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最終章 華の想い、暗き闇に光差して
解決への一歩
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ふたりが何かを相談した翌日、花嫁のお披露目が執り行われた。けれどそこにいたのは、前日に見た美しい花嫁ではない。中肉中背で、お世辞にも美形とは言えない顔立ちの男だった。
その男は華 閻李とは似ても似つかぬ、黄 沐阳である。
妖怪たちは、なぜこんな男が花嫁になっているのか。それを問う。ざわつきはより強くなり、あらぬ噂が独り歩きを始めようとしていた──
「──静まれ!」
パチンっ。
扇子を閉じる音が響く。それを行ったのは全 温狼だった。
仕草そのものに気品があり、整った顔立ちをより一層上品に映す。息子とよく似た端麗な顔に、爽やかな笑みを浮かべた。
「知っていると思うが、昨日我が邸に賊が押し入った。その賊は人間たちで……」
ふうーと深呼吸をする。瞳に冷めた朱を乗せ、淡々と言葉を並べていった。
「あろうことか、実弟の固嫌が賊と手を組んでいた。あやつの狙いは、王の座に君臨すること。そして……」
花嫁の身代わりとなっている男に、前へでるように促す。
「息子の花嫁にして、鎖の花でもある華 閻李を娶ろうと企んでいる」
扇子で空を斬った。怒りの振りは勢いよく、入り口の扉を破壊する。
集まった妖怪たちは悲鳴をあげ、一斉に膝を折ってひれ伏した。
「私たちを裏切っただけでなく、花嫁に対する狼藉。誰が見過ごせよう!?」
全 思風が動の怒りを持つならば、全 温狼は静か。現王である全 思風とは違う静かな怒りが、妖怪たちを怯えさせていった。
「……昨日から続く、数々の無礼。実弟であっても、許しがたい! よって俺は王の権限を持って、全 固嫌に制裁を加えることにした」
怒りに任せるのではなく、常に冷静に伝えていく。その態度こそ、王というものに相応しいのではないだろうか。誰もが、口々に言った。
「あれ? でも現王は全 思風様だろ? 全 温狼様は王の座を退いたんじゃなかったか?」
「……あれ? そういえばそうだな。どういうことだ?」
妖怪たちは微かな違和感に疑問を持ちはじめた。王がふたりいるのかと、混乱すら生まれている。
瞬間、パンパンと、両手を叩く音が場を走った。全 温狼が手を叩いたからだ。
彼は穏やかに微笑んでは、腕を組む。
「そうだ。君たちが疑問に思うとおり、俺が王となっている。そうしなければならなかったからだ」
いちから説明しよう。朗らかな声で語っていった。
全 思風は、昨日まで冥界の王だった。けれど冥界の王という立場は、花嫁を助けるための足かせにしかならない。
ならばどうするべきか。そこで彼ら親子は、こう考えた。
「俺が王へと戻る。そうすることによって、息子はただの地位のない存在へと降る。そうなれば花嫁を取り戻しに人間界へ向かおうが、全面戦争は避けられるという仕組みだ」
ただそうなると、簡単に王という立場を受け渡しできてしまう。こんな疑問が生まれる。
「そう。本来なら、簡単には無理だ。だが……」
扇子を空中へと投げた。すると扇子は淡く光り、白い勾玉へと変化する。
それを見た妖怪たちは驚き、急いで跪いた。
「この勾玉は、代々王家の者……王となる者が体内にしまっておく物だ。入れるときは簡単だけど、取り出すとなると……体中を太い針で刺されたような感覚を伴う」
全 思風は昨晩、その苦痛に耐え抜いた。滅多に苦痛を表情に出さない男が、今回ばかりはその激痛に苦しみ踠いていた。
苦しみを味わってまで、花嫁である華 閻李を取り戻す覚悟で挑んだ。それほどまでにあの少年は、全 思風には必要な存在なのだと思い知らされる。
「誰もが簡単に王になれる。お前たちは、そう思っていたのかもしれない。しかし実際はそうではないんだ。痛覚はもちろん、心すら消してしまいたい。最悪、存在そのもをなくしてしまいたい。そう思えるほどの苦痛を味わい、耐え抜いた者だけが、冥界の王として君臨できるのだよ」
その覚悟もなく、ただ欲に溺れ、妖怪たちを危険なめに合わせた男……全 固嫌を、彼らは許しはしなかった。
この場にいる妖怪たちも同じなようで、全 温狼の話に賛同していく。
妖怪たちの気持ちを知り、全 温狼はほくそ笑んだ。
「さあさあ皆。息子夫婦が帰ってくるまでに、この男から話を聞いて、結婚式の準備をしようじゃないか」
唯一残された人間の黄 沐阳に視線を送る。半泣き状態でいる男の背中を叩いた。
真実の中にある、人間たちの思惑について語らせた。
その男は華 閻李とは似ても似つかぬ、黄 沐阳である。
妖怪たちは、なぜこんな男が花嫁になっているのか。それを問う。ざわつきはより強くなり、あらぬ噂が独り歩きを始めようとしていた──
「──静まれ!」
パチンっ。
扇子を閉じる音が響く。それを行ったのは全 温狼だった。
仕草そのものに気品があり、整った顔立ちをより一層上品に映す。息子とよく似た端麗な顔に、爽やかな笑みを浮かべた。
「知っていると思うが、昨日我が邸に賊が押し入った。その賊は人間たちで……」
ふうーと深呼吸をする。瞳に冷めた朱を乗せ、淡々と言葉を並べていった。
「あろうことか、実弟の固嫌が賊と手を組んでいた。あやつの狙いは、王の座に君臨すること。そして……」
花嫁の身代わりとなっている男に、前へでるように促す。
「息子の花嫁にして、鎖の花でもある華 閻李を娶ろうと企んでいる」
扇子で空を斬った。怒りの振りは勢いよく、入り口の扉を破壊する。
集まった妖怪たちは悲鳴をあげ、一斉に膝を折ってひれ伏した。
「私たちを裏切っただけでなく、花嫁に対する狼藉。誰が見過ごせよう!?」
全 思風が動の怒りを持つならば、全 温狼は静か。現王である全 思風とは違う静かな怒りが、妖怪たちを怯えさせていった。
「……昨日から続く、数々の無礼。実弟であっても、許しがたい! よって俺は王の権限を持って、全 固嫌に制裁を加えることにした」
怒りに任せるのではなく、常に冷静に伝えていく。その態度こそ、王というものに相応しいのではないだろうか。誰もが、口々に言った。
「あれ? でも現王は全 思風様だろ? 全 温狼様は王の座を退いたんじゃなかったか?」
「……あれ? そういえばそうだな。どういうことだ?」
妖怪たちは微かな違和感に疑問を持ちはじめた。王がふたりいるのかと、混乱すら生まれている。
瞬間、パンパンと、両手を叩く音が場を走った。全 温狼が手を叩いたからだ。
彼は穏やかに微笑んでは、腕を組む。
「そうだ。君たちが疑問に思うとおり、俺が王となっている。そうしなければならなかったからだ」
いちから説明しよう。朗らかな声で語っていった。
全 思風は、昨日まで冥界の王だった。けれど冥界の王という立場は、花嫁を助けるための足かせにしかならない。
ならばどうするべきか。そこで彼ら親子は、こう考えた。
「俺が王へと戻る。そうすることによって、息子はただの地位のない存在へと降る。そうなれば花嫁を取り戻しに人間界へ向かおうが、全面戦争は避けられるという仕組みだ」
ただそうなると、簡単に王という立場を受け渡しできてしまう。こんな疑問が生まれる。
「そう。本来なら、簡単には無理だ。だが……」
扇子を空中へと投げた。すると扇子は淡く光り、白い勾玉へと変化する。
それを見た妖怪たちは驚き、急いで跪いた。
「この勾玉は、代々王家の者……王となる者が体内にしまっておく物だ。入れるときは簡単だけど、取り出すとなると……体中を太い針で刺されたような感覚を伴う」
全 思風は昨晩、その苦痛に耐え抜いた。滅多に苦痛を表情に出さない男が、今回ばかりはその激痛に苦しみ踠いていた。
苦しみを味わってまで、花嫁である華 閻李を取り戻す覚悟で挑んだ。それほどまでにあの少年は、全 思風には必要な存在なのだと思い知らされる。
「誰もが簡単に王になれる。お前たちは、そう思っていたのかもしれない。しかし実際はそうではないんだ。痛覚はもちろん、心すら消してしまいたい。最悪、存在そのもをなくしてしまいたい。そう思えるほどの苦痛を味わい、耐え抜いた者だけが、冥界の王として君臨できるのだよ」
その覚悟もなく、ただ欲に溺れ、妖怪たちを危険なめに合わせた男……全 固嫌を、彼らは許しはしなかった。
この場にいる妖怪たちも同じなようで、全 温狼の話に賛同していく。
妖怪たちの気持ちを知り、全 温狼はほくそ笑んだ。
「さあさあ皆。息子夫婦が帰ってくるまでに、この男から話を聞いて、結婚式の準備をしようじゃないか」
唯一残された人間の黄 沐阳に視線を送る。半泣き状態でいる男の背中を叩いた。
真実の中にある、人間たちの思惑について語らせた。
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