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吸血鬼 吾作とおサエの生活
吾作とおサエ、庄屋さんに叱られる
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庄屋さんの屋敷は村一番の大通り沿いに建っているのだが、村の中でも断トツに大きい家なのですぐ分かる。
白壁の塀に囲まれ、立派な武士の家のような立派な門構え。敷地内には大きな蔵がいくつもあり、庄屋さんの屋敷もまさに御屋敷というに相応しい建物だった。
この村の庄屋さんは絶大な権力を持っており、また村の年貢の管理はもちろん、土地の開拓やら林業やら織物の製造やらすべて上手に行う、今で言うやり手の社長のような人だった。
なので常に勝ち気で《えばり癖》があるものの、村人達からの信頼もあつかった。
そんな庄屋さんの発案で、この村では田植えを庄屋さんが宮司さんといい日取りを決めて、みんなで祈願をした後、一気にやるのが通例になっており、そんな大事な日を村人の半分がすっぽかしたという事だから怒るのも当然だった。
吾作は庄屋さんの屋敷の門の前に立つと、
「あ~、緊張する~」
と、弱音を吐いた。吾作は元々内気な性格なので、お偉いさんの前に行くだけで無駄に緊張してしまう。
そんな吾作を見ておサエは、
「も~、しっかりしりん~」
と、声をかけるのであった。おサエはこうなるのが分かっていたのである。横にいた権兵衛も明らかに緊張しながら、
「は、入るに!」
と、声をかけると、三人は中に入っていった。
門をくぐって屋敷の玄関まで行くと、玄関の中に何人もの村人がいるのが分かった。
「権兵衛です。到着しました~」
権兵衛が玄関を開けると彦ニイと長三郎と権兵衛の父親が待っていて、
「お! よかった! 吾作! 庄屋さんがどえらい怒っとるもんでお前からも説明してくれやあ」
「和尚さんにも来てもらおうと思っただけど、昨日明け方まで起きとったのがこたえとるらしくて、来れんみたいなんだわ」
「頼んだに! 吾作!」
そう言ってきたので、まだ吾作は玄関をくぐってもないのにドキドキしていたのに、更にドキドキしていまい、緊張が最高潮に達した。
その横でおサエは、
(あ~、吾作が緊張しすぎてろくに話せなくなっちゃうなあ~……)
と、思った。吾作が十分にカチコチになった時に、
「吾作来たか! 上がってこっちに来い!」
と、おサエの姉の旦那の与平の声が聞こえた。
与平は普段から庄屋さんにゴマを剃っていたので、今回も呼ばれたようだった。昨日までのヘコヘコした態度とは打って変わって高圧的な態度に、
「後ろ盾が出来ると威張り始める」
と、彦ニイは与平に直接言った。しかし与平は聞こえないフリをして、吾作とおサエをじっと見ていた。
二人は与平に急がされているような威圧感を感じたので、急いで草履をぬいで玄関を上がると、与平の後をついて行った。与平は縁側を通り、庄屋さんのいる部屋の前まで行った。与平が、
「ここに入りん」
と、二人に言った。
「よ、与平は入らんの?」
「入らんて。ほれ、入りん」
与平はちょっとニヤついた顔で言ったので吾作とおサエは、
(何かやな感じ……)
と、思いながら、
「吾作と嫁のおサエ、き、来ました!」
と、ぎこちなく言い、ふすまを開けた。
そこは二十畳ぐらいのいわゆる大広間と呼ばれる部屋で、その広い部屋の奥に机があり、奥側の上座に庄屋さんが鬼のような顔で前のめりで両手を机に着いて座っていた。
「吾作! こっちに来て座りなさい! おサエも来なさい!」
庄屋さんはかなり大声で吾作に言った。ただでさえカチコチに緊張していた吾作だが、その庄屋さんの形相を見て完全に舞い上がってしまい、
「は、はい!」
と、声を裏返して返事をした。おサエも、
(あ、これはやばいかもっっ)
と、思った。そして二人して庄屋さんの座っている机に向かった。
しかし庄屋さんは吾作が近づくと明らかに顔色が変わった。
「ちょ、ちょっと待ちん! 座るな! おまえ? 本当に吾作か?」
庄屋さんは吾作の足を止めて、まじまじと吾作の顔や体を見た。吾作の話を聞いてはいたが、予想以上の吾作の変わりように驚いてしまったのである。吾作は、
「は、はい。私です。吾作です」
「ほ、ほか。ご、吾作。ちょっとびっくりしたわ。こんなん変わっとると思ってなかったもんでな。ま、まあええわ。座りん」
「は、はい」
吾作とおサエはぎこちなく机を挟んで庄屋さんの前に座った。庄屋さんはしばらく吾作を見て、少し体裁を整え直すと、さっそく説教が始まった。
「おまえな。何でこうなったかは他の奴から聞いたけどな。おまえはおまえで話に来んといかんだら! わしは何も知らんかったで。まあ、予想以上にえらい変わりようだで、仕方なかったんかも知れんけど。
今日の田植えの日はな、適当に決めとるじゃなくて、ちゃんと神社の宮司さんと話し合ってこの日が最良だってんで決めた日なんだぞ。ほいで宮司さんに祈願してもらうの知っとるだらあ?
おまえ、それが今日半分もみんな来うへんもんで、田んぼの半分どころかちょっとしか田んぼ埋まっとらんのだわ。これがどういう事か分かるか?
こんな始まりで神様仏様から見放された田畑からは豊作なんか見込めーへんっつーことだわ。おまえ責任取れるんか?」
宮司さんの祈願を村人の半分がすっぽかした事に、庄屋さんは相当、怒っているのは分かる。
しかし祈願田植えは一日で終わる訳がないのに、何故か全部植えられる前提で話をされ、吾作は返事に困ってしまった。おサエも、
「あ、あの、私が昼間に庄屋さんとこ来て事情を話せばよかったんですけど。あまりに急な事が続いて、全然庄屋さんとこに言いに来る余裕がなかったと言うか…………本当にすいませんでした!」
と、頭を下げた。それを見て吾作も、
「す、すいませんでした~!」
と、頭を下げた。それを見た庄屋さんは、
「あのな。頭を下げても結果は変わらんのだわ。今日という日がどんだけ大事だったか分かったかん。しかし、どうしたらいいものか……」
吾作は庄屋さんに責められて、何か埋め合わせをしないといけないと思ったが、もう頭が真っ白になっているので何も浮かばない。庄屋さんは続けて、
「そういや吾作。おまえネズミ退治を始めるって聞いたけど、おまえほんな凄いんか? 何だったら見せてみい」
「え? ほりゃ出来ますけど……今……やります?」
「おお。ほいじゃやってみりん」
そんな訳で、庄屋さんの目の前でネズミ捕りをする事になった。
白壁の塀に囲まれ、立派な武士の家のような立派な門構え。敷地内には大きな蔵がいくつもあり、庄屋さんの屋敷もまさに御屋敷というに相応しい建物だった。
この村の庄屋さんは絶大な権力を持っており、また村の年貢の管理はもちろん、土地の開拓やら林業やら織物の製造やらすべて上手に行う、今で言うやり手の社長のような人だった。
なので常に勝ち気で《えばり癖》があるものの、村人達からの信頼もあつかった。
そんな庄屋さんの発案で、この村では田植えを庄屋さんが宮司さんといい日取りを決めて、みんなで祈願をした後、一気にやるのが通例になっており、そんな大事な日を村人の半分がすっぽかしたという事だから怒るのも当然だった。
吾作は庄屋さんの屋敷の門の前に立つと、
「あ~、緊張する~」
と、弱音を吐いた。吾作は元々内気な性格なので、お偉いさんの前に行くだけで無駄に緊張してしまう。
そんな吾作を見ておサエは、
「も~、しっかりしりん~」
と、声をかけるのであった。おサエはこうなるのが分かっていたのである。横にいた権兵衛も明らかに緊張しながら、
「は、入るに!」
と、声をかけると、三人は中に入っていった。
門をくぐって屋敷の玄関まで行くと、玄関の中に何人もの村人がいるのが分かった。
「権兵衛です。到着しました~」
権兵衛が玄関を開けると彦ニイと長三郎と権兵衛の父親が待っていて、
「お! よかった! 吾作! 庄屋さんがどえらい怒っとるもんでお前からも説明してくれやあ」
「和尚さんにも来てもらおうと思っただけど、昨日明け方まで起きとったのがこたえとるらしくて、来れんみたいなんだわ」
「頼んだに! 吾作!」
そう言ってきたので、まだ吾作は玄関をくぐってもないのにドキドキしていたのに、更にドキドキしていまい、緊張が最高潮に達した。
その横でおサエは、
(あ~、吾作が緊張しすぎてろくに話せなくなっちゃうなあ~……)
と、思った。吾作が十分にカチコチになった時に、
「吾作来たか! 上がってこっちに来い!」
と、おサエの姉の旦那の与平の声が聞こえた。
与平は普段から庄屋さんにゴマを剃っていたので、今回も呼ばれたようだった。昨日までのヘコヘコした態度とは打って変わって高圧的な態度に、
「後ろ盾が出来ると威張り始める」
と、彦ニイは与平に直接言った。しかし与平は聞こえないフリをして、吾作とおサエをじっと見ていた。
二人は与平に急がされているような威圧感を感じたので、急いで草履をぬいで玄関を上がると、与平の後をついて行った。与平は縁側を通り、庄屋さんのいる部屋の前まで行った。与平が、
「ここに入りん」
と、二人に言った。
「よ、与平は入らんの?」
「入らんて。ほれ、入りん」
与平はちょっとニヤついた顔で言ったので吾作とおサエは、
(何かやな感じ……)
と、思いながら、
「吾作と嫁のおサエ、き、来ました!」
と、ぎこちなく言い、ふすまを開けた。
そこは二十畳ぐらいのいわゆる大広間と呼ばれる部屋で、その広い部屋の奥に机があり、奥側の上座に庄屋さんが鬼のような顔で前のめりで両手を机に着いて座っていた。
「吾作! こっちに来て座りなさい! おサエも来なさい!」
庄屋さんはかなり大声で吾作に言った。ただでさえカチコチに緊張していた吾作だが、その庄屋さんの形相を見て完全に舞い上がってしまい、
「は、はい!」
と、声を裏返して返事をした。おサエも、
(あ、これはやばいかもっっ)
と、思った。そして二人して庄屋さんの座っている机に向かった。
しかし庄屋さんは吾作が近づくと明らかに顔色が変わった。
「ちょ、ちょっと待ちん! 座るな! おまえ? 本当に吾作か?」
庄屋さんは吾作の足を止めて、まじまじと吾作の顔や体を見た。吾作の話を聞いてはいたが、予想以上の吾作の変わりように驚いてしまったのである。吾作は、
「は、はい。私です。吾作です」
「ほ、ほか。ご、吾作。ちょっとびっくりしたわ。こんなん変わっとると思ってなかったもんでな。ま、まあええわ。座りん」
「は、はい」
吾作とおサエはぎこちなく机を挟んで庄屋さんの前に座った。庄屋さんはしばらく吾作を見て、少し体裁を整え直すと、さっそく説教が始まった。
「おまえな。何でこうなったかは他の奴から聞いたけどな。おまえはおまえで話に来んといかんだら! わしは何も知らんかったで。まあ、予想以上にえらい変わりようだで、仕方なかったんかも知れんけど。
今日の田植えの日はな、適当に決めとるじゃなくて、ちゃんと神社の宮司さんと話し合ってこの日が最良だってんで決めた日なんだぞ。ほいで宮司さんに祈願してもらうの知っとるだらあ?
おまえ、それが今日半分もみんな来うへんもんで、田んぼの半分どころかちょっとしか田んぼ埋まっとらんのだわ。これがどういう事か分かるか?
こんな始まりで神様仏様から見放された田畑からは豊作なんか見込めーへんっつーことだわ。おまえ責任取れるんか?」
宮司さんの祈願を村人の半分がすっぽかした事に、庄屋さんは相当、怒っているのは分かる。
しかし祈願田植えは一日で終わる訳がないのに、何故か全部植えられる前提で話をされ、吾作は返事に困ってしまった。おサエも、
「あ、あの、私が昼間に庄屋さんとこ来て事情を話せばよかったんですけど。あまりに急な事が続いて、全然庄屋さんとこに言いに来る余裕がなかったと言うか…………本当にすいませんでした!」
と、頭を下げた。それを見て吾作も、
「す、すいませんでした~!」
と、頭を下げた。それを見た庄屋さんは、
「あのな。頭を下げても結果は変わらんのだわ。今日という日がどんだけ大事だったか分かったかん。しかし、どうしたらいいものか……」
吾作は庄屋さんに責められて、何か埋め合わせをしないといけないと思ったが、もう頭が真っ白になっているので何も浮かばない。庄屋さんは続けて、
「そういや吾作。おまえネズミ退治を始めるって聞いたけど、おまえほんな凄いんか? 何だったら見せてみい」
「え? ほりゃ出来ますけど……今……やります?」
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