吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

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吸血鬼 吾作とおサエの生活

いい夫婦

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 次の日、おサエは畑仕事もそこそこに海の様子を見に行った。
 おサエが一人で海に行く事はいままでなかったが、昨日の話もあるし、気になってどうにも見に行きたくなったのだった。
 しかし吾作がいない海までの道はおサエにはつまらなくてしょうがなかった。
 途中のお地蔵さんにもあいさつをしたが、

「吾作はまあ元には戻れんのですか? お地蔵さんの力では吾作は戻れへんのですか?」

と、あいさつというよりは愚痴に近いものだった。そんな感じで海岸まで行った。

 海岸に着くと、見張りの武士以外にも何人もお役人が海に船を出して沈没船からいろいろと引き上げているのが分かった。
 そしてそれを見届ける見物人と、吾作の評判を聞いて御利益にあやかりたい人々で小さい海岸がごった返していた。

「何かえらい事になっとるわ~……」

 おサエは呆気に取られてしまった。その人混みの中に和尚さんがいるのを見つけた。

「おお。おサエ! 来たんか!」

 和尚さんが、おサエを見つけて声をかけてきた。

「気になって来ただけど、何かどえらい騒ぎになっとるもんで面食らっちゃいましたわ~」

と、おサエは話すと、

「ん~。わしもどんどん人が増えてるのに驚いとるだわ~。ほいでな、今そこの役人と話しとっただけどな、やっぱり死体が一つも上がらんっつー事でな、慰霊碑は建てないって話になったわ。ほいでもこの人だらあ。
 ほんだもんで御利益を授かりたい人の為に観音様の入った御堂をここに建てる事になったで。ほいだでついでに吾作からもらったあの飾り物もそん時に奉納して供養しようかと思っとる。ほんでいいだらあ。その化け物も天国に上がれると思うに」

 和尚さんは説明してくれた。
 おサエは、へえ~、ほ~、と話を聞く一方だったが、最後の話を聞いて少し安心した。

 吾作は暗闇の中にいた。自分の手も見えないほど暗いのだが、吾作は恐くなかった。
 そのうちその暗闇が無数の木の枝になったかと思ったら、その枝のような物が吾作を包み込み、そして少し体格のいい女性の形になり、抱きついたまま頬にキスをした。そして、

「ありがとね! これで天国に行けると思う!」

 その女性は抱きついたままお礼を言ってきた。あまりに急な出来事だったので吾作は固まっていると、

「コレコレ~、ビックリサセテはイケマセ~ン」

 少し遠くからオロロックの声が聞こえてきた。吾作は、(え?)と、思った瞬間、

「ごめんね♪ あまりに嬉しかったから~♪」

 吾作に抱きついていた女性がようやく離れた。吾作はもう何も考えられなかった。その女性はオロロックの横に着くと、オロロックの唇にキスをした。

「だって嬉しかったんだもん~♪ せめてお礼のキスぐらいいいでしょ~♪」

「スミマセンー! ソシテ、アリガトウゴザイマシター! アナタのオカゲでー、ワタシタチの~、オモイデの~、ネックレスー、まさかのカミのモトに~、オクッテモラエソウ~デース! ホントに~、アリガトウゴザイマシタ~!」

 オロロックは女性に抱きつかれながら、若干恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに吾作にお礼をしてきた。吾作はまだあっけに取られていたので、

「ア、コノヒト、ワタシのオクサンネ~♪」

と、オロロックは付け足して言った。
 吾作は呆気にとられていた。
 しかしそんな吾作の様子を全く気にしないオロロックの奥さんはオロロックに更にべったりくっついてキスをしまくった。そして吾作にお礼を言ってきた。

「ホントにありがとね♪ あなたのおかげで旦那とまた一緒になれて、とっても幸せよ♪ 私、もうこうやって抱きあえるなんて、思ってなかったから、ホントに嬉しいの♪」

「ワタシ、ハズカシイ~っっ! モーイキマース!」

 顔を真っ赤にしたオロロックと、べったりくっついた奥さんの二人は、ふわふわと飛びながら吾作の元を離れ、暗闇へ向かって行った。そして、

「もう、夢の中なんだから普通に話せるでしょう? 何でそんな変な話し方してのよ~っっ!」

「コノハナしカタ、キにイッタね~♪  シバラクコレでイクね~♪」

「勘弁してよ!」

 そんな会話をしながら暗闇へ消えていった。吾作はぽかーんとその様子を見守りながら、

(何か、いい夫婦だな)

と、思った。
 しかしその暗闇からオロロックがすぐに戻ってきた。

「え? ど、どしたの? 何か忘れ物?」

 吾作がびっくりして聞くと、オロロックは吾作の両肩をつかみ、

「大事な事を言わないと、いけませんでした~! あなた、だんだん吸血鬼の身体に心がむしばまれているようで~す! このまま行けば、あなたの心は壊れて人の血を吸わずにはいられなくなるでしょう。その時あなたが、人の血を飲めば、もう私達と同じで、人を殺さずにはいられなくなります。
 いいですか? あなたは私達夫婦を救ってくれたから忠告するのです! その吸血鬼の身体に負けないように、心を守ってください! あなたのその真の強さがあれば、吸血鬼の身体でも、きっと人として生きていけます!
 私はそういう人を知っています! しかしその人もかなり辛そうでした。なので、私は無理をしないでいいとは思いますが、負けないでください! そして、また会いましょう!」

 オロロックは真剣な眼差しで、そして変ななまりをやめて真面目に忠告をした。

「わ、分かった。あ、ありがとう……」

「ではまたいつか~……」

 それだけ言うと、オロロックは奥さんのところまで戻り、そのまま暗闇の中に消えていった。吾作は、その忠告を忘れまい! と、思った。

 夕方になり、日が暮れると吾作は目を覚ました。おサエはもう晩ご飯を食べていた。

「おはよ♪」

「おはよ」

 吾作はまだ目ぼけまなこで布団の中から出ようとしない。そんな吾作を見ながらおサエがウキウキとした顔で、

「和尚さんがねえ。海岸に観音様建ててくれるんだって! そこにあの飾り物も納めるって言っとったよ♪」

と、言った。それを聞いた吾作は布団から起きると、

「え! ほりゃよかったわ!……なんか夢でおろろ~に会ったような気がするんだけど~……忘れちゃった」

と、言いつつ、

(あのクソ坊主のクセに。何か腹立つ)

と、瞬間的ではあったが吾作は思った。

 数週間後、海岸に観音様の納められた御堂が完成し、おサエはその様子を吾作の代わりに見届けた。
 その時に、後ろから権兵衛が現れ、こう言った。

「和尚さんが、吾作に頼み事があるって。何でもお寺にネズミが大量に占拠しとって困っとるらしい」
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