吸血鬼 吾作

広田川ヒッチ

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吾作、吸血鬼になる

夜を走る

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 吾作は無我夢中で走り、走って走って走りまくり、気がつけば吾作本人もよく分からない田んぼの真ん中へやってきた。

「わし、わしは何をやっとるんだ? わし、どーした?」

と、自分に問いかけてみた。何だか自分がよく分からない。動揺した吾作は、少し冷静になろう。と、昨日からの出来事を思い返してみた。

(昨日、あの『おろろ~』……を助けたら首噛まれて~……血を吸われて~……あの男はお日様の日を浴びたら燃えちゃって~……で、わしもおサエちゃんを噛もうとして~…………えええええええええええええ!)

 と、ふだんあまり考えない吾作は考えれば考えるほど混乱し、更に動揺してきた。

 わし、どーする? どーなる?

 と、一人で騒いでいる時、ふと、ある事に気が付いた。

「あれ? わし、汗を全くかいとらん」

 家からかなりの距離を走ったというのに、吾作は汗を一滴もかいていなければ、息も全くきれていない。と、いうより息をしている感じがしなかった。

 そんな事あるのか?

 吾作は考えたがよく分からなかったので、息について考えるのはやめた。

 しかしそのおかげか吾作は少し冷静を取り戻し、さらにいろいろと気付いた。

 ここまでの道中、無我夢中で走ってたからあまり気にならなかったけど、何故かお地蔵さんやお寺や神社が全て火事なのか光って眩しかったのは何だったんだ? お地蔵さんの横を通った時なんか、光が刺さるようでなんか痛かったから避けちゃったし。

 しかしそれよりも……

「夜ってこんなにきれいだったっけ?」

 吾作の目には何故か夜がとても透き通っているようだった。
 確かにこの日の夜はお月様がまんまるでよく見え、星も一つ一つがとてもきれいに輝いていたが、月の光の届かない暗くて全く見えなかった暗闇の奥の道や、木々、草花、遠くの山々に生えている木の一本一本まで、すべてがはっきりと見え、それでいて幻想的で神秘的に写った。
 前足のそばで動いている虫や田んぼの中のオタマジャクシなどもちょっとキラっと光って美しかった。こんなきれいな世界に自分っていたんだっけ? と、思った吾作は、何だか急にワクワクしてきた。が、

(あれ? 前足? 前足?)

 ここでまた一つ、自分の変化に気づいた。自分の両手が獣の足になっていたのだ。

(そういえばさっきから目線が低い気が……って思っとったけど、わし、四つんばいになっとるじゃんか!)

と、また吾作は混乱した。
 そして恐る恐る田んぼの水に顔を写してみた。そこに写っていたのは大きな犬であった。

 いやこれは狼だわ!

と、吾作は直感で確信した。

(お、狼だ! え? 狼? な、何で?)

と、事態を把握したはいいがどうしたらいいか分からい吾作は、わんわん泣き始めた。

(わし、わし、狼になっちゃったよ~! 人間に戻りたいよお~!)

と、大泣きした。泣いて泣いて泣きわめいた。するとどういう事だろう。
 気がつけば吾作は人間に戻っていた。

「あ~んっ! あ~ん、ああ?」

と、自分が人に戻った事に気づいた吾作は、

 どうして狼になった?

と、考えた。しかし理由がさっぱり思いつかない。更にそこから人間に戻ったなんて余計に分かるはずがない。

 しかし思い返してみると、自分は無我夢中になって走りきったから、そのせいかな? とりあえずちょっと走ってみたら分かるわ!

と、思った吾作は、少し勢いよく走ってみた。するとあっさり吾作は狼になった。

「うわ! ホントに?」

と、狼になった吾作は慌てて、

(人間に戻りたいっっ!)

と、本能で思った。すると、やっぱりあっさり人間に戻れた。

「んん~?」

 これはひょっとすると狼になりたい時はなれるのか?

と、思った吾作はさっきまでの不安はどこかに吹っ飛び、むしろ楽しくなってきた。狼になれるか試したくなった吾作は、思いっきり、

「わし、今から狼!」

と、大声で叫ぶと、思いっきり走りだした。すると吾作の体はすぐに狼に変化して、はやての如く走り続けた。

「やっぱりわし、狼になっとる!」

 吾作は大喜びして、さらに走って走って走りまくり、どんどん森の中へ入っていった。
 そしてあまりにも森の中にきたので、帰りの事を考えて足を止めた。
 そして、

(人に戻りたい~!)

と、思ったとたん、すぐに人に戻れた。

「うわあ! わし、すげー!」

 吾作は大興奮した。自分には、こんな能力が身についたのか! こりゃ、いろんな事に使えるわ! と、ウキウキが止まらなくなった。

 でもその前に、

 ここどこだ?

 吾作は周りを見渡した。そこはうっそうとした森の中。だいぶ森の奥へ来てしまったらしい。少し冷静さを取り戻した吾作は、森の中の観察を始めた。

 真っ暗なはずの森の中も、今の吾作にはすべてはっきりと見える。
 こんなに森の中も見える……本当は真っ暗なはずなのに。と、吾作は考えていた。その時、ある事にも気が付いた。
 すべての動物が自分から逃げる様子がないのである。吾作は何故かは分からなかったが、この森の中へ走って来る時も、今、こうやって立ち止まり、考え事をしている時も、いろんな小動物や、虫達など、全く逃げる気配がない。

(何でた?)

と、吾作が考えていると、そこへ一匹のウサギが現れた。
 昨日の朝ご飯を最後に何も口にしていなかった吾作は、そのウサギを見つけるや否や、何も考えず本能で一瞬のうちに捕まえ、首筋をガブっと噛み、血を吸った。そしてウサギの血を飲み干してしまった。

「こ、こりゃ美味いわあ~!」

と、ウサギの血の味がこんなに美味しいのかと感動した。もっと飲みたくなってウサギをチューチュー吸ったが、血はもう出そうになかった。

(あ~、全部飲み終わっちゃったかあ~……)

と、吾作はその手に持っているウサギを見た。そのウサギはもう血がなくなってしまい骨と皮になって干からびていた。

 そしてようやく我に返った。

「わし、なんで? なんてかわいそうな事……ごめん…………」

と、とても悪いことをしてしまったという罪悪感と、自分が無意識にした行動、更にはウサギの血が今まで口にしてきた食べ物すべての中で、

 格段に美味しい!

と、感じた自分に恐怖して、吾作は困惑と同時に悲しくなった。そして吾作はあの男のことをまた思い出した。

(あの人は、きっと自分の首筋を見た途端、無意識で噛んじゃったんた。それくらいあの人は弱ってたんだ。きっとそうだ)

 吾作はそう思いながら、手に持っていたウサギを埋葬しようかとも思ったが、そのまま持って家に帰ることにした。
 帰りはとても走る気分にはなれず、トボトボと歩いていた。
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