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華と王

其の國、冥界にありて

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 ”冥界めいかいの王となり三百年。美女にすらなびかなかった男──全 思風チュアン スーファン──が恋人を作り、結婚をした──”

 それが本当なら、実にめでたい。
 いいや、もしも嘘だったら……

 民たちはくにをあげて祝った。同時に、ただの噂として、信用すらもしていない。
 男性は心から祝った。
 彼に恋焦がれる女性たちは、嘘であってほしいと願っていた──
 
 † † † †

 王が住むみや冥府めいふにある。
 冥府は冥界めいかいの中心にある町で、数多の妖怪たちが住まう場所と称されてた。誰もが誇る冥界随一の活気ある町は、王の支配を一番強く受けている。
 妖怪にとってはもっとも安全な町で、尊敬する王のお膝元にもっとも近い場所となっていた。

 ここはくにの中心区の冥府めいふ、別名【冥有思メイヨウスー】と呼ばれている。



『──号外ー! 号外だよおー! 何と、我らが冥王様が、お妃様を連れて帰ってきたんだ! 美女にすらなびかぬ、あの鉄壁で難攻不落な王が!』

 今日の冥府は、いつもより騒がしい。

 くにには太陽がない。
 おどろおどろしい闇だけが支配する世界には、光などない。地にはマグマが溢れ、空には暗黒だけが広がっていた。木々のような自然はあるものの、緑の葉はない。

 ただ、町へ行けば灯篭とうろうが無数にあるため、明るい。建物はあかい屋根や柱ばかりで、住む者たち一風変わった姿をしていた。

「陛下は、俺の娘を紹介しても無反応だったぞ」

「この前、美女と言われている妹を紹介したけど……」

「姉を嫁にと差し出したら……陛下に、つっかえされた」 

 前触れもなく表れた情報に、おのおのが驚く。知り合いの娘、姉妹、果てには老婆まで差しだしたと語っていた。
 
「美女を集めても、見向きもしなかったあのお方が……」

「これはこれは、めでたい」

 人とは呼べない外見をしたものたちが、ケタケタ笑う。なかには、腹いせに人間たちを襲う計画をたてる輩もいた。
 ただ、王は放任主義なよう。人間たちを苦しめようが、もめごとが起きようが、他人事のように話すだけ。
 それでも民たちからの信頼はあり、誰からも好かれる王であった。

 そんな町に住むのは妖怪で。娯楽を待つ心はあるようで……

「もう少ししたら、陛下とともに姿を見せてくれるそうだ」

「そうだ! いっそのこと、※闹洞房ナオドンファンするか!?」

 くにに住む妖怪たちの誰もが食いいった。


 



 町はその話で終始浮き足たっている。
 そんな様子を、みやの最上階で男が眺めていた。灯籠の明かりがひとつ。それしかない部屋で微笑み、長い黒髪をたなびかせる。

「──【王に寵愛ちょうあいされし妃、銀の髪を持つ美しき女性。はかなげな美貌を持つ、天女の神秘的さを漂わせている】、か。……しかし、どこから嗅ぎつけたのやら」

 竹筒に書かれた内容を読みあげ、ほくそ笑んだ。ゆらゆらと揺れる椅子をとめ、天井を見上げる。

「しょうがない、かな。こんな娯楽も何もない場所では、こういった話はすぐに広まるからね」 

 くつくつと。微笑しながら竹筒をほっぽり投げた。 

 男の名は全 思風チュアン スーファン。光のない、暗闇だけのくにをまとめる王だ。

 彼は椅子から起き上がり、部屋の隅にある茶器に触れた。カチャカチャと、音を鳴らしながら準備を始める。
 茶壺ちゃふうふたつ・・・茶杯ちゃはい茶海ちゃかいなど。茶を飲むために必要な道具を一式、茶盤ちゃんばんの上に乗せていく。
 
「ふふ。君が美しいって事、他の連中にも知ってもらえたようで何よりだ」

 茶器を持ち、部屋の奥にある※ショウへと腰かけた。ショウの頭部分に茶盤を置き、ふっと片口を上げる。
 両目を細め、視線をショウをへと落とした。
 目にとまるのは細くてきれいな髪で、蜘蛛の糸のよう。色素がなく、白に見えた。
 髪を一房指に絡めれば絹糸のように、するするとほどけていく。それでも彼はもう一度手にした。部屋を照らす灯篭とうろうの光が髪を雄黄ゆうおう色に染めていく。光から遠ざければ、輝く銀色になった。

「…………」

 ショウの上にいる者は髪を遊ばれているのに、何の反応もない。すやすやと、気持ちよさげな寝息だけが聞こえたため、彼は苦笑いになる。

小猫シャオマオ、そろそろ起きて」

 銀の髪から手を離し、軽く揺すった。あくまでも優しく。甘い口調で、眠る者の耳元で囁いた。

「…………」

「……ねえってば」

「…………」

小猫シャオマオ、私を構ってよ……はあ」

 彼は諦め、天井を仰ぎ見る。
 ショウの屋根から薄い布が垂れていた。
 ショウの上には、ひとつのぬいぐるみが置いてある。触れようと手を伸ばした──直後、銀髪がもぞもぞと動く。ショウの中心にはこんもりと、一枚の布が丸まっていた。そこから白い手が伸び、ぬいぐるみを中へと引きずっていってしまう。
 秒もたたないうちにすやすやと、気持ちよさ気な寝息が聞こえてきた。

 彼は一瞬だけ目を丸くし、肩でため息をつく。

 ──まだ、眠いんだろうね。しょうがないか。昨晩は私の欲が収まるまで抱き潰して、無理させちゃったし。

 お休みと、布の上から軽く口づけをした。腰を上げて椅子にかけてある黒い漢服かんふくを着ていく。 
 足元には、一回り以上小さな漢服かんふくが散乱していた。服を拾いながらきれいに畳み「お仕事行ってくるね」と、穏やかな声をショウに送る。
 動く気配のないかたまりに愛しさをこめた眼差しを向け、部屋を出ていった。


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※牀《ショウ》 寝具
※闹洞房《ナオドンファン》 新婚ふたりの新居で大騒ぎすること
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