吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

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吸血鬼 吾作とおサエの生活

吾作対代官

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「かかって来いや!」 

「あ、ほんじゃ、行きます」

 代官にかかって来いと言われた吾作は、そう答えると、ふすまの奥からどんどんケムリのままムクムクと全体を出してきた。そして、

「おのーれ。おのーれー」

 吾作は庄屋さんに教わったセリフを思い出し、明らかに棒読みだが大声で叫びながら、ケムリのまま代官へ向かっていった。
 そんな棒読みにも関わらず、村のみんなは充分に驚いて、

「うわあ~! に、逃げろ~っっ!」

と、右往左往。しかし代官は微動だにせず、懐に手を入れると、不敵な笑みをしながら懐から眩く光る何かを吾作に見せつけた。

「ま、眩しい! いっ、痛い!」

 吾作は叫ぶと慌てて代官から離れて夜空へ逃げた。代官は不敵な笑みを浮かべ、

「昨日、わしの家来の家におまえが来た時に今晩来ると思って、宮司から神社のお札をもらってきたのよ! しかしこんなに効くとは思わんかったぞ!」

 そう言うと、二人の侍も代官の横に並んで、お札を身につけながら身構えた。

「お代官様が何か持っとって、吾作は手が出せんらしいぞ!」
「お、怨霊になっちまったら、吾作でも何でもあ~へんもんで、成仏してくれ~!」

 ビビりまくっている村人達は、手を合わせたり、代官を応援したりし始めた。与平と和尚さんは慌てふためいた。

「や、やばいですよ! 和尚さんが退治する前に吾作が本当に倒されちゃうにっっ!」
「ほ、ほだなっ! ど、どうしたものかっっ」

 しかしどうしていいのか思いつかない。そんな中、庄屋さんは代官に、

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今、昨日家来のトコに吾作が現れたと言ったが、それは本当か?」

と、叫んだ。

「本当だわ! ちゃんと置き土産まで置いてってくれてなあ!」

 代官はそう言うと、懐から今度は矢を一本取り出した。

「あ! ほ、ほりゃ吾作に刺さった矢かん?」

 庄屋さんは驚いて吾作の方を睨んだ。
 ケムリのままの吾作だったが、

「だって気になったから~……」

と、庄屋さんに言い訳をし始めた。すると、

「おい、庄屋。おまえ、この怨霊と何で普通に話たりしとる? おまえら何か企んどった訳じゃないよなあ?」

 代官は冷静な顔で庄屋を見ながら話した。

「ま、まさかっっ! ただ吾作が話してきただけですわあ~」

 慌てて庄屋さんははぐらかした。

(あ! 今あんな風に話したらいかんかったっっ)

 吾作も反省しつつ、しかしどうしたらいいか悩んだ。

 何せ代官を驚かせて二度と村と自分にちょっかいを出させないようにしたいだけなのに、今や自分が成仏されそうになっているのだ。
 それに自分を死んだと信じている村のみんなも、自分が怨霊になってしまったと思い込んでいるらしく、やっぱり成仏してほしそうに見える。
 与平と和尚さんはどうしたらいいか困った顔をしているし、庄屋さんはかなり困惑した表情を浮かべている。
 そんな中、おサエは心配で心配でしょうがないように両手を合わせて握りしめていた。

(あ~……何でこんな事になっちゃったあ~? どうする? どうする?)

 吾作は考えようとしたが、代官は不敵な笑みを浮かべたまま、

「どうした化け物~! このお札がそんなに恐いんか~! この腰抜けめえ~! かかって来ぬならこちらから矢を放つぞ!」

 やたら吾作をあおってくる。

(あったま来るな~! あいつら、一気に突っ込んで三人まとめて血祭りにでもしてやろうかやあ~!)

 吾作はそう思った。その時、

(自分に正直になりなさい)

(人間なんて今の吾作には、食料でしかないに)

(殺しちゃいなさい)

 耳元で両親のような、そうでないような声が響き渡った。

(ほだわ! あんな連中、殺しちゃえばいいんだ!)

 吾作はその言葉に感化され始めたが、すぐにおサエの顔が目に入ると、

(い、いかんいかんて! 今、何か化け物になるとこだったて! 化け物の言いなりにはならんでな! ほいでもどうしよう……)

と、吾作は思い直した。しかし和尚さんの顔が目に入り、

(今日はこのまま引け!)

と、声には出してないが口がそう言っているのが分かると、

(あ~、和尚さんも腹立つわあ~! 好き勝手な事言って~! 何か、まっといい事、思いつかんのかん?)

と、またまた苛立って来てしまった。そこに、

(ほら、あんな和尚も殺しちゃえばいいんだて♪)
(殺しん)
(殺しん)

 またあの声が聞こえ始めた。

(まあうるさいわ! くそ~! まあどうにでもなれ~!)

 混乱した吾作は、

「このたわけどもがああああああああああ~~~~~~~~っっ!」

と、地の果てまで響き渡るような声をとどろかせた。
 すると突如、屋敷の外から中から大量のネズミが現れ、代官達四人に向かって集まってきた。

「わあ! ネ、ネズミいいいい~~~~~っっ!」

 村人達は大混乱。足元を走るネズミが気持ち悪くて、みながギャーギャー言いながら右往左往した。代官の足元で震えていた隣村の庄屋さんも、

「ひいいいいいいいいいいいいいいい~!」

と、叫んで今度は屋敷の中へ逃げ込んだ。
 しかし代官と家来二人は微動だにせず、吾作を待ち構えている。
 ケムリの吾作はさらに雄叫びを出しながら代官の元へ突っ込んでいった。代官と家来の二人は向かってくる吾作に向かって、

「悪霊退散!」

と、代官の掛け声と共に侍の一人はお札のついた矢を放った。ケムリの吾作は必死にそのお札のついた矢をよける。しかし向かって来たもう一人の侍が刀を大きく振り落とした。その刃は吾作のケムリを真っ二つに引き裂いた。

「ほんなんきくか~~~~っっ」

 吾作は叫ぶと、代官と家来二人の後ろに回るやいなや、三人の着物を一気に真っ二つに裂き、それぞれの手に持っている武器を取り上げながら、裂いた着物でお札もろとも両手を包んで三人とも両手を使えないようにした。
 代官と家来二人は、

「な! なっっ?」

と、何が起こったか分からず、狼狽うろたえた。
 そして大量のネズミ達が三人に押し寄せ持ち上げると、三人は何回もその場でぐるぐるとコマのように回転させられて、目が回り、三人はその場から動けなくたった。

 さっきまでの大騒ぎが嘘のように静かになった。村人達も誰も声を出さないで、その場で立ち尽くしている。

 三人が完璧に動けないのを確認した吾作は、普通に人の形に戻った。

「ありがとう。帰っていいよ」

 そう言うと、ネズミ達は屋敷から出て行った。
 そして吾作は、その静まりかえったその場をじっくりと見回した。
 その一部始終を見ていた村人達は、あまりの速さと事の多さに何が起こったか全く理解できないでいたが、

「ご、吾作?」
「い、生きとる?」
「は? どういう事?」

と、再び混乱してざわつき始めた。
 和尚さんと与平、庄屋さんはとても渋い顔をし、おサエは困惑の表情を浮かべ、吾作を見つめている。
 そんなみんなを吾作はじっくりと見渡すと、

「ごめんなさい。わし、生きてます」

と、その場に土下座をして謝った。
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