吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

文字の大きさ
上 下
55 / 70
吸血鬼 吾作とおサエの生活

許されない

しおりを挟む
 目の前に生きていると現れた吾作を見た村人達は、まだ混乱して理解が出来ておらず、何と声をかけていいのか分からなくなっていた。
 吾作は土下座を終えて立つと、くるりと代官達に体を向け、

「さて……、わしは本気出せばこのくらい出来るんですわ。まあいい加減、危ない事はやめましょうよ」

と、両手を自分の服に包まれほぼ裸の代官に話し始めた。その言葉を受け、代官は頭に血がのぼった。

「お、おまえ! だ、誰に物を言っとるんだ! わしはここの代官だぞ!」

「あ、いやいや、分かってますよ。お代官様なのはっ。でも最初にわしに矢を射ってきたのはそちらでしょ? わし、死ぬトコだったんですよ。ほりゃわしだってこれくらいしますって」

「何だと~~~~! 貴様! 貴様は化け物なんだから退治されて当然だらあがあ~~~!」

 この代官の言葉に吾作はカチンときた。

「ちょ、ちょっと待ちん。わしの何をお代官様は知っとるだん! 化け物化け物って! ほりゃちょっとひどくないかん? わし、何かしたかん?」

 吾作は口調が荒くなった。と、同時に、

(こんな奴、殺しちゃいん)
(こんな奴、殺しちゃいん)

と、また声が聞こえた。吾作はその言葉に感化されて代官を仰向けに倒し、その上にまたがって鋭い爪を首筋にあてた。

「おまえ、まあ殺すぞ!」

 吾作は代官に顔を近づけて言った。その時おサエが叫んだ。

「ご、吾作! やめて!」

「うるさい! 黙っとりん!」

 吾作は顔を上げる事もなく、代官を見つめたまま怒鳴った。その言葉におサエをはじめその場にいた全員が、身体をこわばらせた。
 しかしそのやり取りのおかげで、吾作は少し我に返った。そして代官に向かって、静かに話し始めた。

「ええかん。わし、本当はあんたを殺したいとか、そんなんはないんだて。ただわしは、みんなと楽しく村で暮らしたいだけなんだて。ほいだもんで、わしにした事や、こ、今回の事、全部なかった事にしてくれんかん? わしだってこんな事をしたい訳じゃないだでさあ。な、ええだら?」

「な、何だと? こんな事しておいて、わしに忘れろっつーのかん?」

「なんだん。やっぱり殺してほしいだかん?」

 まだ怒っている代官の目を吾作は覗き込むように言った。
 代官はその人ではない目を見て、だんだん恐怖の感情が湧き上がり、身体中が震えてきた。

「……わ、分かった! 分かった! 今回の事は全てなしにしたる! ほいだで早よどきん!」

 代官は何とか声に出して言った。その言葉を聞いた吾作は、代官から離れると、

「ホント? ほりゃえがったわ♪ みんな、今日の事は全ておとがめなしだって~!」

と、村人達に向かって笑顔で言った。

 しかし村人達はその場から動く事もなく、また吾作にたいする返事もせず、ただ顔をこわばらせながら吾作と代官を見つめていた。

「ど、どうしたの?」

 吾作が村のみんなに問いただすと、

「……お、おまえは吾作じゃねえ」
「おまえ誰だっっ!」

 村のみんなは言い始めた。

「え?」

 吾作は不安の表情を浮かべたが、そんな事はお構いなしで、

「ご、吾作がそんな恐ろしい事、する訳がないわ」

と、また言われてしまった。彦ニイも、

「お.おまえ……だ、誰だ? 吾作を返せや!」

と、言うと、

「ほだ! 吾作を返せ~!」
「ほだほだ~!」

 村人達は更に騒ぎ始めた。

 全く予想のしていない事態に吾作は狼狽うろたえた。
 まさかそんな感じに村のみんながなるとは、予想だにしていなかったのだ。
 吾作は和尚さんや与平を見たが、二人とも苦い顔をしてこちらを見ている。庄屋さんもどうしたらいいのか分からない様子でこちらを見ている。
 吾作はおサエの顔を見た。おサエは玉のような涙をぼろぼろ出し、手も震えながらとても不安そうにこちらを見ている。吾作はこの状況をどうしていいのかさっぱり分からなかった。

 その様子を見た代官はニヤリと笑った。

「ほれ。やはりおまえは化け物なのだ。おまえの言う通り、今回の事はなかった事にしてやる。しかしもう村にも戻れまい。このまま消えるがいいぞ」

 しかし吾作はまだ村のみんなと仲良くなれると思っていた。

「な、なあっ、みんなっっ。わ、わしだってこんな事やりたくてやっとる訳じゃないだよっ! だいたい最初に矢を射って来たのはこの人達だらあ!」

「ほいだからって、吾作はほんな事せんて! 吾作はまっと優しいヤツで、人様を殺すとか! そんな事自体言わんわ! でもおまえは言っただらあ! おまえは絶対吾作じゃねえわ! 早よ吾作を返しん!」

と、彦ニイが叫んだ。

「ほだほだ! 吾作はほんなんじゃないわ!」
「吾作を返しん!」

 もう村人達は吾作を化け物としか見ていない。村人の二、三人は代官達の近くへ行くと、

「だ、大丈夫かん?」

と、縛られた両手をほどきにかかった。
 吾作はただ狼狽うろたえた。友達の権兵衛も、目に涙を浮かべながら、首を横に振っていた。

「ほ、ほんな……ほんな……わしは、わ、わしは何もんなんだ……」

 吾作はそう言うと、大粒の涙を流し始めた。

「わ、わしがおらん方が、いいっつー訳だな?

 わ、わしはみんなの邪魔をしとっただな?

 わしは、みんなに迷惑かけとったっつー事だな?

 わ、分かったわっっ。ほ、ほんならわしは、今日で村を去るわ! ほ、ほいでいいんだら?」

 吾作は涙声で叫んだ。その言葉に、

「は、早まらんで! ご、吾作っっ!」

 おサエは叫んだが、

「おサエちゃん……ごめん……」

 吾作はおサエに謝った。そして代官に言った。

「お代官様、ほんじゃ今回の件はなかった事にするっつーのをちゃんと守って下さいね。もしその約束を破ったら、ただじゃ済まさんでね」

「わしだって約束ぐらい守るわ!」

 代官は大声で叫んだ。その言葉を聞いた吾作は、

「ほ、ほんじゃあ皆さん、さようなら」

と、涙声で言うと、その場で飛び上がり、巨大なコウモリに変化して夜空へ飛んで行ってしまった。

「ご、吾作ーーーーーーーーーーーーー!」

 おサエは夜空に向かって叫んだが、決して吾作は戻っては来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)  ※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「60」まで済。

私の名前を呼ぶ貴方

豆狸
恋愛
婚約解消を申し出たら、セパラシオン様は最後に私の名前を呼んで別れを告げてくださるでしょうか。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

オサキ怪異相談所

てくす
ホラー
ある街の、ある処に、其処は存在する。 怪異…… そんな不可思議な世界に迷い込んだ人を助ける者がいた。 不可思議な世界に迷い込んだ者が今日もまた、助けを求めにやってきたようだ。 【オサキ怪異相談所】 憑物筋の家系により、幼少から霊と関わりがある尾先と、ある一件をきっかけに、尾先と関わることになった茜を中心とした物語。 【オサキ外伝】 物語の進行上、あまり関わりがない物語。基本的には尾先以外が中心。メインキャラクター以外の掘り下げだったりが多めかも? 【怪異蒐集譚】 外伝。本編登場人物の骸に焦点を当てた物語。本編オサキの方にも関わりがあったりするので本編に近い外伝。 【夕刻跳梁跋扈】 鳳とその友人(?)の夕凪に焦点を当てた物語。 【怪異戯曲】 天満と共に生きる喜邏。そして、ある一件から関わることになった叶芽が、ある怪異を探す話。 ※非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で記録が残る場合はご一報と、概要欄等にクレジット表記をお願いします。 過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。

The Last Night

泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。 15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。 そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。 彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。 交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。 しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。 吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。 この恋は、救いか、それとも破滅か。 美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。 ※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。 ※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。 ※AI(chatgpt)アシストあり

田んぼ作っぺ!

Shigeru_Kimoto
歴史・時代
非本格的時代短編小説 1668年、日照りで苦しむ農民のために立ち上がった男がいた。 水戸藩北部、松井村の名主、沼田惣左衛門。 父から譲り受けた村のまとめ役もそこそこに、廓通いの日々を送っていたのだが、ある日、村の者たちに詰め寄られる。 「このまま行けば、夜逃げしかねえ、そうなって困んのはオメエだ」と。 そこで、惣左衛門は咄嗟に言った。 「『灌漑用水』を山から引く用水路をつくろう!」 実は死んだ父の夢だったのだ。 村に水を引ければ安定して稲作が出来る。村人たちの願いと惣佐衛門の想いが合致した瞬間、物語は動き出す。 350年前の実話をもとに作者が手心を加えた日照りで水田の水に困窮した村人達と若き名主の惣佐衛門が紡ぐ物語。 始まります。 短編。 作中の度量換算、用語、単位、話法などは現代風に置き換えておきました。だって、わかり辛いもんね。

処理中です...