上 下
35 / 70
第三章 思惑

第三十五話 グリゴアを助けに

しおりを挟む
「ヤコブ、ここで何してたんだ?」

「ああ、アンドレアス。あの壁にくっ付いて死んでる怪物いるだろ? あれがずっとそこの入口に立ってたんだわ。でもそっから動かん。ワシらよく分からんくって、でも襲ってきたらいかんってなってな、ワシとレオナルド……もう一人いたろ? アイツと二人交代で見張りをしとっただよ」

「へえ~~~~~」

 アンドレアスと見張りのヤコブは、隠し通路の城の出入り口で、屍食鬼の残骸が転がっていない部屋の隅に二人して座り事情を話していた。

 するとそこに先程、顔を洗いに行ったレオナルドが階段を降りてきた。

「あの血、やっと取れたわ~……! な、ヤコブ! 危ない! お前? 何? 何?」

 当然毛むくじゃらのアンドレアスを見てレオナルドは困惑し、剣を構えた。

「おじゃましてます~♪」

 アンドレアスは丁寧にあいさつをし、ヤコブは慌てて紹介を始めた。

「あ、ワシと仲のよかったオクタヴィアン様の御者のアンドレアス。今は何かオオカミ男らしい」

「オオカミ男らしいって……コイツ、安全なのか?」

「安全だよ。その剣を収めろって」

 ヤコブは困りながら剣を抜いて威嚇しているレオナルドをなだめた。

 しかしレオナルドは警戒を解く事はせず、階段に戻ると、二人と距離を取った。

 そんな事は気にもしないアンドレアスは、ニコニコしながらレオナルドを見つめるのだった。

「ところでレオナルド、体調はどうだ?」

「あ、ああ。今のところ、なんて事ないよ。あの怪物のハッタリじゃないか?」

 そう言いながらも心なしか顔色が悪い気がするレオナルドを見て、内心二人は不安になった。



 その頃オクタヴィアンは、グリゴアがどのルートで宮廷に連れて行かれるか分からなかったので、ならば先回りとばかりに宮廷の正面玄関の近くに来た。

 ほんの四、五日前にヴラド公を迎える公室評議会で来たばかり。

 しかしあまりに全てが変わり、オクタヴィアンは複雑な気分になった。

 ここにエリザベタと気まずい気持ちで来る事も、もうない……

 そんな感傷に浸っている場合ではないと思いながらも、エリザベタやヨアナ、ローラの事が頭をよぎる。

 いかんいかん! 今はそれどころじゃないよ! グリゴアの安否安否……

 オクタヴィアンは臭いをかいで、グリゴアが宮廷に入っているかを確認した。

 ……たぶんだけど……まだここには来ていない……そしてヴラド公は書斎で何かの書類でも書いているようだ……
 まだ兵士が集まっていないんだろうな……
 後はヴラド公を守る為の見張りが至る所にいるな……こりゃ間違って入ったらけっこう面倒な事になりそうな……
 
 オクタヴィアンは宮廷内の状況を把握すると、注意を宮廷の外に向けた。

 囚人護送用の馬車が近くまで走ってきている……これにグリゴアが乗ってるな……そして騎士を乗せた馬が三頭が馬車を囲ってるのかな? 同じテンポで走っている……

 グリゴアと馬車の臭いもするけど、ひづめの音も聞こえる。

 そういえば耳も良くなるって言ってたっけな……

 オクタヴィアンは、宮廷に向かってくる馬車を待つか、来る前にこちらから迎えにいくか迷った。

 しかし迷う前に予想外の事が起こる予兆がした。

 ん? 何だ? あの空気を斬るような音……しかも上空から? そしてあの音……馬車の方へ向かってないか?

 嫌な予感がしたオクタヴィアンは、馬車に向かって走り出した。

 すると馬車は宮廷に沿った道に入るところの角であった。周りは家が建ち並んでいる。
 オクタヴィアンはすぐに馬車を見つけた。

 よし!

 そう思い、更にスピードを上げたオクタヴィアンだったが、目の前でとんでもない事が起こった。

 その馬車に突然、大人の男がまるで木の人形を投げ捨てたように、空から飛んできたのである。
しおりを挟む

処理中です...