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謎めくものたち

留 王龍《ル ワンロン》対ヒトカラス

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 ジパングの王、ヒトカラスが留斗ルトに滞在して早二週間がたった。その間冋 花月ケイ ホワユエは、ことあるごとにヒトカラスから求婚をされてしまう。その結果、かなり参ってしまっていた。
 ヒトカラスはときと場合など考えていない。暇さえあれば求婚をし、その都度留 王龍ル ワンロンと決闘をしていた。

 あるときは町で偶然会い、公衆の面前で薔薇の花束を贈る。花に罪はなかったので貰うと、その日の夜は留 王龍ル ワンロンの機嫌がすこぶる悪くなった。
 他にも、留 王龍ル ワンロンが隣にいても平気で口説く。当然、留 王龍ル ワンロンは怒り狂った。
 そのたびに夜、留 王龍ル ワンロンの部屋へ行くと、必要以上にベタベタされる。子供っぽく頬を膨らませ、甘えていた。
 

「……疲れた」

 そんな生活が二週間続き、冋 花月ケイ ホワユエは心身ともに辟易していた。自室のショウに寝そべり、大の字になる。うつ伏せなまま両足をバタバタさせ、ピーンと伸ばしてみた。
 そんな意味不明な行動をとっていると、扉をたたく音がする。

「あ、はーい。どうぞ」

「失礼いたします。お妃様、陛下がお呼びです。大至急、部屋に来るようにとのことです」

 冋 花月ケイ ホワユエつきの侍女、 瑶容イャォロンが拱手しながら伝えてきた。顔を上げた彼女の表情は、何とも言えないような表情をしている。
 
 冋 花月ケイ ホワユエは起き上がり、気落ちしながら留 王龍ル ワンロンの部屋へと向かった。

 □ □ □ ■ ■ ■

「──陛下、婚約者の冋 花月ケイ ホワユエが参りました」

 冋 花月ケイ ホワユエが扉の前で拱手すれば、部屋の中から「入れ」という声が聞こえる。ただ、迫力というのか……どこか落ちこんでいるようで、覇気がない。
 それでも扉を開き、中へと入っていく。その瞬間──

「わっ!」

小兎シャオトゥ、会いたかった!」

 留 王龍ル ワンロンが抱きついてきた。彼は大きな犬のように冋 花月ケイ ホワユエにじゃれつく。
 
「ちょっ……」

「ああ、やはり小兎シャオトゥのそばは落ち着くな。いい匂いだし、この小ささが、またたまらん!」

「……殴っていい?」

 ──どうせ僕は、留 王龍ル ワンロンに比べたら小さいですよ。

 頬を膨らませながら、彼の脇腹を軽くたたいてみた。当然留 王龍ル ワンロンはピクトもしない。
 冋 花月ケイ ホワユエを抱きしめて満足したようで、彼は離れた。

「あはは。すまない、すまない。ヒトカラス殿の、無茶な発言に心が荒んでいてな」

「無茶な発言? え? えっと……あっ!」

「……?」

留斗ルトと交流をする代わりに、王権を譲れって言われたとか!? それとも生死をかけた決闘をして、負けた方が死罪とか!?」

「…………」

 他にも思いついた案を並べてみる。
 すると彼の表情は、徐々に雲っていった。やがてショウに腰かけ、青ざめてしまう。
 冷や汗を流しながら冋 花月ケイ ホワユエの方を見た。

「……小兎シャオトゥ、一応聞くが、どんな処刑の仕方を想像したのかね?」

「え? うーんと……全身に鉄の針を刺して、血を抜くとか? それとも民衆の前で全裸にされて、逆さ吊り……とか?」

「怖い! 怖いから!」

 留 王龍ル ワンロンは、青ざめながら冋 花月ケイ ホワユエの口を塞ぐ。震えながら「この子、怖い」と呟いていた。
 
 ──うーん。そんなに怖いこと言ったかな? 僕は、龍吮リュウセンで実際に起きた処刑方法をお話しただけなのに。

 口を尖らせて抗議した。ついでに、龍吮リュウセンで過去に行われていた方法だということも伝えた。

「……な、なるほど。つまりは、龍吮リュウセンではそのような処刑の仕方が存在しているのだな?」

「うん。今はどうかは知らないけれど……少なくとも、そういった方法が昔あったって話は聞いたことがあるよ」

 冋 花月ケイ ホワユエがいたあの國は、お世辞にも易しいとは言えなかった。龍吮リュウセンに住みながら動物の遺伝子を嫌う人たちも多く、なかには生まれを自ら呪う者もいる。
 化物など、そういった心ない言葉を浴びせられているわけではなかった。ただたんに、人でありながら獣の遺伝子を持つ。それが許せないという、一種の反乱分子のようなものだった。
 
龍吮リュウセン國に限らず、人間は皆先祖が猿だっていうのにね。それ以外の動物の遺伝子を神化する人もいれば、極端に嫌う人もいるんだ。少なくとも僕が産まれた國は皆が皆、動物の遺伝子を喜んでいるわけじゃない」

「……小兎シャオトゥは、どうなんだい?」

「僕? うーん……正直な話、何も感じはしなかった……かな? だっていいも悪いもないし、そういったことに興味すら持てないんだ。自分のことから逃げているって思われるかもだけど、それでも僕は何の感情も涌かない」

 明日食べるものも、過ごす家すらなかった。生きることに精一杯だった冋 花月ケイ ホワユエは、遺伝子どうのという争いに無頓着になるしかなかった。参加する余裕も、余計な体力を使う気力すらない。
 この留斗ルトにも貧困の差はあろう。けれど龍吮リュウセンのように、人を人と思わない。家畜以下の存在を受けることはないのだろう。

「昔から冷めているって言われてきたけど、自分の遺伝子に何の興味もないんだ。ご飯も、着る服すらなかった僕からすれば、本当にどうでもいいことだったからね」

 あまりいい扱いを受けてこなかったから、そう考えてしまっているのかも。
 隣で心配そうにしている彼に、迷いなく答えた。

「……そうか。小兎シャオトゥは見かけによらず、なかなかに逞しいな」

「そう?」

 冋 花月ケイ ホワユエたちは笑いあう。そんな平和な時間が流れていたとき、扉をたたく音でのんびりとした空間は破かれた。

 留 王龍ル ワンロンは腰を上げて姿勢を正す。そして低い声で「入れ」と言った。
 扉を空けたのはしがない兵で、彼を前にして拱手をする。
 
「おくつろぎ中、失礼いたします。陛下、ジパングの王、ヒトカラス殿が……」

「あの男がどうした?」

 ヒトカラスという名を聞いたとたん、留 王龍ル ワンロンの纏う空気が変わった。何者もよせつけないような、絶対零度の空気になる。

 兵士は「ひっ!」と、体を震わせた。

 彼は冋 花月ケイ ホワユエの肩を抱きよせ、嫌そうにため息をつく。
 おそらく公務ではない限り、留 王龍ル ワンロンはヒトカラスとの交流は避けていたのだろう。そう思えるくらいに、彼の表情は悲壮感いっぱいになっていた。
 
「そ、それが……お妃様とお話がしたい、と」

「…………何?」
 
「ひっ!」

 再び冷めた視線で、兵を凝視してしまう。凍りつくような、底から震えてしまう……そんな感情のない、残忍な視線だ。

 ──罪のない兵には申し訳ないと思う。お詫びというわけじゃないけど、彼の心を鎮めるように努めよう。

 そっと彼の手を握り、笑顔を向ける。

小兎シャオトゥ……」

 彼は冋 花月ケイ ホワユエの腕をグイッと引っぱった。引力に逆らえない冋 花月ケイ ホワユエの体は、簡単に留 王龍ル ワンロンの胸板へと埋まる。

「大丈夫だ。小兎シャオトゥを、あのような輩に渡したりはせぬ。貴殿はちんの婚約者……いや。想い人だからな」

 ──あれ? いつの間に婚約者から想い人に転職したの? 

 それを聞いてみたい気持ちを抑え、彼の話に耳を傾けた。

「あいわかった。私も一緒に行くことを条件に、会うことを許そう。それが飲めぬのであれば、愛しの小動物うさぎには会わせぬ! そう、伝えよ」

「はっ!」
 
 兵は急いで部屋から出ていく。それを見つめながら、めんどくさいことにならなければいいのになとため息をついた。 
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