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平成30年1月12日
悩み相談
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雪が深々と降っているなか悠一は会社へとむかった。30歳手前ともなると、昔みたいに駆け足で会社へは行けなくなっていた。それでも、右手に書類バッグと左手にお弁当を握りしめゆっくりと歩いていった。
社員証をかざし中に入ると、新入社員の大久保秀人が、共有でつかうコーヒーメーカーにインスタントの豆と水をセットしていた。
「おはよう、はやいね大久保くん」悠一は明るく声をかけた。
「おはようございます」秀人は悠一に向かって、足を揃えてお辞儀をした。
悠一は、いつも真面目に深々と頭を下げる秀人をみて、そこまで緊張しなくて良いのにと思いながらも、どこか心のなかでは今の緊張感を保ち続けて欲しいという気持ちもあり、余計な口出しはしていなかった。
机に座り、パソコンを起動させメールの確認を行っていると、同期の渡辺浩二が出社してきた。
「おはよー!」悠一の声より張りがあり、通る声で挨拶をした。悠一は普段しゃべるような声量で浩二にむかって「おはよう」と呟いた。
新入社員の秀人は、コーヒーメーカーのセットを終えてちょうど席についたところに、浩二が出社してきたからか、慌てて席を立ち、悠一の目にはデジャヴのように映る規律正しい挨拶を浩二にした。
「くそまじめだなー、もっとらくーにあいさつしろよな」浩二は秀人の肩に軽くぶつかりながら言った。秀人小さくお辞儀しながら、自分の席に着いた。
向かえに座っている浩二は、陽気で明るい性格をしている。悠一と同期であり、仲が良い。性格は水と油のようなところもあるが、互いに欠点をカバーしあっている。悠一も浩二も酒が好きで、頻繁に二人で飲みにいくのだが、浩二は酒癖が悪く、いつも悠一が介護する羽目になっている。その酒癖のせいもあるのか、未だに独身であり、本人いわく30歳までに結婚したいといっているが、もう残り一年を切ってしまっている。
全員が出社したところでちょうど9時のチャイムがなり、庶務担当の横山ひかりが朝礼を行った。本日の業務予定の確認、また、一人一人の免許証確認を実施し、席に戻った。
悠一がパソコンで資料作成をしていると、後ろから甲高い声で呼ばれた。
「やっぱり若いとタイピングがはやいねー、感心感心」そういって、その場を立ち去ったのは主任の立花康之だった。
悠一は、康之が苦手である。こちらがお願いしているわけでもないのに、余計に仕事に干渉してくる。今のように嫌みたらしく誉めることもあれば、真っ向から文句を垂れていくときもある。一度、悠一も康之に一言物申したくなったこともあったが、少数の事務所に敵を作りたくないと理性が働き、まだ康之に何も文句を言ったことがない。一方の康之が、悠一をどう感じているかは不明である。
今日は特に外出業務も無いことから、悠一は自身の仕事を早々に片付けて秀人の教育に当たっていた。自分に子供がいないからか、秀人を息子のように感じており、一切声を荒げることもなく優しく丁寧に教えていた。それにひきかえ、向かえに座っている浩二は皆に聞こえるような独り言をぶつぶつと唱えながら仕事をしている。そのなかには会社への文句も含まれている。社員の労働意欲が下がるから、是非ともやめてほしいと悠一は思っているが、これが浩二流の仕事のやり方であり、止めさせたら仕事ができなくなるだろう。浩二はそういう人間である。
仕事も終了時間に近づいてきた。金曜日だからだろうか、社員同士のたわいもない会話が広がっている。当然思い付いたかのように、浩二が顔をニコニコさせながら悠一に話しかけた。
「ゆうちゃんさ、今日飲みにいかん?ほら、最近飲んでないじゃん」
こっそりと喋るわけでもなく、普通の声量で話しかけられたものだから、悠一は周りの目を気にしながら返事をした。
「いいけど、どうせなら大久保くんも誘っていこうよ」
そう言って、悠一は秀人に飲み会に誘った。
「大久保くん、今日は予定空いてないかい?俺と渡辺で飲みに行くんだけど一緒にどう?」
すると、秀人は少し間を空けてから
「すいません、行きたいところなのですが、私用があって今日中に片付けたいんです。ごめんなさい」
「あ、そうなんだ。わかったよ、また今度ね」
悠一は、浩二に今日は二人で飲むことになったことを告げた。飲み会が決まったとなれば、忘れてならないのが妻への連絡である。早く連絡しないと、夕食を作りはじめてしまう。過去に連絡を忘れたまま飲みに行ってしまい、しかもそんな日に限って酔いつぶれてしまい、翌日に修羅場を経験した事がある。逆に良いトラウマになっており、その事件以降、連絡を忘れることは無くなった。
仕事終わりのチャイムがなると同時に、妻へ電話をした。
「もしもし、ごめん。今日ね浩二に飲み会に誘われて。うん、十時前には帰るよ」悠一は決まりきったテンプレートのような文面をあまり感情を込めず淡々としゃべった。妻も、今日は機嫌が良いのだろうか、楽しんできてねと電話越しに喋る余裕すらあった。
悠一は、浩二の車に乗込み浩二の自宅へむかった。車を置き、飲み屋街まで歩いていくためである。帰りは悠一のみバスかタクシーで帰ることになるのだが、流石独身の浩二、毎度のようにタクシー代を渡してくれる。同期に奢られるのは気分の良いものではないが、飲み会に付き合ってる分の給料だと悠一は心をすっぱり割りきっていた。
居酒屋に着いた途端、浩二は「生二つ!キンッキンに冷えたやつね!」と店員に言った。でてきたグラスを互いに手に取り、お疲れさまの一言とともに乾杯をした。
「今の若いのは乗りがわるいよなー。俺らの昔なら、先輩の飲み会なんて死んでも断らなかったのに」浩二がいつものように愚痴をいい始めた。
「まあ俺らの時代とは違うんだよ。みんな自分の時間を大切にしてるからね。逆に今の子の方が機械とかに強いじゃない?だから俺らみたいなアナログ人間はどんどん廃れていくのかもしれないよ」
「とはいっても、俺らまだ三十歳になってないんだけどな。生活は、ほんとおじさんだよな!ガハハハハ!」
いつものように、楽しい会話が広がっていた。
1時間は経っただろうか、緊張感のないだらけた会話が続くなか突然、浩二が少し真面目な顔をしながら悠一に話しかけた。
「ゆうちゃんよ、俺もさ、そろそろ寂しいんだよね。独身」
「え?」いきなり話が変わったせいで、悠一は驚いて一瞬間が空いてしまった。
「わかってんだよ?やっぱ俺、酒癖悪いしさ、髪の毛くるくるの天パだしさ、ギャンブル大好きだし。結婚に向かないのはわかってる。でもとりあえず、彼女くらい欲しいのよ。家に帰って誰もいない寂しさ、わかるかい?ゆうちゃん」いつにもなく、真剣な口調で話すものだから、悠一も体を前のめりにして聞き入った。
「好きな人とかいないのかい?まずそこからスタートだったりするの?」悠一は優しい口調で浩二に話しかけた。
「いや、好きな人はいるんだけどさ、、」少し照れくさそうに浩二は言った。
「え、だれだれ?やっぱ年下か?あ、お前の事だからどっかの飲み屋のお姉ちゃんか?」悠一は浩二をおちょくるように話した。
「いや、普通の会社員だよ。しかもお前もよく知ってる人」
「え、それまさか、ひかりちゃん?」悠一は唖然としてしまった。
横山ひかりは、悠一の会社のなかでの紅一点で、庶務全般の担当をしている。愛想もよくなかなかの美人で、この前の新入社員歓迎会の時に酔ってた悠一に対し、「あんまり飲みすぎたら、奥さんに怒られますよ?」と言いながら、そっと手を重ねたときには、結婚している身でありながら不覚にもドキドキとしてしまった。23歳という若さゆえ、まだどこか表情に少し子供っぽさが残っているところも男を惹き付けるのだろう。
しかし悠一は、ひかりの裏の顔を知っていた。ひかりは決して男たらしではない。ただ異常なほどに金銭感覚が人と違うのだろうか、いままで付き合った人は全て、その散財ぶりをみて、ひかりのもとを離れていったらしい。
というのも昔、ひかりが会社に入って間もないころに「会社をやめたい」なんて言い出して、その相談役に乗っていたのが悠一である。当時のひかりが付き合ってた彼氏は、ひかり曰く『本命』だったのにも関わらず、いつものようにひかりから去っていってしまったらしい。トラウマは非常に深く、もう恋愛したくないといっていた。そんな女性を好きになったのだから、相当な覚悟がいるぞと、悠一は浩二に忠告をしようと考えた。しかし、悠一を信頼してひかりは内緒で話してくれた過去の恋愛話であり、他は誰もこの事実を知らない。ここで話すことは、ひかりとの約束を破ったことになりかねないと思い、悠一は表現を変えて話した。
「社内恋愛は大変だぞ?しかもこんな少数な職場だし。他を探した方がいいと思うけどな」悠一は、浩二の顔色を伺いながら言った。
「うん、それがネックでね。デートくらい誘ってみようにも、一緒にいるところを主任にでも見られたらって想像すると怖くてね」
「お前らしくないな、勢いで誘っちゃいそうなのに」
「本気だから、そうもいかないんだよ」浩二が力強く言った。
何か思い付いたかのように、浩二は悠一に言った。
「そうだ、お前もデートにこいよ。そしたら変じゃないよな」
悠一は、飲みかけていたビールを一度テーブルに置いた。
「いや、変だろ。俺と浩二とひかりちゃんの三人でデートなんて。たまたまお前がトイレに行ってたりして俺とひかりちゃんが二人きりになってたところ、妻に見られたらどうするんよ。家庭崩壊だよ」
すると浩二は、悠一の言葉に被せるように話始めた。
「そうだ、綾ちゃんもつれてきなよ。そしたら変じゃないぞ?」
悠一は、勘弁してくれよと言わんばかりの顔をしながら、浩二に言った。
「一応、提案だけはしてみるけど期待するなよ。お前のお願いだから、協力はするけどさ」
浩二は満面の笑みを浮かべた。
「ゆうちゃん、サンキュー。さすがは俺の相棒だ」
「相棒になった覚えはないし、そもそも、まずデートに誘えよな。まずは、その結果をまってるよ」
いつにもなく悠一と浩二の飲み会は、内容の詰まった飲み会になった。
家に帰った悠一は、妻の綾に先ほどの案件を持ちかけた。
「浩二がさ、今好きな人がいてデートに誘おうとしてるんだけど、もし上手くいったときに二人っきりで居るところ上司に見られたくないらしくて、俺たち夫婦にも来て欲しいって言うんだよね」少し悠一は疲れた口調で話した。
「あら、とうとう浩二くんにも春がきたんだね。そのデートコースによっては行ってもいいかな。そう思わない?」
「それは一理あるな。あんまり遠くにも行きたくないしな」
「ていうか悠一、明日帯広いかない?」
突然すぎて、悠一はまるでテレビがつけられたときの猫のように丸い目をして、綾を見た。
「急すぎないか?しかも帯広か。下道で行ったら38号線を通って200キロ近いから、大体3時間はかかるよ?それに冬だから、プラス30分はかかると思うけど」
「電車で行こうよ、札幌で乗り換えてさ。札幌駅にね、美味しいスンドゥブの店が出来たから食べに行きたいんだよね」
「なら札幌でよくないか?それなら日帰りも可能だし」悠一は綾を説得しようと、内心は必死だった。
「帯広のスイートポテト食べたくて。どーしても我慢できないの。この前、美容室に置いてた雑誌に取りあげられててね、食べてみたくて。ねえお願い!ほら、浩二くんの件はどこでもオッケーって事にするから!」
デートコースによってはとか言ってたのはどこのどいつだよ。悠一は少し上を見上げたのちに、綾に切り出した。
「まあ、ここ最近は夫婦で旅行したりもしてないしな。飛行機に乗るわけでもないし、いこうか」
綾は満面の笑みを浮かべた。
「さすが悠一、結婚してよかった」
「それは今言うセリフではないと思うぞ」
社員証をかざし中に入ると、新入社員の大久保秀人が、共有でつかうコーヒーメーカーにインスタントの豆と水をセットしていた。
「おはよう、はやいね大久保くん」悠一は明るく声をかけた。
「おはようございます」秀人は悠一に向かって、足を揃えてお辞儀をした。
悠一は、いつも真面目に深々と頭を下げる秀人をみて、そこまで緊張しなくて良いのにと思いながらも、どこか心のなかでは今の緊張感を保ち続けて欲しいという気持ちもあり、余計な口出しはしていなかった。
机に座り、パソコンを起動させメールの確認を行っていると、同期の渡辺浩二が出社してきた。
「おはよー!」悠一の声より張りがあり、通る声で挨拶をした。悠一は普段しゃべるような声量で浩二にむかって「おはよう」と呟いた。
新入社員の秀人は、コーヒーメーカーのセットを終えてちょうど席についたところに、浩二が出社してきたからか、慌てて席を立ち、悠一の目にはデジャヴのように映る規律正しい挨拶を浩二にした。
「くそまじめだなー、もっとらくーにあいさつしろよな」浩二は秀人の肩に軽くぶつかりながら言った。秀人小さくお辞儀しながら、自分の席に着いた。
向かえに座っている浩二は、陽気で明るい性格をしている。悠一と同期であり、仲が良い。性格は水と油のようなところもあるが、互いに欠点をカバーしあっている。悠一も浩二も酒が好きで、頻繁に二人で飲みにいくのだが、浩二は酒癖が悪く、いつも悠一が介護する羽目になっている。その酒癖のせいもあるのか、未だに独身であり、本人いわく30歳までに結婚したいといっているが、もう残り一年を切ってしまっている。
全員が出社したところでちょうど9時のチャイムがなり、庶務担当の横山ひかりが朝礼を行った。本日の業務予定の確認、また、一人一人の免許証確認を実施し、席に戻った。
悠一がパソコンで資料作成をしていると、後ろから甲高い声で呼ばれた。
「やっぱり若いとタイピングがはやいねー、感心感心」そういって、その場を立ち去ったのは主任の立花康之だった。
悠一は、康之が苦手である。こちらがお願いしているわけでもないのに、余計に仕事に干渉してくる。今のように嫌みたらしく誉めることもあれば、真っ向から文句を垂れていくときもある。一度、悠一も康之に一言物申したくなったこともあったが、少数の事務所に敵を作りたくないと理性が働き、まだ康之に何も文句を言ったことがない。一方の康之が、悠一をどう感じているかは不明である。
今日は特に外出業務も無いことから、悠一は自身の仕事を早々に片付けて秀人の教育に当たっていた。自分に子供がいないからか、秀人を息子のように感じており、一切声を荒げることもなく優しく丁寧に教えていた。それにひきかえ、向かえに座っている浩二は皆に聞こえるような独り言をぶつぶつと唱えながら仕事をしている。そのなかには会社への文句も含まれている。社員の労働意欲が下がるから、是非ともやめてほしいと悠一は思っているが、これが浩二流の仕事のやり方であり、止めさせたら仕事ができなくなるだろう。浩二はそういう人間である。
仕事も終了時間に近づいてきた。金曜日だからだろうか、社員同士のたわいもない会話が広がっている。当然思い付いたかのように、浩二が顔をニコニコさせながら悠一に話しかけた。
「ゆうちゃんさ、今日飲みにいかん?ほら、最近飲んでないじゃん」
こっそりと喋るわけでもなく、普通の声量で話しかけられたものだから、悠一は周りの目を気にしながら返事をした。
「いいけど、どうせなら大久保くんも誘っていこうよ」
そう言って、悠一は秀人に飲み会に誘った。
「大久保くん、今日は予定空いてないかい?俺と渡辺で飲みに行くんだけど一緒にどう?」
すると、秀人は少し間を空けてから
「すいません、行きたいところなのですが、私用があって今日中に片付けたいんです。ごめんなさい」
「あ、そうなんだ。わかったよ、また今度ね」
悠一は、浩二に今日は二人で飲むことになったことを告げた。飲み会が決まったとなれば、忘れてならないのが妻への連絡である。早く連絡しないと、夕食を作りはじめてしまう。過去に連絡を忘れたまま飲みに行ってしまい、しかもそんな日に限って酔いつぶれてしまい、翌日に修羅場を経験した事がある。逆に良いトラウマになっており、その事件以降、連絡を忘れることは無くなった。
仕事終わりのチャイムがなると同時に、妻へ電話をした。
「もしもし、ごめん。今日ね浩二に飲み会に誘われて。うん、十時前には帰るよ」悠一は決まりきったテンプレートのような文面をあまり感情を込めず淡々としゃべった。妻も、今日は機嫌が良いのだろうか、楽しんできてねと電話越しに喋る余裕すらあった。
悠一は、浩二の車に乗込み浩二の自宅へむかった。車を置き、飲み屋街まで歩いていくためである。帰りは悠一のみバスかタクシーで帰ることになるのだが、流石独身の浩二、毎度のようにタクシー代を渡してくれる。同期に奢られるのは気分の良いものではないが、飲み会に付き合ってる分の給料だと悠一は心をすっぱり割りきっていた。
居酒屋に着いた途端、浩二は「生二つ!キンッキンに冷えたやつね!」と店員に言った。でてきたグラスを互いに手に取り、お疲れさまの一言とともに乾杯をした。
「今の若いのは乗りがわるいよなー。俺らの昔なら、先輩の飲み会なんて死んでも断らなかったのに」浩二がいつものように愚痴をいい始めた。
「まあ俺らの時代とは違うんだよ。みんな自分の時間を大切にしてるからね。逆に今の子の方が機械とかに強いじゃない?だから俺らみたいなアナログ人間はどんどん廃れていくのかもしれないよ」
「とはいっても、俺らまだ三十歳になってないんだけどな。生活は、ほんとおじさんだよな!ガハハハハ!」
いつものように、楽しい会話が広がっていた。
1時間は経っただろうか、緊張感のないだらけた会話が続くなか突然、浩二が少し真面目な顔をしながら悠一に話しかけた。
「ゆうちゃんよ、俺もさ、そろそろ寂しいんだよね。独身」
「え?」いきなり話が変わったせいで、悠一は驚いて一瞬間が空いてしまった。
「わかってんだよ?やっぱ俺、酒癖悪いしさ、髪の毛くるくるの天パだしさ、ギャンブル大好きだし。結婚に向かないのはわかってる。でもとりあえず、彼女くらい欲しいのよ。家に帰って誰もいない寂しさ、わかるかい?ゆうちゃん」いつにもなく、真剣な口調で話すものだから、悠一も体を前のめりにして聞き入った。
「好きな人とかいないのかい?まずそこからスタートだったりするの?」悠一は優しい口調で浩二に話しかけた。
「いや、好きな人はいるんだけどさ、、」少し照れくさそうに浩二は言った。
「え、だれだれ?やっぱ年下か?あ、お前の事だからどっかの飲み屋のお姉ちゃんか?」悠一は浩二をおちょくるように話した。
「いや、普通の会社員だよ。しかもお前もよく知ってる人」
「え、それまさか、ひかりちゃん?」悠一は唖然としてしまった。
横山ひかりは、悠一の会社のなかでの紅一点で、庶務全般の担当をしている。愛想もよくなかなかの美人で、この前の新入社員歓迎会の時に酔ってた悠一に対し、「あんまり飲みすぎたら、奥さんに怒られますよ?」と言いながら、そっと手を重ねたときには、結婚している身でありながら不覚にもドキドキとしてしまった。23歳という若さゆえ、まだどこか表情に少し子供っぽさが残っているところも男を惹き付けるのだろう。
しかし悠一は、ひかりの裏の顔を知っていた。ひかりは決して男たらしではない。ただ異常なほどに金銭感覚が人と違うのだろうか、いままで付き合った人は全て、その散財ぶりをみて、ひかりのもとを離れていったらしい。
というのも昔、ひかりが会社に入って間もないころに「会社をやめたい」なんて言い出して、その相談役に乗っていたのが悠一である。当時のひかりが付き合ってた彼氏は、ひかり曰く『本命』だったのにも関わらず、いつものようにひかりから去っていってしまったらしい。トラウマは非常に深く、もう恋愛したくないといっていた。そんな女性を好きになったのだから、相当な覚悟がいるぞと、悠一は浩二に忠告をしようと考えた。しかし、悠一を信頼してひかりは内緒で話してくれた過去の恋愛話であり、他は誰もこの事実を知らない。ここで話すことは、ひかりとの約束を破ったことになりかねないと思い、悠一は表現を変えて話した。
「社内恋愛は大変だぞ?しかもこんな少数な職場だし。他を探した方がいいと思うけどな」悠一は、浩二の顔色を伺いながら言った。
「うん、それがネックでね。デートくらい誘ってみようにも、一緒にいるところを主任にでも見られたらって想像すると怖くてね」
「お前らしくないな、勢いで誘っちゃいそうなのに」
「本気だから、そうもいかないんだよ」浩二が力強く言った。
何か思い付いたかのように、浩二は悠一に言った。
「そうだ、お前もデートにこいよ。そしたら変じゃないよな」
悠一は、飲みかけていたビールを一度テーブルに置いた。
「いや、変だろ。俺と浩二とひかりちゃんの三人でデートなんて。たまたまお前がトイレに行ってたりして俺とひかりちゃんが二人きりになってたところ、妻に見られたらどうするんよ。家庭崩壊だよ」
すると浩二は、悠一の言葉に被せるように話始めた。
「そうだ、綾ちゃんもつれてきなよ。そしたら変じゃないぞ?」
悠一は、勘弁してくれよと言わんばかりの顔をしながら、浩二に言った。
「一応、提案だけはしてみるけど期待するなよ。お前のお願いだから、協力はするけどさ」
浩二は満面の笑みを浮かべた。
「ゆうちゃん、サンキュー。さすがは俺の相棒だ」
「相棒になった覚えはないし、そもそも、まずデートに誘えよな。まずは、その結果をまってるよ」
いつにもなく悠一と浩二の飲み会は、内容の詰まった飲み会になった。
家に帰った悠一は、妻の綾に先ほどの案件を持ちかけた。
「浩二がさ、今好きな人がいてデートに誘おうとしてるんだけど、もし上手くいったときに二人っきりで居るところ上司に見られたくないらしくて、俺たち夫婦にも来て欲しいって言うんだよね」少し悠一は疲れた口調で話した。
「あら、とうとう浩二くんにも春がきたんだね。そのデートコースによっては行ってもいいかな。そう思わない?」
「それは一理あるな。あんまり遠くにも行きたくないしな」
「ていうか悠一、明日帯広いかない?」
突然すぎて、悠一はまるでテレビがつけられたときの猫のように丸い目をして、綾を見た。
「急すぎないか?しかも帯広か。下道で行ったら38号線を通って200キロ近いから、大体3時間はかかるよ?それに冬だから、プラス30分はかかると思うけど」
「電車で行こうよ、札幌で乗り換えてさ。札幌駅にね、美味しいスンドゥブの店が出来たから食べに行きたいんだよね」
「なら札幌でよくないか?それなら日帰りも可能だし」悠一は綾を説得しようと、内心は必死だった。
「帯広のスイートポテト食べたくて。どーしても我慢できないの。この前、美容室に置いてた雑誌に取りあげられててね、食べてみたくて。ねえお願い!ほら、浩二くんの件はどこでもオッケーって事にするから!」
デートコースによってはとか言ってたのはどこのどいつだよ。悠一は少し上を見上げたのちに、綾に切り出した。
「まあ、ここ最近は夫婦で旅行したりもしてないしな。飛行機に乗るわけでもないし、いこうか」
綾は満面の笑みを浮かべた。
「さすが悠一、結婚してよかった」
「それは今言うセリフではないと思うぞ」
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