吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

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吸血鬼 吾作とおサエの生活

和尚さんと

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 吾作と和尚さんは、しばらく少し離れて歩いていた。
 相変わらず吾作は、和尚さんから発せられる光が眩しく、そしてチクチクと痛い。そのせいもあり、なるべく離れていたが、やはり痛いのだった。
 それにさっさと代官の屋敷へ行きたいのに、和尚さんの歩みはとてものんびりしたものだった。

「和尚さん。わしがネズミを集めるもんで、それに乗らんかん? わし、早よ行って終わらせたいじゃんねえ」

「ん~? いや、これでもわしも急いで歩いとるだよっ。それにネズミの上に乗るのは何かやだわ~。せめてゴザかなんか敷いてくれんか?」

 吾作は和尚さんを急かしたが、そんな事を言われてしまったので、吾作はブチ切れた。

「まあめんどくせえなあ!」

 その言葉を吐いたと同時に吾作の頭の中で、

(和尚なんか殺しちゃいん)
(殺しちゃいん)

 誰の声か分からないが、響き渡り始めた。吾作はその言葉通り、怒りを爆発させた。

「あ、あんたが、まっと言う事聞かんもんで! こんな事になっとるだわ~!」

 急に怒り始めた吾作に和尚さんはたいそう驚いた。

「ほ、ほんなん怒るなや。おまえ、最近どうした? まるで人が変わったみたいだぞ! 頼むから何でほうなっとるのか教えてくれんか? わしの何が嫌なんだ?」

 和尚さんは、ここ最近の吾作の変わりように、どうしていいのか困っていたので、思いっきりそれをぶつけてみた。
 吾作はその言葉を聞いている最中も、

(殺しちゃいん)
(殺しちゃいん)

と、終わる事なく頭の中で声が響いている。吾作は頭を押さえながら、

「あ~! うるさい! うるさい! うるさああああああああああいーーーー!」

と、叫び、頭を抱えた。その大声に和尚さんは尻もちをついた。そして、吾作に何かが起こっているのを確信した。

「ご、吾作! ど、どうした! 普通じゃないに! 何が起こっとる?」

 和尚さんはなんとか助けたいと声をかけるが、吾作の耳には届いていない。吾作は頭を抱えながら、

「わ、わしだってっ、分からんのだわ~! ほいでも何か分からんけど、何か、和尚さんとか、お、お地蔵さんとか見とると、だんだん腹が立って来ちゃうんだわ~! 自分でもどうしたらいいか、さっぱりなんだわ~!」

と、その場で頭を抱えたまま泣きだすと、うわあああと叫び始め、倒れてゴロゴロと、転がり始めた。

「お、おまえ、今、何かと戦っとるだな! わ、わしに何ができる? どうしたらええ?」

 和尚さんは吾作に聞いてみた。しかし吾作は雄叫びをあげながら悶え苦しんでいる。そしてしばらくすると、吾作は少し静かになった。

「わ、わし、今日、な、何かおかしい……頭おかしくなっとる……わしの中で、人を殺せ! って声が聴こえてくる……わし、誰も殺したくないのに……」

 吾作はそう言うと、地面にふせて泣き始めてしまった。それを見ながら和尚さんは、

「ん~……ほ、ほか……何となくそんな事になっとるんじゃないかと思っとったが……ん~……わしが思うに、それは吾作、おまえの身体が化け物に支配されとるもんで、おまえの心もその身体が支配しようとしとるんじゃないのか? ほいで、おまえは仏を憎んどるか分からんが、見とるだけで頭に来ちゃうんと違うかやあ」

「わしは憎んでなんかないわ~! でも、殺したくなるくらいに腹がたつんだわ~!」

 和尚さんの言葉に吾作は感情的に返し、さらに、

「わしだって、わ、わしだって、和尚さんとかお地蔵さんとか、前はあんなに好きだったのに~!」

 そう言うと、また大声で泣き出してしまった。
 和尚さんは、そんな吾作を見ながら静かにさとし始めた。

「不憫な子だわ……なあ、吾作。おまえは今や仏といっしょにおる事は無理な身体になっちゃったんだわ。ほんでも本来のおまえは心根の優しい子だで。ほいで今、おまえは心の葛藤をしとるんだわ。
 それはおまえにとって、どえらい辛い事なんだと見てて分かった。だから無理にわしのそばに来んでもええ。それにこれからみんなのトコにも行かんほうがええかもしれん。今のおまえは、かなり危ういで。無理をしたらいかん」

「やだわ! おサエちゃんも行っとるだよ! ほっとけんて!」

 しかし吾作は和尚さんに向かって叫んだ。その時のその顔は、すでに人の顔ではなくなっていた。
 その顔を見た和尚さんはかなりたじろいだが、仁王立ちになり、

「な、なら、ほんな化け物に負けとったらいかんだら! しっかり立ちん! おのれを保ちん! 吾作! おまえならそれが出来るだら!」

と、叫ぶと、数珠を握りしめ、その拳を吾作に向かって突き出した。

「いったあ~~~~っっ!」

 吾作は叫び、頭から腕から足からと、身体中全体からケムリが出始めた。しかし、

「わ、わしは負けんわ~~~~!」

 吾作は震えながらも大声で叫ぶと、その場で仁王立ちになった。この時吾作は、頭の中の声が消えていくのを感じた。

「お、和尚さん! わ、わし、たぶん勝った! あいつらに勝った!」

 涙をぼろぼろ流しながら和尚さんに話した。しかしその表情はとても爽やかだ。和尚さんはその様子を見て、うなずいた。

「よし! ほんなら、みんなのトコへ行くに! ネズミを集めりん! わし、それに乗るで!」

「でも和尚さん。ネズミ嫌なんだら?」

「ええ。ええ。わしがわがままだった」

「う、うん。分かった! ほんなら呼ぶに!」

 吾作は和尚さんがネズミに乗ってくれる事が嬉しかった。よし! と、吾作は張り切って、その場で何か呟き始めた。

 和尚さんは黙ったまま、しばらく吾作を見ていた。すると、

 ドドドドドドドドドドド!

と、地鳴りが聞こえ始め、和尚さんは、来た! と、身構えた。
 すると、大量のネズミが、ゴザを背中に乗せて暗闇の中、一直線に走ってきた。そして和尚さんの目の前に止まった。

(ネズミが和尚さんの光が強くて逃げてしまうのでは?)

 吾作は心配をしたが、どうやらゴザがかかっているおかげで、光が遮られ、ネズミは逃げなさそうだった。和尚さんもいざ目の前に乗り心地の悪そうなゴザネズミを見ると不安になったが、

「こ、これに乗るのか? 大丈夫かん?」

「乗ってみりん。ゴザはわしの家のお古で、ちょっと汚いかも知れんけど」

 その言葉を信じて和尚さんは思い切って座ってみると、思いのほかしっかりとネズミ達が支えており、移動も出来そうだった。

「ほいじゃ行くで。和尚さん道案内してください」

 吾作は言った。そして出発! と、思った時、

「あ、ちょっと待ちん! 吾作、さっきみたく爆発しちゃうといかんで、昨日? 一昨日みたいにイノシシか何か呼んで、かわいそうだけどその子の血をもらいん」

と、和尚さんは吾作に言った。
 吾作は確かにそうだと、思ったので、イノシシを呼んだ。すると目の前にやはり、

 ドドドドドドドド~!

と、地響きを鳴らしながら、大きなイノシシが一頭現れた。

「ごめんなさい」

 吾作はイノシシの首あたりに噛みつき、血をどんどん飲み始めた。その光景はまるで悪魔のようで、和尚さんは、

(こんなになって……よく人を襲わんで済んどる……不憫な子よ……)

と、思った。吾作がイノシシの血を飲み干し、イノシシの首をまた折り、少し悲しい表情を見せた。

「わ、わし、これからもこうなるかもしれん。そん時はみんなはわしを拒むよね……」

「ほんでもそれもみんなに説明して、受け止めてもらうだよ」

 和尚さんは吾作をさとした。吾作はしばらく横たわったイノシシの遺体を見ながら考えていた。が、顔を上げて気持ちを切り替えた。

「おし! わし、何かお腹いっぱいで満たされた! これなら悪い事せんでいいと思うわ~♪」

「ん。ほんなら行くかん」

「ほいじゃ急ぐに♪」

 そんな訳でようやく代官の屋敷へ出発した。すると和尚さんを乗せたネズミ達はかなりの速さで走り始めた。

「な! こ、恐い~! まあちょい遅く走りん~!」

 和尚さんは必死になってゴザにしがみつきながら言った。

「あ、ごめんなさい」

 吾作は少し悪い顔をして答え、少し速さを抑えながら走り始め、吾作も後を着いて行った。
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