上 下
36 / 53
最終章 華の想い、暗き闇に光差して

解決への一歩

しおりを挟む
 ふたりが何かを相談した翌日、花嫁のお披露目が執り行われた。けれどそこにいたのは、前日に見た美しい花嫁ではない。中肉中背で、お世辞にも美形とは言えない顔立ちの男だった。
 その男は華 閻李ホゥア イェンリーとは似ても似つかぬ、黄 沐阳コウ ムーヤンである。



 妖怪たちは、なぜこんな男が花嫁になっているのか。それを問う。ざわつきはより強くなり、あらぬ噂が独り歩きを始めようとしていた──

「──静まれ!」

 パチンっ。
 扇子を閉じる音が響く。それを行ったのは全 温狼チュアン ウェンランだった。
 仕草そのものに気品があり、整った顔立ちをより一層上品に映す。息子とよく似た端麗な顔に、爽やかな笑みを浮かべた。
 
「知っていると思うが、昨日我が邸に賊が押し入った。その賊は人間たちで……」

 ふうーと深呼吸をする。瞳に冷めたあかを乗せ、淡々と言葉を並べていった。

「あろうことか、実弟の固嫌グゥーシィェンが賊と手を組んでいた。あやつの狙いは、王の座に君臨すること。そして……」

 花嫁の身代わりとなっている男に、前へでるように促す。
 
「息子の花嫁にして、鎖の花でもある華 閻李ホゥア イェンリーめとろうと企んでいる」

 扇子で空を斬った。怒りの振りは勢いよく、入り口の扉を破壊する。
 集まった妖怪たちは悲鳴をあげ、一斉に膝を折ってひれ伏した。

「私たちを裏切っただけでなく、花嫁に対する狼藉ろうせき。誰が見過ごせよう!?」

 全 思風チュアン スーファンが動の怒りを持つならば、全 温狼チュアン ウェンランは静か。現王である全 思風チュアン スーファンとは違う静かな怒りが、妖怪たちを怯えさせていった。

「……昨日から続く、数々の無礼。実弟であっても、許しがたい! よって俺は王の権限を持って、チュアン 固嫌グゥーシィェンに制裁を加えることにした」

 怒りに任せるのではなく、常に冷静に伝えていく。その態度こそ、王というものに相応しいのではないだろうか。誰もが、口々に言った。


「あれ? でも現王は全 思風チュアン スーファン様だろ? 全 温狼チュアン ウェンラン様は王の座を退いたんじゃなかったか?」

「……あれ? そういえばそうだな。どういうことだ?」

 妖怪たちは微かな違和感に疑問を持ちはじめた。王がふたりいるのかと、混乱すら生まれている。

 瞬間、パンパンと、両手を叩く音が場を走った。全 温狼チュアン ウェンランが手を叩いたからだ。
 彼は穏やかに微笑んでは、腕を組む。

「そうだ。君たちが疑問に思うとおり、俺が王となっている。そうしなければならなかったからだ」

 いちから説明しよう。朗らかな声で語っていった。

 全 思風チュアン スーファンは、昨日まで冥界の王だった。けれど冥界の王という立場は、花嫁を助けるための足かせにしかならない。
 ならばどうするべきか。そこで彼ら親子は、こう考えた。

「俺が王へと戻る。そうすることによって、息子はただの地位のない存在へと降る。そうなれば花嫁を取り戻しに人間界へ向かおうが、全面戦争は避けられるという仕組みだ」

 ただそうなると、簡単に王という立場を受け渡しできてしまう。こんな疑問が生まれる。
 
「そう。本来なら、簡単には無理だ。だが……」

 扇子を空中へと投げた。すると扇子は淡く光り、白い勾玉へと変化する。
 それを見た妖怪たちは驚き、急いでひざまずいた。

「この勾玉は、代々王家の者……王となる者が体内にしまっておく物だ。入れるときは簡単だけど、取り出すとなると……体中を太い針で刺されたような感覚を伴う」

 全 思風チュアン スーファンは昨晩、その苦痛に耐え抜いた。滅多に苦痛を表情に出さない男が、今回ばかりはその激痛に苦しみもがいていた。
 苦しみを味わってまで、花嫁である華 閻李ホゥア イェンリーを取り戻す覚悟で挑んだ。それほどまでにあの少年は、全 思風チュアン スーファンには必要な存在なのだと思い知らされる。

「誰もが簡単に王になれる。お前たちは、そう思っていたのかもしれない。しかし実際はそうではないんだ。痛覚はもちろん、心すら消してしまいたい。最悪、存在そのもをなくしてしまいたい。そう思えるほどの苦痛を味わい、耐え抜いた者だけが、冥界の王として君臨できるのだよ」

 その覚悟もなく、ただ欲に溺れ、妖怪たちを危険なめに合わせた男……チュアン 固嫌グゥーシィェンを、彼らは許しはしなかった。
 この場にいる妖怪たちも同じなようで、全 温狼チュアン ウェンランの話に賛同していく。

 妖怪たちの気持ちを知り、全 温狼チュアン ウェンランはほくそ笑んだ。

「さあさあ皆。息子夫婦が帰ってくるまでに、この男から話を聞いて、結婚式の準備をしようじゃないか」

 唯一残された人間の黄 沐阳コウ ムーヤンに視線を送る。半泣き状態でいる男の背中を叩いた。
 真実の中にある、人間たちの思惑について語らせた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:141,127pt お気に入り:6,964

おいてけぼりのSubは一途なDomに愛される

BL / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:1,443

女神の箱庭

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:752pt お気に入り:36

王様ゲーム

BL / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:121

【完結】これはゲームオーバーから始まる、罰ゲームのお話

BL / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:57

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:356

アイテムボックスだけで異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:837

真夜中の恋人

BL / 完結 24h.ポイント:596pt お気に入り:12

処理中です...