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優しい香り

ふたりだけの刻

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 意識と記憶を取り戻した華 閻李ホゥア イェンリーは、きょとんとした。

 ──あれ? 何でスーがいるんだろう? 僕は確か……

 「……っ!?」

 嫌な記憶が蘇ってくる。

 チュアン 固嫌グゥーシィェンという男を、すっと全 思風チュアン スーファンだと思いこんでいた。自分から体を差し出し、温もりを求めてしまった。
 最終的には無理やりではあったけれど、それでも自分から体を許したという事実が消えることはない。
 
「あ……ぁあ……」

 ガタガタと震えた。ごめんなさいと、何度も謝る。涙をぽろぽろと溢し、汚れてしまったのだと悲観した。

 ──スーじゃない人と……僕の体は汚れた。スーに嫌われちゃう。

 少しだけ残っている体力を振り絞り、ぐっと起き上がろうとした。けれど彼の頼りになる腕に包容されているため、身動きがとれない。
 どれだけ離してと懇願こんがんしようとも、もがいても、解放されることはなかった。

「大丈夫だよ小猫シャオマオ

 ぽすんっと、彼の厚い胸板へと押しやられる。頭上から聞こえてくる彼の声は優しく、少年をいつくしむ声音だった。

「私は、君が汚れているなんて思ってない。たとえ汚れてしまっていたてしても、私が小猫シャオマオを愛していることには変わらないんだ」

 そっと、華 閻李ホゥア イェンリーの涙を嘗める。黒真珠のようにきれいな瞳が、甘く溶けるほどに緩まった。
 少年の額、頬、そして唇に、優しい口づけをする。

 華 閻李ホゥア イェンリーは涙で滲む瞳に彼の姿を映した。体を震わせ、両目をぱちくりとする。

「……ほ、んとうに? 本当に、僕を? 嫌いになったりしない?」

「うん。ならないよ。というか、もともと私は、小猫シャオマオのことが大好きだからね」
 
 互いの指と指を絡めた。
 そのとき、部屋の隅から強い咳払いが聞こえる。華 閻李ホゥア イェンリーはハッとし、そちらへと視線をやった。
 そこには爛 春犂ばく しゅんれいと、薄い布でぐるぐる巻きにされたチュアン 固嫌グゥーシィェンがいる。今回の騒動の大元ともいえる男、チュアン 固嫌グゥーシィェンは、気絶していた。

 華 閻李ホゥア イェンリーは人目もくれず、彼と熱い時間を交わしていたことに恥じらう。
 全 思風チュアン スーファンは嫌そうに舌打ちをしていた。

爛 春犂ばく しゅんれい、その男を連れて、冥界へ行ってくれ。そいつの処遇は父亲ちちうえがしてくれるだろうかな。それに冥界には、あんたらが忘れってた黄 沐阳コウ ムーヤンがいる。引き取ってくれないと、こちらとしても困るんだよ」

 愛し子とふたり。愛を育むためには人間たちは邪魔だと、威嚇した。特にチュアン 固嫌グゥーシィェンへの憎悪は凄まじく、瞳をあかに染めてまでほうむる勢いをもっている。

「……す、スー

 落ち着こうよと、少年は彼の視線を自分へと向けさせた。


 そんなふたりを見て、爛 春犂ばく しゅんれいは無言で頷く。男を肩に担ぎ、ほとほどにと忠告した。そして部屋を出ていってしまう。



 華 閻李ホゥア イェンリーはしばらくの間、呆然としていた。いろいろなことが一気に起こったため、何から手をつけるべきか。それに悩む。

 ──えっと、スーが一緒にいてくれるのは嬉しいけど……

 沈黙が続く時間の中で、やり場のない視線を泳がせた。

「……スー、あの……わっ!?」

 どうしようかと悩んでいたとき、彼に押し倒される。
 ぽすんという軽い音とともに、彼自身が上に乗った。

「──あそこにあった鈍器。多分、あれが小猫シャオマオの脳をおかしくさせていたんだと思う。正確には、視覚操作されていた。かな?」

「え? う、うん……えっと……」

 ──ど、どうしよう。心臓が早くなっちゃってる。スーの顔がこんなに近くに……

 見上げた先にある彼は、美しい青年そのものだった。そこに優しさを加えた微笑みを向けてくるものだから、少年の鼓動は高鳴ってしまう。

小猫シャオマオ、抱きたい。今すぐ、君を抱きたい。抱き潰してしまいたんだ」

「……っ!?」

 真剣な面持ちの彼はとても美しい。
 それを見ているだけでも、少年の顔が火照っていった。

「……私は、しっかりと君に伝えるべきだったんだ。言葉にしないとわからないことだったのに……私の、このわがままな考えが、君を苦しめてしまっていた」

「ぼ、僕もスーに、伝えたいことがあるんだ」

 ふたりはゆっくりと微笑みあう。

 互いに抱えたわだかまりを消し去るために。すべてを吐き出すために。そして、会えなかった数日間の寂しさを埋めるために。

 彼は、少年は、肌を重ねていった。
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