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第二章 吸血鬼初心者

第二十四話 屋敷の上の三人

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「あ、あれは……」

 親に甘噛みされた子猫のようにテスラの左手にコートの首根っこを捕まえられてブランブランしているオクタヴィアン。

 どんどん距離が近づいているトゥルゴヴィシュテの自分の屋敷の上空でとどまっているラドゥ、ローラ、ヨアナの三人を複雑な気分で見つめた。

 ラドゥはやはりオスマントルコの貴族の服を着て、頭にはターバンも撒いている。
 そのターバンの下からは肩まである白い髪の毛が月明かりでキラキラと輝き、とても美しい。

 左横にいるローラもなぜかオスマントルコの貴婦人の服を身につけており、以前よりも堂々として、美しく見える。
 そしてラドゥの左腕を掴んで幸せな笑みをもらしていた。

 その二人の間にまだ小さなヨアナが、いつもパーティーなどで着るヨアナお気に入りのドレスを着て、二人と話しているようだ。
 
 まるで三人は本当の親子のように見えて、オクタヴィアンは少し寂しい気分になった。

 しかしそんな事を考えている場合ではない! ラドゥがそこにいるのなら、真相を聞かないと!

「ラ、ラドゥ!」

 猫のようにブランブランしているオクタヴィアンは、ありったけの声を出した。
 その声は大きく、ラドゥの耳にも届いた。

「んん? あれは……テスラ」

 ラドゥはこちらに気がついた! 自分は見られていない気がするけど、こちらに向かってくる! それにローラとヨアナもいっしょに飛んでくる!

 オクタヴィアンは手をバタバタさせて自分がいるアピールをした。

 するとテスラが屋敷の敷地に入る手前で止まった。

「ど、どうしたんです? テスラ?」

「ここから先に行けん。オクタヴィアン、君の了解がいる。吸血鬼はその土地の人間の了解がないと、その土地には入れないんだ」

「はい~?」

 何を言っているのか理解できないオクタヴィアンだったが、テスラの顔を見て驚いた。

 そこには空気の壁があるのか、テスラの鼻やほっぺたがガラスに当てたようにぺったりと押されたように平らになっている。

 オクタヴィアンには何にも問題がなく屋敷の敷地内に手を伸ばせるのに、よく見ると服もぺったりとガラスを押し当てたように平らになっているではないか。

「え? え? 何? そのルール? どうすればいいんですか?」

「だから了解してくれ。入っていいと言ってくれればいい」

「え?」

 オクタヴィアンはもう意味が分からなかったが、中に入る許可を出してみた。

「テスラさん。入ってどうぞ」

 するとさっきまでペッタンコになっていた顔や服がすーっと膨らみを戻した。

 オクタヴィアンには全く理解ができない。

 そこにラドゥ達三人が飛んできた。

 特にローラとヨアナは手を繋いだまま、スピードをあげてラドゥから離れてテスラの元にやってきた。

「テ、テスラ様! お久しぶりです! ローラです! 十数年前にお腹の子どもをおろして死にそうになって担ぎ込まれた娘です! 覚えてらっしゃいますか? あの時はありがとうございました!」

「おまえは……。あ、あ~……あの時の娘? こんなに立派になって、全く気づかなかったぞ! そうかそうか! こんなに元気になって……。でも吸血鬼になってしまったんだな……」

 テスラは複雑な顔をした。

 二人があいさつをしている最中、ローラと手を繋いでいるヨアナは、テスラの左手でブランブランになっているオクタヴィアンをジーーーーーーーっと見つめていた。

 オクタヴィアンもヨアナの顔をじっくりと見返した。
 ヨアナは興味津々でどんどん近づいてくる。
 いつもなら「かわいいヨアナ」と言って抱き締めるのだが、オクタヴィアンはその変化に驚き、内心たじろいだ。
 
 ヨアナの顔……それは知っている顔ではなくなっていた。

 口からは牙を生やし、他の歯も全体的に尖っている。
 そして眼球も白目のような黄色いような濁った感じになり、まるで常に白目をむいているかのよう。
 そして笑顔なはずなのに眉間にしわがより、いつ噛み付いてもおかしくない、そんな狂った表情で顔を近づけてきたのだ。

 そんな恐ろしい表情のヨアナだったが、かなり顔を近づけた時にようやく気がついた。

「え? パパ?」

 ヨアナはブランブランしているのがオクタヴィアンとは思っていなかったのである。

「え? オクタヴィアン様?」
「え? オクタヴィアン? ええ?」

 ローラとラドゥもその一言でようやく気がついた。
 オクタヴィアンは何だか見せ物になった気分になり、なんとも情けなくなった。

「そうそう。こいつがな、奥さんに会いたいからってな。それで飛んで来たんだ」

 テスラはオクタヴィアンを皆の前に差し出した。
 オクタヴィアンはもう泣きそうである。
 そんなオクタヴィアンの顔をローラとラドゥも見ようと間近にやってきた。

「オ、オクタヴィアン様っ! な、なんでこんなにハゲ……ごめんなさいっっ。眉毛もなくなっちやって……」

「パパ。ネズミみたいになっちゃった……」

「ええ? テスラ! 何でこんなになっちゃったんだ? 確かにハゲかけてたけどっっ」

 三人に動揺しながらまじまじと顔を見られて、オクタヴィアンはもう絶望の極みである。

 しかしそう感じながらも、間近に見た二人の顔も、ヨアナほどではないが、どこか人ではなくなっているのが分かり、やはりたじろいだ。

 そこにテスラが答えた。

「これがな、私にも分からんのだ。だからしばらくコイツに付き添うつもりだ。原因を確かめないといけないからな」

「そうだよ。変だよ。だってローラもヨアナも僕が吸血鬼に変えてもこんな美しくなったのに! こんなにハゲたネズミみたいになってっっ!」

 ラドゥ! そんな言い方ないだろう~~~~~~~っっ。

 しっかりオクタヴィアンは傷ついた。

 しかしその通りなのだ。
 ローラとヨアナも同じ条件で吸血鬼になったはずなのに、二人は髪の毛が抜けるどころか数段美しくなっているのだ。

 ただ、顔は恐くなってるけど……

 あれ? 二人は吸血鬼じゃない別の何かになったのか?

 オクタヴィアンは疑問を抱いた。

「ヨアナ、ローラ……君達は……吸血鬼になったのか?」

 オクタヴィアンは恐る恐る聞いた。

「うん。パパ! もう人間の時が信じられないくらい楽しいの! 今日ね! 初めてだったんだけど、美味しすぎて、三人も食べちゃったの!」

「ヨアナ様。あんな食べ方をしてはいけません。オクタヴィアン様聞いてください。この子、人の首に噛み付いたら美味しすぎてつい口を動かしちゃうみたいで、首がもげてしまうんですっっ。さすがにやり過ぎてしまって私もラドゥ様も困ってるんですっっ」

 こんなに笑顔で人を食べた話をするなんて……ちょっと前まで人間だったのに……。人に噛み付くと、こんなにも変わってしまうものなんだろうか……?

 この話を聞いたオクタヴィアンは、かなり唖然とした。

 その時テスラがラドゥに尋ねた。

「その娘……屍食鬼(ししょくき)か?」

「いや、かろうじて吸血鬼。本当に死ぬ寸前に血を吸ったから、混じったかもしれない」

 二人の会話にオクタヴィアンはついていけない。それを見越したテスラが説明を始めた。

「屍食鬼ってのはな。私達が血を吸うを吸血鬼になるだろ? それはその人間が血を吸った後でも生きている場合だ。でも血を吸われすぎて、出血多量で死んだ場合、脳がダメになるらしく屍食鬼というただ本能のままに動く化け物になってしまう。君の娘の場合、間一髪でその化け物になるところだったって話だ」

 つまりヨアナはその屍食鬼ってヤツの手前の状態なんだ……なんて事だ……

 オクタヴィアンはさらに落ち込んだ。
 しかしそんな事など全く気がついていないラドゥとローラは笑いながら、ヨアナに注意をしている。

 そのやり取りを見て、何だか嫉妬のような疎外感のような気持ちになったオクタヴィアンは、我に返った。

 そして自分が何でここまで来たのか思い出した。

「ラ、ラドゥ! エリザベタと浮気してたのは本当なのか?」
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