吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

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吸血鬼 吾作とおサエの生活

美味しいイノシシ鍋

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 それからしばらくすると、吾作の家に庄屋さんと与平がいっしょにやってきた。
 そこでうたた寝していたおサエは目が覚めた。その後すぐに和尚さんも駆けつけて、さっそく明日の葬式の話を……
 と、その前に、

「吾作! イノシシありがとな! 今日はイノシシの鍋でも食べよまい! さばいて、ほれ! こうして持ってきたで!」

 庄屋さんは満面の笑みで持っていた包みを広げると、そこには美味しそうなイノシシの肉がキレイに並んでいた。

「ほれ、ネギとか持ってきたで、今日はみんなで囲んで食べよまい」

 与平もやっぱりいろんな野菜を見せてくれた。

「わあ~! ありがとうございます! ほ、ほんならさっそく鍋の用意しますねっ」

 おサエは慌てて土間に行って鍋の準備を始めた。
 その間、吾作もおサエを手伝うふりをして和尚さんから距離をとった。吾作はさっき見た夢の事が忘れられず、夢だったとしても、心底嫌だったのである。

 そんな吾作にはみんな気づかず、鍋の支度をしたり待ったりしながら昼間の通夜の話になった。おサエは今日の事を振り返った。

「私、みんなに嘘ついてるのが悪い気がしてきて、何か申し訳なくなっとるんだけど……」

「ん~……まあ仕方ないだらあ。これが終わったらわしらも含めてみんなで謝ろまい」

と、和尚さんが慰めてくれた。
 吾作は、そんな事になっている事も分かっていなかったので、少し驚いていた。

 そんな話をしながらも、早速イノシシ鍋が出来たので吾作以外のみんなは囲炉裏を囲んで食べ始めた。

「うん! 美味い!」
「ほですね! 美味しいです♪」
「和尚さんはこういうのは食べていいの?」
「ん~? こういうのは天からの授かり物だで、問題ないわ」
「デタラメな和尚だなあ~」

 などと話に華が咲いている最中も、吾作は一人おサエの後ろで、

(昔ならあんなに喜んで食べたイノシシ鍋なのに……今は食べたいと全く思わんくなっちゃった。何だかつまらんくなったわ……)

と、少し落ち込んでいた。そんな素振りに気づいていないおサエは、

「私、今思ったんですけど、これ吾作が血を吸ったイノシシですよねえ? 食べて大丈夫だったんですかねえ?」

と、今更ながら素朴な疑問を言った。そこ言葉に吾作は我にかえった。

(た、たぶん大丈夫だと思って庄屋さんに渡しちゃったけど……)

 吾作も確信もないのに渡した事を思い出し、しまった~! などと、今更ながら思ったのだ。
 そして今、イノシシ鍋を食べているみんなも箸が止まった。

「………………」

 しばらくの沈黙。そんな中、庄屋さんが、

「ま、まあ今んところ、特にお腹痛くなっとるとかないだら? きっと大丈夫だて! これでしばらくしてみんなお腹痛くなっとらんかったら吾作の殺した獣は、わしらがご馳走になる事が出来るで。これで吾作はまた商売の幅が広がるっつーもんだわ♪」

 その言葉を聞いた吾作は、

「お、おお~! ほ、ほりゃいい! これならいくらでもわし出来るで♪」

 庄屋さんの気遣いに感謝して、その話に乗っかった。

「ほっか~。ほんな商売もあるだなあ~」

 おサエもひたすら感心した。

 そんなイノシシ鍋を食べながらあ~だこ~だと雑談をしていると、あの侍の話になった。それを聞いた吾作は、

「え? ほんな人おったの!」

と、目を輝かせた。その反応を見た与平が聞いた。

「もし明日、そのお侍が来たら、後をつけますか?」

「いや、どうせ隣村の庄屋のトコか、代官の使いだらあ。ほんなんほっときゃいいわ」

 庄屋さんはあまり興味のない様子。和尚さんも、

「ほだな。下手につけてるのがバレて逆に捕まったりしたら、それこそ大変だで。やめときん」

と、庄屋さんと同じ意見だった。しかし吾作は興味深々で質問を立て続けにしてきた。

「その人、大きかった? いくつぐらい?」

「まあ、大きかったわねえ。歳は三十くらいじゃないかやあ?」

「強そうだった?」

「ほりゃあねえ。お侍さんだもん」

 吾作の質問におサエはちくいち答えていたが、

「ほれより今は明日の事決めよまい」

 どうでもいいと思っている与平が、もっと聴きたがっている吾作の会話をさえぎった。
 吾作はちょっとつまんなそうに下を向いたが、しっかりあの時の侍の顔を思い出して考え始めていた。

(あの切りかかってきた奴なら、わしの顔もしっかり見とるだろうし、きっとそいつだな。確かヒゲを剃ってんのにどえらい濃いのが分かる顔しとったな。目もギョロっとしとって、今思うとおもろい顔だわあ)

 などと、その侍の事を思い出して、一人でクスクスと笑い始めた。それを見た与平は半ば呆れた。

「吾作、何を笑っとるだん? まあ明日の話になっとるだで、ちゃんと話聞けよ」

「あ、ごめん」

 与平に注意された吾作は(ちぇ)と、思いながら謝った。そうして本題の、明日の葬式の後どうするかという話になった。
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