窓側の指定席

アヒルネコ

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平成30年1月13日

不思議なおばさん

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 砂川の駅で悠一と綾は電車を待っていた。深々と降り積もる雪を見て、早く春が来て欲しいと感じるのと同時に、横にいる妻の火照る頬を見て、冬の愛おしさを感じていた。まだ電車は見えないのに、ガタンガタンとこちらに向かう音がする。まるで小さい子供が、親の帰りを待ち遠しく思っている時に、外から聞こえる車の排気音のような感覚すら覚えてしまう。 

 電車に乗り込んだ二人は、窓側と通路側に並んで座った。指定席を買わずとも席が並んで空いていて、悠一はほっとしていた。

「電車なんて久々だな、わくわくするな。窓側に座れたらもっと嬉しかったけど」

「仕方ないでしょ、私は窓側じゃないと電車酔いしちゃうんだから」綾は少し悠一をにらんだ。

「とりあえず、つくまで寝てるわ」悠一が座席の上で背伸びをしながら綾に告げ、その後眠りについた。一方の綾は、観光雑誌を読みながら、揺られる電車に身を預けた。


 途中、自分達の前に座った一人のおばさんが、なんの断りも入れずに座席を倒してきた。その時たまたま悠一は、前の座席におでこをつけて眠っていた事から座席を倒されたせいで目が覚めてしまった。

「なんだよ、断りくらいいれろよ」普段あまり感情を前に出さない悠一だが、気持ちよく眠っていた事もあって、妻が横に居ながら赤の他人に文句を垂れてしまった。

「あら、ごめんなさい。起こしちゃったのね。あなたたちはどこまで行くの?」目の前のおばさんが悠一たちに話しかけてきた。その姿は、まるで水面から顔をだしたアザラシのようだった。

 適当に札幌と答えようと思ったが、妻が横にいる状況で見え見えの嘘をつくのは少し気が引けた事から、悠一は正直に「帯広です」と伝えた。

「あら!わたしもなのよ?奇遇ね、お名前は?」

 見知らぬ人に名前を聞かれて正直答えたくなかったが、名字くらいなら良いかと思い、しぶしぶ「霧島です」と答えた。

「へー、珍しい名字なのね。どういう漢字書くの?桐タンスの桐?それとも天気の霧?」おばさんはぐいぐいと質問してきた。

「天気の霧です。島は普通の島です。ヤマドリじゃない方の」悠一はめんどくさそうに答えた。すると、話をしながらおばさんは携帯で何かを調べていた。するとおばさんが

「霧島って名字はね、鹿児島とかに多いみたいよ。両親、九州の人?」おばさんの興味は止まらなかった。

「いいえ違います。北海道生まれですよ」そういうと悠一は話を切りたくなり携帯をいじり始めた。なんとなく空気を察したのか、おばさんも「そうなのね、珍しいわね」と言い残し、体をもとの位置に戻した。

 悠一は、このような性格のおばさんに会ったことがなく、妙な感覚を覚えた。心のなかで勝手にこのおばさんを『不思議なおばさん』と名付けた。


 札幌に到着した二人は、すたすたと昼食に向かった。

「スンドゥブ楽しみ、早く食べたいな」綾が頬郭をキュッと上げながら悠一に話した。

「なかなか美味しそうだよね、でも混んでる気がしない?」

 案の定、店の前には長蛇の列が出来ていた。しかし、せっかくここまで来たんだからと、二人は列の最後尾に並んだ。

「次の電車は、指定席とってるの?」綾が悠一に問いかけた。

「え、まだ乗車券すら買ってないよ」

「なんで!帯広までの分買わなきゃ金額高くなるじゃん!一回で買えるんだよ?」綾が目を丸くして悠一に言った。

「あ、そう言えばそうだよね。完全に間違ったね、ごめんごめん」悠一は許してと言わんばかりに、少し口元を緩めながら謝った。

「あーあ、その金額はスンドゥブ二杯分だからね」綾は悠一に呆れながら言った。

「まあとりあえず、みどりの窓口に行って買ってこよう。あ、折角だし指定席見てみるか。混んでて窓側に座れなかったら、綾ちゃん帯広で吐いちゃうかもしれないから」

「そうだね、私の座る窓側が空いてたらいいな。仮に空いてなくても吐きはしませんけどね、悠一じゃああるまいし」

「俺がいつ吐いたのさ」

「この前の新入社員歓迎会から帰ってきたとき」

「それは酔いの種類が違うでしょうが」

店の前で話す内容とは思えない会話が、二人の間でキャッチボールされていた。


「いやー美味しかったね、並んだ甲斐があったね」綾がにこっとしながら悠一を見た。

「そうだな、人生で初めて食べたけどかなり旨かった。辛さは間違えたわ、調子のって激辛なんて頼むんじゃなかった」悠一は舌の上で線香花火が弾けているかのような激痛と戦いながら、みどりの窓口へ向かった。

「すいません、札幌帯広間の往復を大人二人。あ、指定席空いてたら欲しいです。二人並んで座れるところありますか?」

「指定席は・・・並んでは空いていませんね。通路を挟んでならありますけど」受付の若い女性が、申し訳なさそうに言った。

「あー、そしたらとりあえず、往復券だけ二人分お願いします。綾ちゃんそれでいいよね?」悠一は念のため妻に確認をとった。

「うん、早めに電車待ってて座れるようにしよう」綾の返事のあと、小さくお辞儀をしながら受付の女性に合図した。

 カタカタとパソコンを叩いていた受付女性の手が、ふと止まった。

「今ですね、ちょうど窓側の指定席が空きましたよ。どうしますか?」受付女性が悠一の顔を見た。

「え、そうなんですか?ラッキー。そしたら二人分お願いします」悠一は笑みを浮かべながら、指定席料金を追加で支払った。綾にも微かに笑みがこぼれた。


「なんだかラッキーだな、こんなことあるんだな」悠一は、みどりの窓口を後にしながら綾に話しかけた。

「ね、スンドゥブで並んで時間潰した甲斐があったね」

「スンドゥブのお陰だな」悠一は激辛を耐えた甲斐があったなと、自分を心のなかで褒めた。


 無事に帯広に着いた悠一と綾は、帯広の街を散策し楽しんだ。予定通り、スイートポテトを食べ、夜には名物の豚丼を堪能した。泊まっていく予定だったが、意外と時間が余ったこともあり、日帰りで帰ることにした。

 途中、綾が札幌で服が見たいと言い出したので、悠一はしぶしぶ付き合うことにした。どっちが良いかと質問されても、悠一の眼には正直違いがわからないのである。それでも、なんとか返答している悠一をみて、綾は喜んでいるようだった。
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