吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

文字の大きさ
上 下
41 / 70
吸血鬼 吾作とおサエの生活

油虫

しおりを挟む
 夜もだいぶ更けて、明日する事もまとまったので、庄屋さんと和尚さんは帰る事になった。その帰り際、

「あ、吾作。ほういやこれが終わったら、お前に頼みたいことがあるんだったわ。お前ネズミ退治してくれただらあ。ほれはよかっただけど、今度は油虫(ゴキブリ)が出るようになってなあ。ちょっと今度は油虫を取ってくれんかやあ」

と、庄屋さんが言ってきた。

「あ、油虫ですか!」

「まあ終わってからでいいで。頼むわ」

 庄屋さんはそれだけ言うと帰って行った。和尚さんも、

「あ、吾作。ほんと申し訳ないんだが、寺のネズミの事も少し考えてくれんか? ん~まあ、無理かもしれんのは分かっとるで」

 そう言うと、和尚さんも帰って行った。吾作達は庄屋さんと和尚さんを見送った。

「ええ~っっ! あ、油虫~っっ!」

 吾作は一人嘆き始めた。吾作は油虫が大の苦手だったからである。おサエと与平はそんな吾作を見ながら、

「ああ~、こりゃ大変だ。ひょっとすると、どの家も油虫が出始めとるかもしれんねえ~」

「まさかこんな事になるなんてなあ。わし、頼んでなくてよかったわ」

 そんないじわるな物の言い方をしたが、吾作はそれには気づかず、

「ゔ~っっ。油虫、ど、どうしよう~っっ」

と、明日の事などすっかり忘れて油虫の事で頭がいっぱいのよう。吾作があまりに油虫の事で困っているので、与平が助け舟を出してあげた。

「おまえの能力使ってネズミに油虫を食ってもらえばよくないかん?」

「あ! あ~! ホントだ! ほれでいいじゃんか~! ありがと~! 与平~!」

と、その案に感激した吾作は与平に礼を言いまくった。

「ほ、ほんじゃもうやってみるかん?」

 すると吾作は何かを念じるように目を閉じたがおサエは慌てて、

「ちょっと吾作! まあ夜も更けとるし、庄屋さんも寝とるところにネズミ来たらびっくりするだろうで、明日にしりん」

「あ、あ、ほやほだな」

 その言葉に吾作も念じるのをやめた。

 この日は吾作の通夜という事なので、ロウソクの火が消えないようにしないといけない。そこで、おサエと与平で交代交代でロウソクの火を見るという話になっていたのだが、

「別に与平は帰ってええよ」

と、おサエが言った。

「いやいや、またおタケに『おまえは身内の手助けも出来んのか!』って怒られるで困るわっ」

「ほんだって私、今から寝るし、吾作はネズミ捕りに行くし……帰りん」

 そう言われた与平は、何も言い返す事が出来ず、しぶしぶ吾作の家を出た。

 そうして夫婦二人になった。おサエは寝る準備を始めたが、吾作は愚痴り始めた。

「あ~、油虫かあ~っっ! 与平がいい事言ってくれたでいいけど、まあめんどくさいわあ~」

「まあ仕方ないわねえ。また頑張るだよ」

「ま、まあ頑張るしかないかっっ。お寺はまあ、どうにもならんで、いっか」

 吾作はお寺については全くやる気のない言葉をボソッと言った。その言葉を聞いたおサエはカチンときた。

「ねえ吾作? ちょっと聞いていい? 最近吾作なんか変だよ? 何であんな和尚さんに突っかかったり、冷たい態度に出たり、イノシシを目の前で殺したり……何か怒っとるの?」

 その単刀直入な質問に、吾作は返答出来なかった。

「あ……いや、まあ……ごめんね」

 こんな言葉しか出なかった。それを聞いたおサエも、何を言えばいいのか分からず、

「まあ……分かった」

としか返せなかった。そしておサエは布団を敷き終わると、

「ほんじゃ寝るわ。明日早く起きるつもりだけど、起きれんといかんもんで吾作。寝る前に起こして!」

と、吾作に言うと、その日ほとんど寝れていなかった事もあって、布団に入るなりすぐに寝付いた。
 吾作はそんなおサエをしばらく見守っていたが、

「わしも血を飲まんとな」

と、獣を探しに外に出る事にした。

 吾作はいつものように家を出ようとしたが、

(あ、わし今、死んでるんだった)

 そう思い返すと、ケムリに変化して天井を抜けて、ケムリのまま森の中に入っていった。
 そのケムリの時間が長かったせいなのか、吾作はその日、血がとても欲しくなっており、またイノシシを捕まえて血を飲むと、イノシシの首の骨を折って生き返らないようにしておいた。

「おし、これも庄屋さんにくれてやろうかな♪ そしたら何かお返しをくれるかもしれん♪」

 そう吾作は喜んだが、自分が血を吸って、ぐったり倒れているイノシシをじっくり見直した時、

「……わし……今、今、何言った? イノシシを殺しておいて、何の感情も出んくなっとる……」

 自分の無慈悲な感情に驚き、戸惑った。

(自分は、もう心まで化け物になってしまったんだろうか……やはりおサエちゃんといっしょに暮らしていく事は、もう難しいのだろうか……)

 吾作はそんな事を思いながら、イノシシの亡骸をしばらく見つめていた。そして、自分が化け物になってからの事を考え始めた。

(わしが化け物になってから、わしは村を引っ掻き回してばっかだ……わしはそんな気はないのにっっ。今回の事だってわしから何かした訳じゃないのに、何でこんな訳の分からん事になっとるんだろう? あ~、あの隣村の庄屋さんトコに行かなかったらこんな事にはならんかったのに)

 吾作の考えはどんどん恨み節になってきた。そんな事を考えていたので、ふいに侍の話を思い出した。

(わしの家を見張っていたその侍は、わしを襲ったどちらかに違いない。一回顔をしっかり拝んで仕返しでもしたい気分だわ! ほんでも、ほんなんしたら庄屋さんに怒られるし、おサエちゃんもすんごい怒りそうな気がする……ほいでもちょっと侍の家くらい、突き止めたいなあ~っ! いかんかなあ~~! つーか、ほんなんしたら今日話した庄屋さんとの話がダメになっちゃうかあ~っっ。じゃあダメかあ~……でも行きたいなあ~~……)

 吾作は衝動と戦っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ああ……ようやくお前の気持ちがわかったよ!

月白ヤトヒコ
ホラー
会社の同僚と不倫をしていた彼女は、彼の奥さんが酷い人なのだと聞いていた。 なので、彼女は彼と自分の幸せのため、『彼と別れてほしい』と、彼の奥さんへ直談判することにした。 彼の家に向かった彼女は、どこか窶れた様子の奥さんから……地獄を見聞きすることになった。 這う這うのていで彼の家から逃げ出した彼女は、翌朝―――― 介護士だった彼女は、施設利用者の甥を紹介され、その人と結婚をした。 その途端、彼に「いつ仕事を辞めるの?」と聞かれた。彼女は仕事を辞めたくはなかったが…… 「女は結婚したら家庭に入るものだろう? それとも、俺の稼ぎに不満があるの? 俺は君よりも稼いでいるつもりだけど」と、返され、仕事を辞めさせられて家庭に入ることになった。 それが、地獄の始まりだった。 ⚠地雷注意⚠ ※モラハラ・DV・クズ男が出て来ます。 ※妊娠・流産など、センシティブな内容が含まれます。 ※少しでも駄目だと思ったら、自衛してください。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

Dark Night Princess

べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ 突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか 現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語 ホラー大賞エントリー作品です

冀望島

クランキー
ホラー
この世の楽園とされるものの、良い噂と悪い噂が混在する正体不明の島「冀望島(きぼうじま)」。 そんな奇異な存在に興味を持った新人記者が、冀望島の正体を探るために潜入取材を試みるが・・・。

分かりました。じゃあ離婚ですね。

杉本凪咲
恋愛
扉の向こうからしたのは、夫と妹の声。 恐る恐る扉を開けると、二人は不倫の真っ最中だった。

枷と鎖、首輪に檻

こうしき
ホラー
大学生のひかりは、交際をしている社会人の彼が自分に対し次第に粘着性を露にしていく様子に恐怖していた。SNSのチェックに始まり、行動歴や交遊関係の監視、更には檻の中に閉じ込めると言い出して──。 自分を渦巻く環境が変化する中、閉じ込められたひかりは外の世界が狂っていく様子に気が付いていなかった。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...