吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

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吸血鬼 吾作とおサエの生活

山の奥の奥の廃寺

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 庄屋さんに言われて村中の田んぼの苗を全て植えてから数日が過ぎた。
 その間に吾作の元には、

「田植えを全部やってくれてありがとう」

と、村人達からお礼として野菜やら米やらをたんまりいただいた。
 庄屋さんも今回の仕事に感服したのか、それ以来、何も言ってきていない。

 吾作はというと、ようやく予定通りに各家のネズミ捕りを始めた。
 吾作もおサエも字が読めないので、吾作の寝ている昼間に村人達が集まって、どの家のネズミ捕りをしてもらうかを決めて、それをおサエに伝え、夜に吾作が起きたら教えるという方法をとった。

 初日こそ誰も名乗り出なかったので、

(やっぱり認められてないんだな)

と、吾作は落ち込んだものだが、田植えの一件以来、吾作をよく思っていなかった人達も考えが変わったようで、どんどんとネズミ捕りをやってほしいと要望が増えていった。
 吾作とおサエは、

「認めてもらえた!」

と、とても喜んだ。

 そうして毎日、三軒から四軒、家を回ると吾作の喉の乾きも和らぐので、その日のネズミ捕りはやめて、余った時間におサエがお昼出来なかった農作業をやったりした。

 更に時間が空いた時には、まだ行った事のない場所へ出向いて、散策をしたり、もっと効率よくネズミを捕れないか考えたりした。
 そもそも吾作は自分でも、何であんなに速くネズミが捕まえられるか分からなかった。
 なのである日、いつものようにネズミ捕りをしに行った家で、一回自分がどうなっているか確かめてみようと思った。
 そこでいつものように捕まえるところまではやってみて、ネズミを捕らえたところで動作を止めてみる事にした。
 そしていざネズミを捕まえた時、

「あ! わし! 身体がなくなっとるっっ!」

と、吾作は自分に驚いた。ネズミを捕まえている手から頭からお腹から足から、全てまるでケムリのような湯気のような、そんな状態になっていたのである。
 吾作は妙に納得した。

(だからネズミのねぐらとかまで、見る事も行く事も出来たのかあ~。ほいだで庄屋さんトコで、あんないっぱい一気にネズミ捕まえれたんだなあ)

 そうして吾作はケムリになる方法を自然と身につけた。ただ、ネズミ捕りに関しては、手の一部だけをケムリにしてネズミを探す事ができるようになったくらいで、それ以上の変化は見込めなかった。
 一方、散策の方は楽しみの一つになっていた。

 山奥の見た事もない大きな滝や、話には聞いていたけど初めて見る大きな池など、吾作は行く度に感動し、その日の朝には起きたてのおサエに話した。
 おサエは当然羨ましがるので、たびたび明け方のまだ日の登らないうちに、おサエを起こして、そういった場所へ二人で出かけたりした。

 しかし吾作にはおサエに教えていない場所もあった。と、言うのも、その場所はただの廃寺だったからである。

 その廃寺は、吾作がいつものように遠出をして山奥の方へ散策へ行った時の事である。
 山の奥の奥の山のてっぺん近く、ほぼ頂上のような場所に、何か薄く光っているものを吾作は見つけた。
 寺や神社ならいつも眩いばかりに光り放っているのに、その場所は、微かな光しか放っていない。そんな中途半端な光り方をしているものを吾作は見た事がなかった。

「なんだ?」

 吾作は興味が出て、その光に近づいてみる事にした。
 山に向かって飛んでいったのだが、それはどうやら寺のようだと分かってきた。
 しかしその寺の様子がおかしい。

「人がいないのかな……?」

と、吾作は寺の入り口の手前に降り立った。
 その場所は一本の石の階段の終点になっていたが、とても急勾配なのに、手入れがされておらず、至る所の石が外れて崩れていた。

(これ……絶対誰もおらんと思う)

などと思いながらも吾作は薄く光る寺の様子をじっくり観察した。

 やはりその寺には全く人の気配がない。それどころか、境内は自分の高さより高い草や木々が生え放題になっている。光が全くない訳ではないが、吾作の身体を痛めつけるほどではない。

(こりゃ、ひどいっっ。ずいぶん前に使われなくなったお寺さんなのかな?……それに使われてないと、光が弱くなるのかな? よう分からんなあ)

 吾作はその今まで見たことのない異様な様に、どうしようか迷ったが、思い切って境内に入ってみた。

 村の寺なら近づく事すら出来ないのに、この寺には普通に入る事が出来た。
 そして光が吾作の身体に何の影響もなかった。吾作は境内を一回りしてみた。
 本堂はだいぶ痛んでいるものの、まだ朽ちている感じではない。
 それよりも、本堂の横に伸びている渡り廊下やその先のお寺の住職が生活していたと思われる建物の方こそ、すぐ横の木々に飲まれており、建物の見える場所からも草や木が顔を出しているし、屋根も半分以上崩れた状態で、いつ建物全体が崩れてもおかしくない状態だった。
 吾作はその建物の中を少し覗くと、とても人が入る隙間がないほど朽ちているのを確認して、本堂に入ってみる事にした。

 こちらの建物は、まだ中からかすかながら光を感じる事が出来た。吾作は本堂の入り口の戸を開けようと手をかけた。
 が、長年使っていないのか、とても重い。吾作ですら重く感じるのだから、普通の人間では開ける事が難しいかもしれない。しかし吾作は両手でその戸を掴むと、ガタガタと、半ば強引だったが何とか動かす事ができ、そのまま戸を開けた。

 そうしてようやく本堂の中を見たが、やはり最近人が使った形跡はなく、数々の仏具があるにはあるが、獣が入ったのか、ぐちゃぐちゃに散らばっている。
 天井からかかっていたと思われる、昔はとても艶やかであったであろう布も中途半端に破れて床まで垂れ下がっていた。
 部屋の奥中央に構えているはずの観音像も、土台が崩れてしまったようで床に横たわり、腕や持っていた物など、折れたり外れてしまっている。
 そして部屋の隅など、至る所に蜘蛛の巣の後がビッシリとあり、そんな状態になって長い年月が経っているようで、全体的にホコリがかぶさっていた。

(なんか、かわいそうだな……)

 吾作はその朽ちた様子を見て同情した。するとなんだかこの場所に親近感が湧いてきた。
 横になっている観音像は、それなりに光を放っていたので、吾作には少し痛かったのだが、この場所がとても気に入った。
 それからというもの、時間が余った日などは、ここに来て、本堂の掃除を少しずつしたり、のんびり過ごしたりした。

(この観音さん、このままじゃなあ……)

 そう思った吾作は、空家を見つけて、そこの誰も使っていないであろう布団を持ってくると、その観音像にかけてあげた。

「これでゆっくり寝れるでいいだら♪」

と、その観音像を見ながら、よかったと思うと同時に、布団が被っている部分は光が届かなくなり、身体に被害が出ない事にも気がついた。
 そうしてますますこの廃寺を吾作は気に入っていった。

 この場所をおサエに言おうかとも思ったのだが、景色がいい以外、あまりお勧めできる場所ではないどころか、こんな場所は気味が悪いと言われるのが関の山だと思い、吾作は黙っていた。
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