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離れた吾作とおサエ
吾作、村へ行く
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吾作は真っ白な、何もない場所にいた。あまりに真っ白で何もない。暖かくも寒くもない。別に真っ白といって、非常に眩しいという訳でもない。この不思議な場所に、吾作はいた。
特に逃げたいとも思わないので、のんびりと歩いていると、
(なぜだ?)
(なぜだ?)
今にも死んでしまいそうな、そんなか細い声が聞こえてきた。
「ん? 誰?」
吾作は周りを見渡したが。誰も何もいない。
(なぜだ?)
(なぜだ?)
声は繰り返し聞こえてくる。単純にうっとうしいと思った吾作は、
「何? 何が?」
と、その声に話しかけてみた。すると、
(なぜだ?
なぜ、おまえは、自分に素直に生きない?
なぜ、おまえは、人の血を吸おうとしない?
なぜ、おまえは、人を守ろうとする?)
そう問いかけられた。
「ほんなもん。大事だからに決まっとるじゃんか」
と、吾作は返した。
(なぜだ? なぜあの土地から離れた? あの土地から離れたら、あの土地の土の中で寝なければ、我々の能力は衰え、命すら危うい。おまえはそれでもいいのか?)
「あ、ほなんか。ほんならほんでいいわ。わしはまあ一人で生きていくんだで」
吾作はその声に答えたが、
「おまえらなんかと喋っても、つまらん」
と、言って歩き始めた。
(なぜだ?)
(なぜだ?)
延々とその言葉がこだましたが、吾作は無視した。
吾作はその日もいつもの様に日が沈んで目を覚ました。
この廃寺に住むようになってから、以前の程の悪夢は見ていない気がするが、案の定、吾作は夢を全く覚えていなかった。
そのかわり、いつも頭がすっきりしない。そのすっきりしない頭を何とかしようと廃寺の本堂を出てネズミを呼んだ。そして、
「ごめんなさい」
と、言うと、ネズミの首に噛みつき、あっという間に血を飲み干した。
そして首の骨を折ると、境内の隅っこにそのネズミを埋めた。
吾作はこの廃寺に住み始めてから毎日こうしていた。
吾作が村から離れたあの日、すぐにここを訪れ、本堂の中へ入り、日が昇っているのにお昼過ぎまで一人で泣いていた。
なぜ、こうなった?
わしはどうしたらよかった?
何でおサエちゃんと離れなければならなかった?
と、後悔の念に駆られ、吾作の涙は止まる事がなかった。そうして一人、泣きつかれると、横になっている観音様が目に入った。観音様は、何も言わず、ただ微笑んでいる。吾作は静かなその顔を見て、何か諭されている気分になった。そして吾作はこの廃寺に住む事に決めたのだった。
しかし同時に横になったままの観音様が不便に思えてきた。
この観音様を横に置いたままはかわいそうだわ。でもここでは立つ事も出来んし……
そう思った吾作は、少しためらいながらも和尚さんのいる寺へ観音様を運んでいき、また寺の建物に穴を開けたけど、事情を話して観音様を寺に納めた。
そうして吾作は一人、この廃寺に住み始めた。しかしここに住み始めてからすぐに自分の変化に気づき始めた。
なぜだか自分では分からないが、ここに来てから眠りも以前よりも浅いかわりに、人の血をあまり欲さなくなった。
頭もすっきりしないが、それは毎日寝起きのネズミの血をとる事で何とかなった。
そして以前ほどの能力もなくなっている気がした。実際にはなくなってはいないのだが、全体的に能力が弱いのだ。
でもそれでいいのだ。それで人の血を飲みたいと思わないのであれば、そんないい事はない。ひょっとすると、観音様のおかげかもしれない。吾作はそう思っていた。
そしてその日もかつて自分の住んでいた村へ行き、おサエの畑の手伝いをしようと向かった。
それ以外にも、村の事で出来そうな事はやれるだけやるようにしていた。吾作は、あれだけ嫌われても、やはり村のみんなを嫌いになれなかったのである。なので人目を忍んで行動した。
しかし最近、おサエの畑が荒れている事に気づいていた吾作は、おサエに何かがあったのではないかと心配になっていた。なんなら家に行って様子を見ようかとも思っていた。
しかしおサエに別れを告げたし、村のみんなには完全に嫌われたから、本当はものすごく会いたかったけど、おサエに会った事でおサエの村での立場が悪くなるのではないか? と、心配し、会うのをためらっていた。
そうこう考えている間に、吾作は以前の二倍の時間をかけて村へ到着した。
村へ着くとさっそくおサエの畑へ向かい、やはりおサエが畑をいじった後がないのを確認した。
吾作はおサエを心配し、どうしようかと悩んだ。しかし最近の畑の荒れっぷりは正直ひどいと思っていた吾作は、やはりおサエの身に何かあったのかもしれないと思い、一度様子を見に行くことにした。
さっそくおサエと自分が住んでいた家まで来ると、吾作はケムリになって家に溶け込むように入って行った。
しかし家の中には誰もいない。吾作は焦った。布団は敷いてあるものの、そこには誰も横になっていない。吾作はその小さな家をぐるっとひと回りして人がいない事を確認すると、そのまま家の外に出た。そしておサエの身に何かあったんだと思い、急いで村中を探し始めた。
特に逃げたいとも思わないので、のんびりと歩いていると、
(なぜだ?)
(なぜだ?)
今にも死んでしまいそうな、そんなか細い声が聞こえてきた。
「ん? 誰?」
吾作は周りを見渡したが。誰も何もいない。
(なぜだ?)
(なぜだ?)
声は繰り返し聞こえてくる。単純にうっとうしいと思った吾作は、
「何? 何が?」
と、その声に話しかけてみた。すると、
(なぜだ?
なぜ、おまえは、自分に素直に生きない?
なぜ、おまえは、人の血を吸おうとしない?
なぜ、おまえは、人を守ろうとする?)
そう問いかけられた。
「ほんなもん。大事だからに決まっとるじゃんか」
と、吾作は返した。
(なぜだ? なぜあの土地から離れた? あの土地から離れたら、あの土地の土の中で寝なければ、我々の能力は衰え、命すら危うい。おまえはそれでもいいのか?)
「あ、ほなんか。ほんならほんでいいわ。わしはまあ一人で生きていくんだで」
吾作はその声に答えたが、
「おまえらなんかと喋っても、つまらん」
と、言って歩き始めた。
(なぜだ?)
(なぜだ?)
延々とその言葉がこだましたが、吾作は無視した。
吾作はその日もいつもの様に日が沈んで目を覚ました。
この廃寺に住むようになってから、以前の程の悪夢は見ていない気がするが、案の定、吾作は夢を全く覚えていなかった。
そのかわり、いつも頭がすっきりしない。そのすっきりしない頭を何とかしようと廃寺の本堂を出てネズミを呼んだ。そして、
「ごめんなさい」
と、言うと、ネズミの首に噛みつき、あっという間に血を飲み干した。
そして首の骨を折ると、境内の隅っこにそのネズミを埋めた。
吾作はこの廃寺に住み始めてから毎日こうしていた。
吾作が村から離れたあの日、すぐにここを訪れ、本堂の中へ入り、日が昇っているのにお昼過ぎまで一人で泣いていた。
なぜ、こうなった?
わしはどうしたらよかった?
何でおサエちゃんと離れなければならなかった?
と、後悔の念に駆られ、吾作の涙は止まる事がなかった。そうして一人、泣きつかれると、横になっている観音様が目に入った。観音様は、何も言わず、ただ微笑んでいる。吾作は静かなその顔を見て、何か諭されている気分になった。そして吾作はこの廃寺に住む事に決めたのだった。
しかし同時に横になったままの観音様が不便に思えてきた。
この観音様を横に置いたままはかわいそうだわ。でもここでは立つ事も出来んし……
そう思った吾作は、少しためらいながらも和尚さんのいる寺へ観音様を運んでいき、また寺の建物に穴を開けたけど、事情を話して観音様を寺に納めた。
そうして吾作は一人、この廃寺に住み始めた。しかしここに住み始めてからすぐに自分の変化に気づき始めた。
なぜだか自分では分からないが、ここに来てから眠りも以前よりも浅いかわりに、人の血をあまり欲さなくなった。
頭もすっきりしないが、それは毎日寝起きのネズミの血をとる事で何とかなった。
そして以前ほどの能力もなくなっている気がした。実際にはなくなってはいないのだが、全体的に能力が弱いのだ。
でもそれでいいのだ。それで人の血を飲みたいと思わないのであれば、そんないい事はない。ひょっとすると、観音様のおかげかもしれない。吾作はそう思っていた。
そしてその日もかつて自分の住んでいた村へ行き、おサエの畑の手伝いをしようと向かった。
それ以外にも、村の事で出来そうな事はやれるだけやるようにしていた。吾作は、あれだけ嫌われても、やはり村のみんなを嫌いになれなかったのである。なので人目を忍んで行動した。
しかし最近、おサエの畑が荒れている事に気づいていた吾作は、おサエに何かがあったのではないかと心配になっていた。なんなら家に行って様子を見ようかとも思っていた。
しかしおサエに別れを告げたし、村のみんなには完全に嫌われたから、本当はものすごく会いたかったけど、おサエに会った事でおサエの村での立場が悪くなるのではないか? と、心配し、会うのをためらっていた。
そうこう考えている間に、吾作は以前の二倍の時間をかけて村へ到着した。
村へ着くとさっそくおサエの畑へ向かい、やはりおサエが畑をいじった後がないのを確認した。
吾作はおサエを心配し、どうしようかと悩んだ。しかし最近の畑の荒れっぷりは正直ひどいと思っていた吾作は、やはりおサエの身に何かあったのかもしれないと思い、一度様子を見に行くことにした。
さっそくおサエと自分が住んでいた家まで来ると、吾作はケムリになって家に溶け込むように入って行った。
しかし家の中には誰もいない。吾作は焦った。布団は敷いてあるものの、そこには誰も横になっていない。吾作はその小さな家をぐるっとひと回りして人がいない事を確認すると、そのまま家の外に出た。そしておサエの身に何かあったんだと思い、急いで村中を探し始めた。
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