吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

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吾作、吸血鬼になる

吾作、死す

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 その頃、吾作の家の前におサエのお母さんが来ていた。
 昨日は吾作が全く起きなかったけど、今日は少しは元気になって起きてるかもしれない。
 子供の頃から吾作の事を知っているお母さんは、吾作の事がやはり気になっていた。

「吾作。吾作~!」

 お母さんは家の土間へ入り、部屋に向けて声をかけた。しかし返事はない。

(やっぱり返事あーへん)

 お母さんはそう思うと、部屋のふすまをそっと開けた。
 部屋の奥には頭まで布団をかぶった吾作が寝ているのが見えた。

「吾作~。寝とるだかん?」

 優しい口調でお母さんは声をかけたが、吾作はやはり動かない。

「吾作~……」

 もう一度寝ている吾作に声をかけたが、やはり吾作はピクリとも動かない。

(またグッスリ寝とるんだな。まあ、仕方ないか)

 お母さんはそう思うと、家を後にした。
 
 おサエのお母さんが吾作の家から居なくなってすぐに、与平が吾作の家にやってきた。
 与平は家の土間に入ると、

 「吾作~。体調どうだん?」

と、部屋に向かって面倒くさそうに声をかけた。しかし全く返事がない。

(仕方ないなあ。吾作の様子を見んと、おタケがうるさいでなあ)

 与平はイヤイヤながら部屋のふすまを開けた。部屋の奥で吾作は頭から布団をかぶって寝ていた。

「おう、吾作。寝とる? 寝とるのかん?」

 与平は声をかけた。しかし全く動く気配がない。

「吾作?」

 もう一回声をかけたが、ピクリとも動かない。

 あれ? そんなに熟睡してるのか? それともなんか問題が起きてないか? 

 疑心暗鬼になった与平は、部屋に上がって、

「吾作?」

と、また声をかけた。それでも吾作はピクリとも動かない。
 ますます心配になった与平は吾作の布団とところまでやってきて、

「吾作? 吾作!」

 少し大きな声で話しかけた。しかし吾作は動かない。
 もうヤバいと思った与平は、

「吾作!」

と、布団をめくった。するとそこには、青白く痩せ細り、頰はこけ目は落ちくぼみ、口から尖がった歯を二本生やした吾作が仰向けに寝ていた。
 しかし恐ろしかったのは落ちくぼんでいる目がランランと開いていて、天井を仰いでいる事だった。

 与平はその顔の恐ろしさに、

「ひゃあ!」

と、後ろに飛びのいた。しかし吾作はピクリとも動かない。

「ご、吾作? 吾作?」

 もう一度声をかけるが動かない。
 与平は恐ろしさのあまり、家から飛び出して、

「ご、吾作があ~!」

と、大声でわめきながらおサエの元へ向かった。

 おサエとおタケは畑仕事を再開していた。

「ウチの人、遅いねえ。いつもぐずぐずしとるもんでアイツはあかんだわ~」

「まあええよ。どうせ吾作は寝とるだけだで」

 そんな話をおサエとおタケはしながら仕事を進めていると、

「吾作が! 吾作があ~!」

と、与平がただ事ではない慌てぶりで走って向かってきた。
 おサエはその与平の様子を見て、不安が一気に増した。おタケはそんな事は分からず、

「何を騒いどるだん~」

と、走ってくる与平に声をかけた。すると与平が大声で叫んだ。

「吾作が、吾作が、化け物になって死んどる!」

 その言葉を聞いたおサエは、もう居ても立っても居られなくなり、慌てて家に向かって走っていった。
 おタケは何をバカな事を、と思ったが、慌てて走って帰ったおサエを見て、

「ちょっと待ちん~!」

と、おサエを追っかけて行った。与平もいっしょに吾作の家に走った。

 おサエが戻る時には与平の大声を聞いた他の村人たちもぞろぞろ家へ集まってきていた。
 みんなをとりあえず家にあげないようにして、おサエとおタケと与平が部屋に上がった。

 おサエはふるふると体を震わせながら、布団がめくれたままの吾作の顔を見た。
 吾作は相変わらず目をランランと開けたまま、微動だにせず、仰向けに寝ていた。
 これにはおサエも驚いてちょっと後ろへ飛びのいてしまった。
 それを見ていたおタケと与平もつられて飛びのいてしまった。与平はその場から動かなくなったが、まだ吾作を見ていないおタケは、横になっている吾作を恐る恐る見るや否や、

「ぎゃあ!」

と、大声で叫んだ。

 それを聞いていた家の外の人間は、何だ何だ? と、ざわつき始めた。
 つい驚いてのけぞったおサエだったが、体勢を戻して吾作の体を両手で掴み揺すると、

「吾作! 吾作!」

と、呼びかけた。
 しかし吾作は全く反応しない。そして吾作の体がとても冷たい事にも気がついた。その体の冷たさにおサエは吾作が死んだ事を確信した。
 おサエは吾作の体に覆いかぶさりながら、

「やだ~! やだ~!」

と、泣き始めた。
 おタケと与平は呆然とその光景を部屋の隅で見ていた。
 そして家の外で聞いていた村人たちは、吾作が死んだ事を悟り、様子を伺いながら家の中へ入ってきた。おサエはみんなが来たので体を起こし、吾作の横で正座で座っていた。もう顔は涙でくちゃくちゃだった。

「ご、吾作は、亡くなっちゃったんか?」

 慌てて駆けつけてきた権兵衛が切実な顔で聞いてきた。
 おサエはコクリと頭を動かした。

「やいやい! ホントに? ホントに?」

 権兵衛は驚くと、後ろにいた他の村人の中にやはり慌てて駆けつけた彦ニイが、

「そんなバカな!」

と、言いながら吾作の家に上がり込んだ。他の村人達も、

「うそだら?」

と、大慌てで部屋に上がって吾作を見た。しかしその顔を見たとたん、

「ば、化け物!」

「おサエちゃん! こりゃ化け物だわ! 吾作じゃねえ!」

と、村人達は騒ぎはじめた。それを聞いたおサエは、

「こりゃウチの吾作だわ! とろい事言うな!」

と、泣きながら怒った。権兵衛は、

「ほ、ほりゃ悪かったわ。ほいでもこれは……」

と、言葉を詰まらせた。しかし彦ニイは、

「いや、これは……これは吾作じゃねえよ!」

と、否定した。他の村人たちも、

「おサエちゃん! なんかに憑かれちゃったんと違うか? 大丈夫かん? どう見てもこれは吾作じゃねえって!」

と、おサエの話を聞かない。姉のおタケも、

「ほだよ。これは吾作じゃねえよ。別人だわ。きっと吾作は別のトコにおるだわ」

と、言い始める始末。おサエはその言葉を聞いてとても悲しいは頭に来るわで、

「お姉ちゃんのあほんだら! たわけ! もう全員出てけ~!」

と、大声で叫び始めた。

 そんな時に日は落ちた。
 するとさっきまで目を開けたままで微動だにしなかった吾作が顔を動かしはじめ、体を起こした。
 権兵衛や彦ニイなど村人達は、

「ご、吾作が起き上がった~!」
「ば、化け物だあ~!」

と、慌てふためきながら家から逃げだした。吾作は、

「え?」

と、キョトンとしていると、横でボロボロに泣いているおサエが目に入った。
 そしておサエの向こうにもう一回腰を抜かしたおタケと、やっぱり腰を抜かした与平が、

「ま、また来るわっっ!」

と、四つん這いのまま急いで家を出て行ったのが見えた。吾作は、

「え?」

と、また言うと、

「このたわけ~っっ!」

と、おサエに思いっきり頭を殴られ、座ったまま蹴りを五発ぐらいくらった。そしておサエはわんわん泣き始めた。
 吾作は何がなんだかサッパリ分からなかった。
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