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第二章 溺愛が加速する

湯殿でのひととき

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 怒ったかと思ったら、突然捨てられた犬のように哀しむ。そんな百面相をする留 王龍ル ワンロンに、冋 花月ケイ ホワユエはどうすればいいのか悩んでしまった。 

 留 王龍ル ワンロンは泣きそうな表情をしながら、少しずつ冋 花月ケイ ホワユエへと近づく。そして隣にぴったりと座り、視線を合わせてきた。

「……えっと、な、何?」

「だから、言ったであろう?」

 声は少しだけ怒っている。けれど瞳があまりにも捨てられた犬っぽくなっているので、説得力皆無だった。
 口づけができてしまいそうなほどに顔を近づけられ、必死に距離を取る。だけどそうすればするほど、彼は冋 花月ケイ ホワユエと距離を縮めてきた。
 そんなどうでもいい、謎な時間を少しだけ過ごす。

「ちょっ……本当に、何なのさ!?」

 先に痺れを切らしたのは冋 花月ケイ ホワユエだった。彼の謎すぎる行動に敗けを認め、理由を聞く。


 留 王龍ル ワンロンは真顔で冋 花月ケイ ホワユエを直視し、盛大なため息をついた。冋 花月ケイ ホワユエの肩を軽く掴んで、捨てられた犬のような瞳になってしまう。しょんぼりとしながらしくしく泣いて「自覚を持ってくれ」と、念を押してきた。

 自覚とは何のことだろうかと、冋 花月ケイ ホワユエ小首を傾げるしかない。

小兎シャオトゥ、君は私の婚約者だ。それは、わかるな?」

「え? ああ、うん。そうだね」

「そして、私のお嫁さん……つまりは、皇帝の正妻だ」

「……あ、改めて言われると、何か照れちゃうな」

 えへへと、はにかんだ。

「んんっ! 小兎シャオトゥは天使! ……じゃなくて!」

 喜怒哀楽が以外なほどに激しい。言動には一貫性がなく、ただ冋 花月ケイ ホワユエを混乱させていった。

 ──この人、一人で漫才をやる趣味でもあるんだろうか。

小兎シャオトゥ!」

 彼は強く咳払いし、再び表情を強ばらせた。

「君のかわいさは、世界一だ。それはこの國……いいや。すべての國のもの達が知っていることだ」

「大袈裟じゃない? 僕の存在を知らない人だって、普通にいるし」

 結局のところ何が言いたいのか。それがわからないままだった。
 
 留 王龍ル ワンロンは湯船に浸かりながら、筋肉に水を滴らせる。冋 花月ケイ ホワユエより年下だけれど、傷だらけの肌だからか。水を弾くことはなかった。それでも整った顔のせいか……女性には、さぞやモテるのではないだろうか。

 チクッ。

 彼が自分以外の女性と一夜をともにして、結婚して愉しく暮らす。そんな光景を思い浮かべただけで、胸の奥がすごく痛くなっていった。
 どうして痛むのだろうか……冋 花月ケイ ホワユエは自身の胸に手を当てながら、不思議なズキズキ感に疑問を抱く。

「……小兎シャオトゥ?」

「あ、ううん。何でもないよ」

 彼の素の声にハッとした。ぶんぶんと、首を強く左右にふる。不安そうに見つめてくる留 王龍ル ワンロンへ、冋 花月ケイ ホワユエは微笑みで返した。

「そ、それよりも! 留然ルランも湯浴み、したかったんだね?」

「ん? ああ、まあ……あー、いや……」

 どうにも煮え切らない。
 留 王龍ル ワンロンは頭をポリポリ搔いて、湯殿の天井を見上げた。冋 花月ケイ ホワユエの手を握り、何度もため息をつく。ときどき「あー」や「うー」など、言葉になっていない何かを発した。 
 すると年配の兵士が強い咳払いをする。その咳払いに何を思ったのか、彼は冋 花月ケイ ホワユエの手を離した。

「……き、君が、私以外の者に肌を見せることが、嫌なのだ!」

「え?」

 ──突然、そんなこと言われても困ってしまう。僕の肌?そんなもの減るものじゃないし、別に見せたって構わないんじゃないだろうか。

 彼はいつになく神妙な面持ちだ。だけど赤面しているようで、耳の先までタコのようになっている。

「へ、兵士たちと仲良く会話をしている姿も、私は見たくない。君は私だけのものだ。このような気持ち、小兎シャオトゥ以外には持ったことがないのだ!」

「んー?」

 ──つまりは、あれか。この人は、兵士たちとお話したかったってことだね。了解した。

 何とも明後日な結論を企てる。ザバーっと音をたてて、冋 花月ケイ ホワユエは湯船から上がる。

「え!? し、小兎シャオトゥ!?」

 背中越しに聞こえる彼の声が妙に慌てていた。だけどそれはきっと早く出ていってくれないかって催促なんだと、冋 花月ケイ ホワユエは結論づける。

「大丈夫! 僕はあなたが、そこの年配の兵士さんと話したいという気持ちを尊重するよ」

「…………えっ!?」

 グッと拳を握る。彼に精一杯の笑顔を送った。

「僕はお邪魔だよね? うん! 部屋でゆっくりしているよ」

「……は、い?」

 脱衣場と湯殿を繋ぐ扉まで行って、彼へ振り向く。

「兵士さんたちとお話しすることは、すっごく大事だもんね。じゃあね」

「えー……」

 扉を閉めた直後、湯殿から彼の「何を、どう間違ったらそうなるのだー!?」と、叫ぶ声が聞こえてきた。同時に、年配兵士がゲラゲラと笑う声も混じる。

 ──ふふ。僕はいいことをした。だって、彼が部下たちと話したがっていたからね。お邪魔虫は退散しなきゃ。
 
 冋 花月ケイ ホワユエは湯冷めしないうちに部屋へと戻り、のんびりと烏龍茶を飲む計画をたてたのだった。
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