吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

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吸血鬼 吾作とおサエの生活

庄屋さんと村人達、代官と対決する

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 庄屋さんは代官に向かって話し始めた。

「その話とは、他でもない私達の村の吾作についてでございます。
 三日ほど前、うちの村の吾作が隣村の庄屋のところに使いで出したところ、吾作は矢で射抜かれ、私たちの村へ帰ってきましたが、その場で息を引きとりました。そしていっしょに向かった与平が持たされた風呂敷の中に隣村の庄屋の伝言で、

『代官様からその化け物の退治の為に、手下を二名遣わされた』

と、書かれた紙が入っておりました。確かに吾作は数週間ほど前、奇妙な病いに見舞われて、見た目も動きもまるで化け物のようになりました。
 しかし吾作の中身はいっさい変わってはおりません! それを確かめもせず、化け物と決めつけて、退治を命令するとは、どう言った仕打ちだったのでしょうか? わしらはそれをお代官様に確かめたく夜分に申し訳ないと思いましたが、参上した次第でございます」

 その慎重に丁寧に説明を代官はじっくりと聞いていたが、その話が終わると、ふ~む、とため息をつき、口を開いた。

「なーるほどねえ。そういう事でしたか。ふ~む。なるほど。みなさんのご意見も同じという事でよろしいかな?」

 代官は、村人達全員の顔をぐるりも見ながら確認をしてきた。村人達は、うん。うん。と、首を縦に振った。
 それを確認した代官は両手で両ヒザを、

 パン!

 と、叩くと、丁寧にみんなにわかるように話を始めた。

「ふむ。分かりました。では、今の話のこちらの回答を申しましょう。
 まず第一に、その吾作? 吾作と申したな? その化け物になった村の男。わしはその男の報告を貴方から全く聞いていません。つまり、どういう事態が起こっていたのかは、今、初めて簡単に聞いた事だけです。
 第二に、みなさんの近隣の村の庄屋達から、

『どうやら化け物になった男がおるらしいが、とても働き者らしく、あの村の人達が助かっているようで、羨ましい』

と、言う意見と、

『その化け物が、いつ人間を襲うようになるのか分からないので、恐くて仕方がない』

と、言う意見が寄せられた事。しかも日が経つにつれて、

『恐いから退治に乗り出してもらえないか?』

と、いう要望もいくつか届いたという事。

 その二つの事情から、私はこう考えました。みなさんの村の庄屋、つまりあなただ。あなたは、私には言えんような、よからぬ事情があるから言ってこないのだ、と。

 そう悪い方には取りませんか?

 私の立場としては、そういったよろしくない事例を放っておく訳にはいきません。なので今回は、私の家来を二人派遣させてもらい、こういった処置をしたのです。私の処置は間違っていましたかな?」

 この代官の話を聞いた村人達は、一言も声が出せなくなっていた。しかし庄屋さんは違った。

「いや、待ってくれ! 確かにわしはお代官様に報告はしませんでした。しかし、それは私の村の中で収めれた話だからです。私としては、お代官様にどうこうしてほしいなんて、全く思ってもいなかったし、こんな事になるとは、夢にも思いませんでした!」

 その言葉を聞いた代官は、少し口調が荒くなった。

「だが結果、おまえは隣の村まで、その化け物を遣わしたではないか。それは村の中だけの話ではないだろう? それに悪い噂がおまえの耳にまで届いていなかったとは、到底思えんぞ? そこはどうだ? 庄屋?」

 それを言われて庄屋さんは、ぐうの音も出なくなった。
 実のところ、悪い噂は耳に入っていたし、正直言うと、

(吾作を使って一儲けできないかな?)

 そんな事も企んでもいた。庄屋さんはその思惑が、全て代官に見透かされていたようで、何とも嫌な気分になった。
 それを見て代官がさらに畳みかけた。

「それと、私が今、疑問に思っている事を素直に言わさせてもらうと、村のみなさんは、本当にその化け物になった吾作? を信じられているのかな? 実は心の奥底では、他の村の人達のように、恐れてはいないのかな?

『いつかわしらも襲われるかも知れない!』

 そうは思ってはいないのかな? ただ今回はみんなが私のところへ抗議に行くという話になっちゃったから、仕方なくついて来たけれど、本当は、この抗議自体にも疑問を持っているとかではないのかな?」

 その言葉を聞いて、村のみんなはお互いの顔を見たり、下を向いたりして考え始めた。今回の中心にいた彦ニイも、

「そ、そんな事ないわ……」

と、反論をしてみたものの、そこからは全く言葉が出て来なくなった。庄屋さんも、

「お、おまえら、何か言えへんのか?」

と、言ったが、

「庄屋さん。お代官様に何で報告せんかった? ほしたらこんな大事にはなっとらんかったかも知れんのに……」

と、権兵衛に返され、庄屋さんも言葉を失ってしまった。そして沈黙がしばらく続いた。

 その様子を見ていた代官だったが、事態を見切ったようにうなずくと、手を、

 パン!

 と、叩いた。そして両手を広げて、

「では分かっていただいたようだし、今日のところはお引き取りしてもらいましょうかな。庄屋、あなたとはまた後日、話し合いを設けましょう」

 代官はにこやかに話した。村人達は何も言い返す言葉も出ず、仕方なしにぞろぞろと帰りはじめた。

 しかし、その中でおサエが一人、動こうとはしない。

「ど、どうした?」

 気になった権兵衛がおサエに声をかけた。

「……吾作はほんなんじゃないわ。人の旦那に矢を射っておいて!」

 下を向いたまま、おサエは身体をフルフル震えながら代官に言った。

「んん?」

 代官はおサエを見た。おサエは顔をあげ、代官の顔を真っ直ぐ見ると、

「あ、あ、あんな優しい人に矢を射っておいて、すいませんでした。の一言もないんですか? って聞いとるんです!」

と、かなり大きな声でおサエは言った。
 これにはそこにいた村人達も驚いた。

「おサエ! ちょっと待て! 今日のところは帰ろう!」

 権兵衛も慌てて説得に入った。

「ほ、ほだよっっ! 今日は帰ろまいっっ」

 姉のおタケもおサエをなだめた。しかしおサエは聞く耳を持たない。その姿勢に代官が身を乗り出した。

「ほう。おまえはその化け物の身内なんだな? このわしに楯突く女はわしの周りにはおらんで新鮮で気に入ったで。ほいでおまえはその化け物のなんなのだ? 恋人か? 家族か?」

 完全におサエに興味を持った代官は、そんな質問をした。

「妻です!」

 おサエはハッキリと答えた。これには権兵衛はじめ村人達が、

(何かやばくないか?)

と、思ったが、もう遅い。
 元は村人達が暴走しないか心配でついてきたおサエだったが、誰よりも暴走を始めてしまった。
 庄屋さんとおタケなど、村のみんなが止めに入った。

「こ、これ! やめい!」
「今日は帰ろまい!」

 しかし、

「うるさい! この人が私に謝るまで! わたしは帰らへんわ!」

 おサエは完全にブチギレ状態。

「おお~! おまえ! ますます気に入ったぞ!」

 代官は満面の笑顔になった。
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