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第一章 オクタヴィアンはハゲを治したいだけ
第七話 ヨアナの願い
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ローラとオクタヴィアンが寝床でお酒を飲んで数時間が過ぎ、気がつけば夕方になった。
オクタヴィアンはすっかりローラのベッドで爆睡している。
ローラはそんなオクタヴィアンを起こさないように部屋を出て、ヨアナの様子を見に行った。
ヨアナは一人部屋で大人しく紙に絵を描いていた。
「もう寝た?」
ヨアナもこのパターンは承知で、オクタヴィアンの様子をローラに聞いた。
「はい。寝ました」
「ローラ、いつもパパをありがと」
今年五歳のヨアナだが、しっかり乳母のローラに労いの言葉をかけた。
そんなヨアナを見ると、ローラはかわいそうな子……と、少し思ってしまう。しかしこの時間になって気になった事があった。
「ところでエリザベタ様は……」
「うん。まだ帰ってきてないよ。今日もきっと夜遅いよ」
「そうですよね」
二人は屋敷をグルっと一回りすると、今働いている使用人達を集めて今晩どうするかの話を始めた。
ヨアナとローラをはじめとする使用人達は、エリザベタが無類のパーティー好きで、一度パーティーに出かけたら朝まで帰らず、次の日も二日酔いで丸一日ダウンしてしまう事をよく知っている。
ただ、いつもならオクタヴィアンも全く同じコースをたどるのだが、今回はもう屋敷に戻っている。
ひょっとすると晩餐には妻であるエリザベタが戻って来るのではないか?
しかしもう日も沈む頃合い。
それならとっくに帰って来ていないとおかしいし、夕食に間に合わない。
だから今日も帰って来ないだろう。
使用人達とヨアナはそう考えた。
「じゃあ今日もみんなでご飯食べよ~♪」
ヨアナが使用人達に声をかけた。
すると薪割りのタラヌが渋い顔をした。
「いやいや、今日はまずいですって。オクタヴィアン様がいらっしゃるからっっ。いつもみたいにみんなで食堂で食べる訳にはいかないですわっっ」
「そか……ダメかあ……。でもパパなら許してくれそうだけどなあ~……」
ヨアナは使用人達とオクタヴィアンとエリザベタの両親がいない今回のような日に、両親にはナイショで食堂でみんなとワイワイご飯を食べるのが大好きだった。
普段の何か凍りついた両親との食事と比べたら、ざっくばらんに行儀悪く、でもみんながゲラゲラ笑っているあの空間がたまらないのである。そこに大好きなパパが加わってくれたらどんなに嬉しいか……
なので、今日それが叶わないのはとても残念なのだ。
その残念そうなヨアナの顔を見たローラは、少し考えた。
「ねえ、オクタヴィアン様も入れてみんなで外で食べれないかしら?」
この言葉に使用人達は騒ついた。
なぜならこの時代、ワラキア国には奴隷制度が存在しており、使用人達は全員奴隷で、自分の主人と食を囲むなど、あり得ない事だったからである。
そしてその奴隷にはかなりの割合で、インド方面から移住してきた放浪民族のジプシー達が使われていた。
本来ならジプシー達は自分達のテントを持っており、屋敷の外のテントで寝泊まりして過ごしていたのだが、二十年程前にヴラド公が行った厳しい国政で、ジプシー達は治安を悪くするという信じられない理由で大量に串刺しの刑に処されたため、それを恐れた生き残ったジプシー達はそれぞれ主人の下で暮らすようになったのだった。
なので当然ヨアナが両親のいない時に皆とご飯を食べる事もご法度なのだが、ヨアナはとてもローラになついていたし、そもそもオクタヴィアンは母を生まれた時に亡くしているので、かなりの割合で使用人達と食を囲っていた過去がある。
ローラはその事をよく覚えていたのである。
なので本来ならどんな罰が待っているか分かったものではないが、オクタヴィアンに限ってはそんな罰を与えるとは思えなかった。
「じゃあ一回試しに聞いてみるか」
そんな訳でオクタヴィアンを巻き込む話に変わっていった。これを聞いたヨアナはみるみる顔がほころんでいった。
「じゃあ、私、パパを起こしてくる!」
すっかりその気になったヨアナが、駆け足でローラの寝床に向かって走り始めた。そんなヨアナを見て、ローラも慌てて後について行った。
ヨアナとローラは、そっとローラの寝床のドアを開けると、そこにはまだガッツリ寝ているオクタヴィアンの姿。
「パパ、パパ」
「オクタヴィアン様」
二人はオクタヴィアンの耳元で優しく囁いた。
「ゔゔ~……」
すっかり寝ていい気分のオクタヴィアンは二人の顔を見た。
「あ……おはよう」
「パパ、おはよう! もう夜だよ♪」
「オクタヴィアン様。夕食どうします? エリザベタ様も帰ってこなさそうですが」
まだ寝ぼけまなこのオクタヴィアンに、ローラは優しく問いかけた。
「……ええ~……、そうか~……。帰って来ないかあ……」
オクタヴィアンはまだ頭がはっきりしていないので、モヤっとしか言葉が出ない。
「ねえパパ! みんなといっしょにご飯食べようよ! いいでしょ?」
そこにつかさずヨアナが話してきた。
「みんな? みんなって……ウチの人達みんな?」
「うん。いいでしょ?」
ヨアナの光輝いた笑顔を間近で見たオクタヴィアンは、まだ寝ぼけている。
「んん~……まあ、いいけど」
「やった~! みんなでご飯食べよ~!」
オクタヴィアンの言葉を聞いたヨアナは大喜びで部屋を飛び出していった。
オクタヴィアンはまだベッドで横になったまま、ぼーっとしていたが、そのベッドの端にローラが座ってきた。
「ヨアナ様、みんなとご飯が食べたかったらしいです」
オクタヴィアンはその言葉を聞いて、
「……そか。まあ、そんな日があってもいいよな」
そう呟いた。
こうして屋敷の使用人達みんなとオクタヴィアンとヨアナは夕食をする事となった。
オクタヴィアンはすっかりローラのベッドで爆睡している。
ローラはそんなオクタヴィアンを起こさないように部屋を出て、ヨアナの様子を見に行った。
ヨアナは一人部屋で大人しく紙に絵を描いていた。
「もう寝た?」
ヨアナもこのパターンは承知で、オクタヴィアンの様子をローラに聞いた。
「はい。寝ました」
「ローラ、いつもパパをありがと」
今年五歳のヨアナだが、しっかり乳母のローラに労いの言葉をかけた。
そんなヨアナを見ると、ローラはかわいそうな子……と、少し思ってしまう。しかしこの時間になって気になった事があった。
「ところでエリザベタ様は……」
「うん。まだ帰ってきてないよ。今日もきっと夜遅いよ」
「そうですよね」
二人は屋敷をグルっと一回りすると、今働いている使用人達を集めて今晩どうするかの話を始めた。
ヨアナとローラをはじめとする使用人達は、エリザベタが無類のパーティー好きで、一度パーティーに出かけたら朝まで帰らず、次の日も二日酔いで丸一日ダウンしてしまう事をよく知っている。
ただ、いつもならオクタヴィアンも全く同じコースをたどるのだが、今回はもう屋敷に戻っている。
ひょっとすると晩餐には妻であるエリザベタが戻って来るのではないか?
しかしもう日も沈む頃合い。
それならとっくに帰って来ていないとおかしいし、夕食に間に合わない。
だから今日も帰って来ないだろう。
使用人達とヨアナはそう考えた。
「じゃあ今日もみんなでご飯食べよ~♪」
ヨアナが使用人達に声をかけた。
すると薪割りのタラヌが渋い顔をした。
「いやいや、今日はまずいですって。オクタヴィアン様がいらっしゃるからっっ。いつもみたいにみんなで食堂で食べる訳にはいかないですわっっ」
「そか……ダメかあ……。でもパパなら許してくれそうだけどなあ~……」
ヨアナは使用人達とオクタヴィアンとエリザベタの両親がいない今回のような日に、両親にはナイショで食堂でみんなとワイワイご飯を食べるのが大好きだった。
普段の何か凍りついた両親との食事と比べたら、ざっくばらんに行儀悪く、でもみんながゲラゲラ笑っているあの空間がたまらないのである。そこに大好きなパパが加わってくれたらどんなに嬉しいか……
なので、今日それが叶わないのはとても残念なのだ。
その残念そうなヨアナの顔を見たローラは、少し考えた。
「ねえ、オクタヴィアン様も入れてみんなで外で食べれないかしら?」
この言葉に使用人達は騒ついた。
なぜならこの時代、ワラキア国には奴隷制度が存在しており、使用人達は全員奴隷で、自分の主人と食を囲むなど、あり得ない事だったからである。
そしてその奴隷にはかなりの割合で、インド方面から移住してきた放浪民族のジプシー達が使われていた。
本来ならジプシー達は自分達のテントを持っており、屋敷の外のテントで寝泊まりして過ごしていたのだが、二十年程前にヴラド公が行った厳しい国政で、ジプシー達は治安を悪くするという信じられない理由で大量に串刺しの刑に処されたため、それを恐れた生き残ったジプシー達はそれぞれ主人の下で暮らすようになったのだった。
なので当然ヨアナが両親のいない時に皆とご飯を食べる事もご法度なのだが、ヨアナはとてもローラになついていたし、そもそもオクタヴィアンは母を生まれた時に亡くしているので、かなりの割合で使用人達と食を囲っていた過去がある。
ローラはその事をよく覚えていたのである。
なので本来ならどんな罰が待っているか分かったものではないが、オクタヴィアンに限ってはそんな罰を与えるとは思えなかった。
「じゃあ一回試しに聞いてみるか」
そんな訳でオクタヴィアンを巻き込む話に変わっていった。これを聞いたヨアナはみるみる顔がほころんでいった。
「じゃあ、私、パパを起こしてくる!」
すっかりその気になったヨアナが、駆け足でローラの寝床に向かって走り始めた。そんなヨアナを見て、ローラも慌てて後について行った。
ヨアナとローラは、そっとローラの寝床のドアを開けると、そこにはまだガッツリ寝ているオクタヴィアンの姿。
「パパ、パパ」
「オクタヴィアン様」
二人はオクタヴィアンの耳元で優しく囁いた。
「ゔゔ~……」
すっかり寝ていい気分のオクタヴィアンは二人の顔を見た。
「あ……おはよう」
「パパ、おはよう! もう夜だよ♪」
「オクタヴィアン様。夕食どうします? エリザベタ様も帰ってこなさそうですが」
まだ寝ぼけまなこのオクタヴィアンに、ローラは優しく問いかけた。
「……ええ~……、そうか~……。帰って来ないかあ……」
オクタヴィアンはまだ頭がはっきりしていないので、モヤっとしか言葉が出ない。
「ねえパパ! みんなといっしょにご飯食べようよ! いいでしょ?」
そこにつかさずヨアナが話してきた。
「みんな? みんなって……ウチの人達みんな?」
「うん。いいでしょ?」
ヨアナの光輝いた笑顔を間近で見たオクタヴィアンは、まだ寝ぼけている。
「んん~……まあ、いいけど」
「やった~! みんなでご飯食べよ~!」
オクタヴィアンの言葉を聞いたヨアナは大喜びで部屋を飛び出していった。
オクタヴィアンはまだベッドで横になったまま、ぼーっとしていたが、そのベッドの端にローラが座ってきた。
「ヨアナ様、みんなとご飯が食べたかったらしいです」
オクタヴィアンはその言葉を聞いて、
「……そか。まあ、そんな日があってもいいよな」
そう呟いた。
こうして屋敷の使用人達みんなとオクタヴィアンとヨアナは夕食をする事となった。
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