! こ、これはどういう事だ!」

 オクタヴィアンはすぐにその男が、ヴラド公の側近のブルーノという事に気がついた。
 オクタヴィアンはテスラと顔を見合わせた。

「どうします?」
「ふむ……一度退散しよう。おまえも来い!」
「え?」

 グリゴアは再びテスラに服を掴まれると、上空高く舞い上がった。

 オクタヴィアンは瀕死の状態の地面に叩きつけられたグリゴアの部下の所に移動すると、これまた上空高く舞い上がった。

「え? ど、どこだ? グリゴアもいなくなった!」

 ブルーノは大慌てで松明で檻の周りや檻の中を確認するが、すでに四人の姿は消えていた。



 その頃、グリゴアの城では異変が起こりつつあった。

「う~ん……熱い……」

 グリゴアの城の地下にあるオロロック邸へとの隠れ通路の城の出入り口では、オクタヴィアンの命令でこの場所に残っているアンドレアスと、グリゴアの部下の兵士でアンドレアスとも仲の良いヤコブが、並んで部屋の隅で座っている。

 そこに同じく兵士のレオナルドが少し離れた階段に座って何かを熱がっていた。

 明らかに顔色が悪くなっているレオナルドを心配しつつも、怪物に変わってしまうのでは? という恐怖から、アンドレアスとヤコブはどうしてもレオナルドから距離を取って座っていた。
 しかしレオナルドは元気に話をしてくる。

「おい、そこのワン公。じゃあ何か? 本当にあのハゲちゃびんの怪物はオクタヴィアン様だったって言うのか?」

「そうでさあ。怪物になっても人使いが荒い気がしますわ~」

「な、そうだよレオナルド! あの方に何かがあったんだよ! アンドレアスの説明じゃさっぱり分かんないけど」

 いまだにオクタヴィアンの存在を信じきれないレオナルドも、目の前のアンドレアスとヤコブの話に、少し真実味を感じていた。
 しかしレオナルドはそれよりも何かが熱くなっている事に気がついた。

「それにしても熱い……何だ?」

「さっきから何を熱がってるんだ? レオナルド? か、顔色も悪いし、横になった方がいいよ」

「あ、ああ……でもちょっと待って……」

 レオナルドは自分の胸辺りが妙に燃えるような熱さと痛みを感じ、手を服の内側に入れて何かを捜してみた。

「あつ!」

「え?」
「え!」

 レオナルドは服の中のその熱源を手で握ると、慌てて部屋の隅に放り投げた。

 カシャーン、カシャーン!

「え?」

 三人はその熱源を何かと近くまで行ってみた。

 するとそれはなんて事のない、ネックレスの十字架だった。

 アンドレアスは恐る恐る十字架に近づいた。

 確かに白い煙が少し上がっている。

 アンドレアスは指の先でちょんちょんと十字架を突いてみた。

 しかし熱い感じがしない。

 次に鼻を近づけた。
 何も臭わない。

 アンドレアスはおもむろにその十字架を手に取り、手のひらに乗せた。

「た、ただの十字架だよこれ~」

「え……」

 その言葉を聞いたヤコブは、レオナルドの顔を見た。
 レオナルドは困惑の表情をしている。

 アンドレアスは静かにヤコブの横に座り直した。
 三人は無言になり、気まずい空気になった。
 その時だった。

 ドン! ドン!

 場所的には隣にあたる部屋から何かを叩く音が響きはじめた。

「何だ?」

 三人はその音を気にしだした時、

「し、死体が動き出して、ドアを叩いている~!」
「い、生き返ったんだ~!」

と、階段先の廊下から声が聞こえた。

 三人は顔を見合わせると、さらに気まずい空気になった。
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