吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

文字の大きさ
上 下
34 / 70
吸血鬼 吾作とおサエの生活

吾作、家に帰る

しおりを挟む
 吾作が自分の家に着いた頃には、夜はもうだいぶ更けていた。
 当然おサエは寝ている。吾作どうしようか少し悩んだ。と、いうのも吾作はまだネズミ達に担がれた状態で、右横腹に矢が刺さったまま。しかしネズミと一緒に家に上がる訳にもいかず、かといって身体を回復する為に隣村から自分を運んでくれたネズミ達の血を飲む気にはさすがになれなかったのである。
 う~ん……と、しばらく吾作は考えると、

「一度みんな元のトコに戻りん!」

と、声を出した。
 すると、ネズミは瞬く間に隣村目掛けて走って行った。そのネズミ達を見送った吾作は、

「さて……これからどうするかん?」

と、ポツリと独り言を言った。

 その頃、おサエはすっかり寝ていたのだが、家の外で何か妙にゴソゴソと音がするので、少し目が覚めてきた。

「……ん~、何か外がうるさい~……」

 おサエは戸を開けて外を確認しようかとも思ったが、この日は月明かりもたいしてなかったので外も見えそうにない。

「まあ……いっか~……」

と、おサエはまた眠りについた。しかし、やっぱり何かゴソゴソ家の外で音がする……
 やっぱり気になってきたおサエは、何だか目が本格的に覚めてきてしまった。

(ひょっとして吾作が少し早く帰って来たのかも)

 そう思ったおサエは、そ~っと部屋のふすまを開けてみた。
 その音に吾作が気づいた。

「あ! おサエちゃん!」

「え? 吾作? まあ帰って来たん? つーか何で中に入って来んの? 暗くてよう見えんだけど」

 おサエはその声に、すっかり完全に目を覚めてしまった。
 それじゃあと、おサエは灯りをつけようと囲炉裏に火が残ってないか見たが、全く火はないし、暗いからあまり動けない。困ったなあ……と、おサエが思った。
 すると、提灯の灯りがこちらに向かって来るのが見えた。

「んん~?」

 おサエはその歩いてくる人影を見ていると、その人が声をかけて来た。

「おお! 吾作。大丈夫か? んん~~? おサエも起きとるんか?」

 それは和尚さんだった。

(やなヤツが本当に来たなあ。与平も呼ばなきゃいいのに)

と、吾作は思った。和尚さんは、家の手前辺りで足を止めて、吾作に悪いからとここで話すと言った。しかしおサエは灯りが欲しかったので、

「和尚さん。ごめんなさい! 家の灯りを付けたいもんで、こっちに来てもらえる?」

と、和尚さんに頼み込んだ。

「ええ? ここ通るの?」

 それを聞いた吾作は、あからさまに嫌な態度をとり、和尚さんも少しためらったが、

「吾作! すまんな! 一回近いトコ通るで許してくれっっ」

 和尚さんはそう謝ると、吾作の横を歩いていった。

「イタ!」

 吾作は少し痛がった。その態度を見たおサエは、

(今の吾作……何かわざと痛がった気がするなあ。……でも何であんなトコで横になっとる?)

と、思った。
 そうして和尚さんは家の中に入ると、囲炉裏に火を渡した。おかげで家の中が明るくなり、おサエも吾作を見る事ができるようになった。
 しかし、おサエは吾作を見てビックリ仰天した。吾作の右脇腹に矢がグッサリ痛そうに刺さっていたからである。

「ご、吾作! ど、どうしたの? 大丈夫なん?」

 もう大慌てでおサエは吾作に駆け寄った。

「うん。痛くはないんだけどね」

「え? そ、そうなの? いや、それどころじゃないだらっっ?」

 冷静な吾作にたいして、おサエは大慌て。家の中にいる和尚さんもその姿に心配をした。

「吾作、わしら何か出来る事はないかん? 痛々しいにっっ」

「あ、まあ~……ほだねえ~」

 そう吾作は言うと、何かひらめいたようで、左手を伸ばし何か念じ始めた。おサエと和尚さんは何が始まったかさっぱり分からない。
 すると、暗闇の中から何か動物の走って来る足音がし始めた。

「?」

 おサエと和尚さんはその足音の方向に目を向けた。その足音は次第に大きくなり、二人は何やら悪い予感がし始めた。すると、

 ドドドドドド~!

 と、いう地響きのような音とともに、暗闇の中から突然一匹のイノシシが走ってきた。
 これにはおサエと和尚さんは驚いて、慌てて家の中に引っ込んだ。
 そのイノシシはすごい勢いで突進してきたが、吾作の目の前で、ピタっ! と、足を止めると、そこから全く動かなくなった。
 吾作はそのイノシシに何とか覆い被さると、

「ごめんなさい」

 ガブリ!

 と、イノシシの首筋あたりを噛んで、血を吸い始めた。
 イノシシはすぐに立っていられなくなり、その場にしゃがみ込むと、そのまま吾作に血を吸われながら息絶えた。
 そしてすっかり干からびたイノシシの首を両手で持つと、

 バキッ!

 と、首の骨を折った。

「ホントにごめんね」

 吾作は息絶えたイノシシの干からびた顔を見て言った。

 おサエと和尚さんは、その一部始終を呆然と見ていたが、少し寒気を覚えた。吾作は、

「んん~!」

と、二人が引いている事など気づかずに、右脇腹に刺さっている矢をひっぱり出し、その場に捨てた。
 するとその矢にやられた傷はみるみる塞がっていき、元に戻っていった。それを見た二人は更に驚き言葉も失って、しばしその傷口だった右脇腹を見入っていた。

「あ~よかった~♪ これで元通りだわ~♪」

 吾作はようやく自分の身体が治ったので上機嫌になり、にこやかにおサエと和尚さんの顔を見た。
 しかし二人のその顔はとても引きつっており、身体もこわばっているように見えた。

(あれ? 何で二人とも固まっとる?)

 吾作はなぜ二人の顔がこわばっているのか分からない。一方おサエは恐る恐る声をかけた。

「ご、吾作……ど、どうしたの? な、何か恐いよ?」

「え? 恐い?」

 吾作は少し戸惑った。今の自分の何が恐かったのか、さっぱり分からなかったのである。

 確かに少しだけ驚かそうとイノシシを呼んで派手に演出はした。
 それに吾作からしたら、少し茶目っ気を出しただけのつもりだったし、イノシシの血を吸う行為は、吾作からすれば食事をとるのと同じ事なのだ。
 しかし少し前の自分なら、こんな事をする訳がない事に、全く気付いていない。
 なのでまさか二人がこんなに戸惑うとは思っても見なかった。吾作は、

「え? ホント? ごめんっっ」

と、理由は分かっていなかったが、とりあえずおサエに謝った。

「う、うん。い、いいんだけど……。仕方ないし……」

 おサエはそう返事を返したが、最近の吾作の態度が何か変わった事に不安を覚えた。
 和尚さんも、ここ最近の吾作の態度に違和感を感じずにはいられなくなっていた。そこで、

「……ん~……なあ吾作。素直に答えてほしい。おまえ、何かあったか?」

と、率直に聞いた。しかし、

「あ、いや、何もないです」

と、吾作は下を向いて答えた。この反応に和尚さんは、

「そうか……」

と、答え、そこで会話は途絶えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ルッキズムデスゲーム

はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』 とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。 知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春雷のあと

紫乃森統子
歴史・時代
番頭の赤沢太兵衛に嫁して八年。初(はつ)には子が出来ず、婚家で冷遇されていた。夫に愛妾を迎えるよう説得するも、太兵衛は一向に頷かず、自ら離縁を申し出るべきか悩んでいた。 その矢先、領内で野盗による被害が頻発し、藩では太兵衛を筆頭として派兵することを決定する。 太兵衛の不在中、実家の八巻家を訪れた初は、昔馴染みで近習頭取を勤める宗方政之丞と再会するが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員

眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

処理中です...