吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

文字の大きさ
上 下
57 / 70
離れた吾作とおサエ

吾作がいなくなった村

しおりを挟む
 次の日、庄屋さんは代官の屋敷を訪れ、

《吾作が何故、化け物になったのか?》

と、いう経緯もわかる範囲で話した。
 庄屋さんは今回の件でおとがめを受けると思っていたのだが、代官は吾作との約束を守り、庄屋さんには何の罰も与えなかった。
 そして庄屋さんは、自分の屋敷に帰ると、村の役人達を呼んで、

「わしは庄屋を辞める」

と、言った。
 それにはみんな驚いたが、責任を取るという事を考えると、誰も反対する者はいなかった。

 代官の屋敷から自分の家に夜遅く帰ってきたおサエは、本来なら今日からまたいっしょに暮らせるはずだった吾作が、永遠に帰ってこない事実を受け入れる事ができなくて、横になっても眠る事もできず、吾作がいつも寝ていた布団をじっと見つめ、

(ウソだ。ウソだ!)

と、布団の中に潜ると一人泣いた。そして気がつけば泣き疲れて寝ていた。

 次の日、朝をむかえたが、食欲もなかったし、畑に出る気力もなかったのでお昼過ぎまで横になっていた。

 すると家に庄屋さんと、和尚さん、与平がやってきた。
 ひどい泣き顔を水で洗ってごまかした後、おサエは三人を家に招いた。すると、

「今回は本当にすまんかった」

 そう庄屋さんは言うと、深々と頭を下げた。

「庄屋さんのせいじゃないです。私も吾作の変化を、分かっていなかったところもあったので」

 おサエは庄屋さんを慰めた。すると、

「申し訳ないが、村の一軒一軒を回って謝りに行かないか?」

と、誘ってきた。おサエはそれに賛成し、その日から数日かけて村中をお詫び行脚した。

 しかしそこで分かった事は、決して吾作は受け入れられていなかったという事実であった。

「吾作はいい奴だけど、やっぱり恐かった」
「正直、いなくなってホッとした」

など、実はみんな、吾作が恐いから吾作の案に乗っかっていただけというのが分かった。
 そんな話を毎日聞かされたおサエは、どんどん心を打ちひしがれていった。
 さらに追い討ちをかけたのは、自分のお母さんの言葉だった。

「吾作はかわいいけど、やっぱり化け物になってからは恐かった」

 おサエは、お母さんは吾作を理解してくれていると思っていたので、とても悲しくなった。
 それに吾作が普段から村のみんなと仲良くやっていきたいから頑張っている様子を見てきたので、そんな事を言う村人達がどうしても許せなかった。
 その結果、お詫び行脚が終わった後からは、あまり村人達と接しなくなっていった。

 それを心配したお母さんが、

「まあ少し村の人達と仲良くしりん」

とは言ってくるのだが、

「吾作はまあ帰って来んもんで、再婚とか考えんといかんよ」

と、いらない一言もつけてくる。それがおサエには耐えられなかった。それもあってお母さんとも距離を置くようになってしまった。

 そんな中でも、村では朝になるとなぜか畑の雑草が抜かれていたり、害虫が心なしか少なくなっていたりと、不思議な事が続いていたので、

「これは吾作が来ていろいろやってくれているんだ」

 そう吾作をありがたく言う人達も現れた。しかしその行動も、おサエには、

「なんて都合のいい人達なんだ!」

と、火に油を注ぐだけで、おサエはどんどん村の中で孤立していった。それにおサエにはこんな想いもあった。

「何で村の畑や田んぼの整理をしに来てくれてるのに、私の所には戻ってくれないのか?」

 これも心を病む原因になった。
 そんな心を病んできたおサエを見て、権兵衛や彦ニイはいたたまれなくなり、以前よりもおサエと付き合いをする様になった。
 しかしあまりにもおサエは心が病んでしまい、畑にも顔を出せなくなってきた。

「これは本格的にやばいのでは?」

と、心配した権兵衛と彦ニイは和尚さんに相談をしにお寺へ向かった。
 気づけばもう季節は秋めいて、米の収穫の時期になっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦
ホラー
 中学校を卒業し、新たな学舎へとやってきた久瀬鈴音(くぜりんね)は、友人の足達流空(あだちいりあ)の提案で創設された『自由創作部』へ入部することとなる。  しかし、その部室としてあてがわれた旧校舎には、幽霊たちが棲み憑いていて――。  新入生の久瀬たちと幽霊たちによる、ちょっと(?)不可思議な日常ホラー。 ※この話はフィクションです。登場する人物・地名・団体名等は全て架空のものとなっています。

俺が初めて好きになったひとは吸血鬼でした

盛平
ホラー
響は二十二歳の誕生日に出会った吸血鬼の美少女に吸血鬼にされた。失って困るような事が何一つない響は、吸血鬼である事を受け入れた。 吸血鬼のジュリアは長い年月を生きている吸血鬼なのに、今風の女の子にしか見えない。吸血鬼になって知ったことは、吸血鬼は人間を殺さなくても血は吸える。十字架もニンニクも朝日も怖くない。一か月に一回血を吸う以外は、普通の人間と特に変わらないという事だった。 響は美しい吸血鬼のジュリアと快適な吸血鬼ライフを満喫していた。ワガママな女王様のジュリアに振り回されっぱなしだが、孤独な人生をおっくていた響にとっては、嬉しい事だった。だがある夜、響と同じ作られた吸血鬼に襲われてしまった。 美少女吸血鬼との甘々な日常のお話です。

【受賞作】狼の贄~念真流寂滅抄~

筑前助広
歴史・時代
「人を斬らねば、私は生きられぬのか……」  江戸の泰平も豊熟の極みに達し、組織からも人の心からも腐敗臭を放ちだした頃。  魔剣・念真流の次期宗家である平山清記は、夜須藩を守る刺客として、鬱々とした日々を過ごしていた。  念真流の奥義〔落鳳〕を武器に、無明の闇を遍歴する清記であったが、門閥・奥寺家の剣術指南役を命じられた事によって、執政・犬山梅岳と中老・奥寺大和との政争に容赦なく巻き込まれていく。  己の心のままに、狼として生きるか?  権力に媚びる、走狗として生きるか?  悲しき剣の宿命という、筑前筑後オリジンと呼べる主旨を真正面から描いたハードボイルド時代小説にして、アルファポリス第一回歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」に繋がる、念真流サーガのエピソード1。 ――受け継がれるのは、愛か憎しみか―― ※この作品は「天暗の星」を底本に、9万文字を25万文字へと一から作り直した作品です。現行の「狼の裔」とは設定が違う箇所がありますので注意。

処理中です...