猫の恩返し

優里

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その話はなかったことに

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いつも通りの世界が壊れ、ありふれた異世界に転移する。
俺の知らないだれかだったら、泣いて喜ぶような話だ。
ただ俺はそうは思わないってだけで。

事故にあったとか、病気で死にそうになったとかではない。
いつも通りの生活を送り、慣れてきたバイトを終え、いつもの帰り道を歩いていた。
変わったことといえば、いつもいた野良猫の姿を見なかったことぐらいか。





瞬き一つで世界が変わっていた。
知らない人に囲まれて、知らない言葉を話していた。

よく見たら、相手側の混乱した顔があった。
視界の端をちょこまかと動くものがあったと思ったら、俺と同じ黒髪の男の子がいた。

日本人か?
その子も俺のことを見てきょとんとしていた。

「なぜここに」

いやいや、俺が聞きたい。
てか、俺のことを知っているのか?

「あ、この姿で会うのは初めてですね。」

この姿?
どの姿だったらあったことあんだよ。
思わずそう返しそうになったが、我慢した。
まぁ、返したくても返せないが。

「初めまして、異界の優しい人。僕の名前は、ユーリです。」

異界?
これは、巷でいう異世界転移というやつか。

転生ものが好きな友人が聞いたら血の涙を流しそうだ。
でも、俺はそんなもの望んだことないが。
しかもこいつ、この世界の住人かよ。
なんたって、こんなこと。

「すみません、僕の帰還に巻き込まれてしまったみたいですね。」

流暢な日本語。
周りの奴らは、話せないのに。
しかも、帰還って誰だよ。

「あれ、僕のこと覚えてない感じですか?たくさんご飯をくれたじゃないですか!」

ごはん?
俺はそんなこと

「僕、異界では黒い生き物だったんです。小さな。」

小さな黒い生き物。

「敵対していた勢力に異世界に飛ばされちゃいまして、気づいたら黒い生き物になってあの世界にいたんです。ご飯もなくて、倒れそうなときに貴方が僕を見つけてくれた。持っていた美味しいものを与えてくれて、それから何度か頭をなでてくれた。」

それって、帰り道にいた野良猫のことか?
いや待て、話が混乱してきた。

「僕は貴方に助けてもらってここに帰ってこれた。すみません、帰る直前あなたに恩返しがしたいと思ってしまいました。多分巻き込まれたのは、僕のせいです。」

つまり、この少年のせいで俺が巻き込まれたと。










うん、何してくれとんじゃ。
言葉もわからず、知り合いもいない世界に巻き込まれ召喚されました。


「ごめんなさい、もとに帰れるかはわからないんです。もしかしたら、僕みたいに猫になってしまうかもしれません。貴方が帰れるように全力を尽くしますので、少しだけこの世界にいてもらってもいいですか。」

なんてことを。
少しも悪いと思っていないような顔で少年はそう告げた。

「この世界にいる間、僕に恩返しをさせてください。あの世界で助けてくれた。」

そういって少年は朗らかにほほ笑む。

「声が出ないのは、わかっています。僕以外の人の言葉がわからないことも。貴方にはたくさん不自由をかけてしまいます。でも、必ず帰して見せます。幸せになれるよう尽くします。」








そんな言葉を信じた俺がバカだった。
少年だと思っていたユーリは実は女の子で。
異世界からの婿だと周りは思っていたようで。
帰れるとなったのが、あれから3年たった時で。

情がわいてしまった俺が悪いのか。
それとも。



まぁ、元の世界に帰るっていうあの話。
なかったことにしていただけませんか?
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