吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

文字の大きさ
上 下
69 / 70
離れた吾作とおサエ

最期の日

しおりを挟む
 その日の夜、ふもとの村の人達が来てくれて、みんなでおサエを見守っていたが、吾作はおサエと二人きりになりたいからと、全員に帰ってもらった。

 吾作はもう話す事も出来なくなった寝たきりのおサエの枕元で正座して、静かにおサエの顔を見つめていた。そしておサエの手を握りしめていた。
 おサエは、まだ意識があるのかないのかハッキリしないくらいフワフワした状態で、しかし何かを言いたげな顔をして、口を少しパクパクさせている。吾作はそのおサエの顔を見ながら、

「うん。うん」

と、つぶやき、おサエに返事を返していた。そんな時間がどのくらい過ぎたか分からないが、そのうちおサエの呼吸が急に荒くなった。

「おサエちゃんっっ」

 吾作は呼びかけると、おサエは何か少し優しい微笑みを返すと、静かに息を引き取った。

 吾作は、その動かなくなったおサエをわなわなと震える両腕で抱きかかえると、静かにしかし身体全体を震わせて涙を流した。
 おサエの身体を揺すって揺すって、もう戻らないと分かっているのに揺すった。いろんな思い出が頭の中を駆け巡り、吾作は怒号を響き渡らせて泣いた。
 そして一度出した怒号の泣き声は止まる事がなく、そんな時間が明け方まで続いた。

 おサエを抱きかかえた吾作は、廃寺の入り口の階段に座り、明るくなる空を見ながら、

「わしもいっしょにいくでな」

 そう一言つぶやいた。そしてしばらくすると日が登り始め……

「ああ、太陽なんて何十年ぶりに見るやあ」

 吾作がつぶやいたと同時に、身体中から巨大な炎が噴き上がり、吾作とおサエを包み込み、その周りの木々も燃やし始め、吾作とおサエの住んでいた廃寺も全て燃やし尽くし、巨大な煙が明け方の空高く登っていった。

 村の人々がその空高く上がる煙に気づいたのはそんなに遅くはなかった。
 その高い煙を見た村人達は、山火事になる! と、大慌てしたが、しかし不思議なことに廃寺の辺りだけが燃えただけで、山全体が燃える事にはならなかった。
 そこで鎮火した後、村の人達がいざ廃寺へ行ってみると、大黒柱さえも燃え尽きてしまっているほど、すべてが燃えていた。
 しかし廃寺の敷地の外の草や木々が燃えた形跡がなく、村人達はとても不思議がった。
 それに二人の遺体も全く分からず、村人達は困惑した。

「きっと二人は仲良く天国へ上がったんだ」

 村人達はそういう事でかたをつけた。

 その後、二人が天国で安らかに過ごす事を願い、廃寺の跡地に御堂を立て、化け物だけど心優しかった吾作と、その妻のおサエをまつり、村人達はいつまでも忘れないようにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

401号室

ツヨシ
ホラー
その部屋は人が死ぬ

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

飢餓

すなみ やかり
ホラー
幼い頃、少年はすべてを耐えた。両親は借金の重圧に耐え切れず命をとうとしたが、医師に絶命された少年にはその後苦難が待っていた。盗みに手を染めてもなお、生きることの代償は重すぎた。 追い詰められた彼が選んだ最後の手段とは――「食べること」。 飢えと孤独がもたらした行為の果てに、少年は何を見出すのか___…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

無名の電話

愛原有子
ホラー
このお話は意味がわかると怖い話です。

木の下闇(全9話・20,000字)

源公子
ホラー
神代から続く、ケヤキを御神木と仰ぐ大槻家の長男冬樹が死んだ。「樹の影に喰われた」と珠子の祖母で当主の栄は言う。影が人を喰うとは何なのか。取り残された妹の珠子は戸惑い恐れた……。

もうすぐ大曲がりですね

島倉大大主
ホラー
もうすぐ大曲ですね。 俺の隣に座っている女はそう言った。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

処理中です...