上 下
21 / 39
謎めくものたち

古代から生きる者

しおりを挟む
 ──ジパングのことを知れた。そのことに、少しだけ誇らしくなってしまう。

 ただ、それとは別に、冋 花月ケイ ホワユエはどうしても彼に聞きたいことがあった。烏龍茶を楽しむ留 王龍ル ワンロンに詰めより、彼の顔をジッと見つめる。

「うっ! か、かわ……じゃなくて! 小兎シャオトゥ、何だ?」

「ふふ」

 たじろぐ姿が少しかわいいと思えた。普段の堂々としている姿からは想像もつかないような慌てぶりに、冋 花月ケイ ホワユエは頭を撫でてあげたい気持ちに駈られる。
 その想いを胸にしまい、あることを尋ねた。

「あのね? ここに、猫ちゃんいるよね?」

「……っ!? 会ったのか!?」

 彼は目を丸くして驚いてしまう。かと思えば物思いに耽って、黙りこくってしまった。静かに立ち上がり、ふらふらとどこかへと行ってしまう。

「え!? ちょ、ちょっと……っ!?」

 ──もしかして、聞いちゃいけないことだったのかな? 

 彼の大きなはずの背中が、豆粒のように小さくなって消えた。それを見つめるしかできずに、冋 花月ケイ ホワユエは戸惑ってしまう。

「他國のことに立ち入ったから、怒ってるのかな?」

 茶菓子を運んできた 瑶容イャォロンが不思議そうに冋 花月ケイ ホワユエを見ては、どうしたのかと尋ねてくる。冋 花月ケイ ホワユエは今あったことを話した。

「……婚約者って言っても、所詮僕は他國の人だもんね。この國の機密事項に関わることを、聞いちゃいけなかったのかもしれない」

 しょんぼりとしてしまう。

 ──どうしよう……他國人の僕が口を出したせいで、留 王龍ル ワンロンが怒ってしまった。もう、僕に優しく笑いかけてくれるなくなる。そう思うだけで、涙が出てくる。泣いちゃいけないってわかっているのに。せっかく、居場所を見つけたのに。僕を必要としてくれる人を、愛してくれるかもしれない人を。
 僕は自らの手で、棒に振ってしまったんだ。

 今すぐ帰ってきてほしい。そう、願ってた。
 慰めようとする 瑶容イャォロンの声すらも届かないほど、冋 花月ケイ ホワユエは絶望に落ちていく。

「……どうしよう」

 椅子の上で膝を抱える。背中を丸めて、ぐすっと鼻をすすった。

小兎シャオトゥ!? どうした!? なぜ、泣いている!?」

「……ふえ?」

 留 王龍ル ワンロンの慌てた声に気づき、顔を上げる。

 するとそこにはいつもの落ち着きが消え、慌てた様子の彼がいた。泣いている冋 花月ケイ ホワユエの頬に手を伸ばし、困惑しながら「大丈夫か!?」と、心配する。 瑶容イャォロンに理由を聞いてみても、わからないと言われるばかり。泣いて涙いっぱいになった冋 花月ケイ ホワユエの頬を拭き、易しく抱きしめてくれた。

小兎シャオトゥ、いったいどうしたというのだ!? どこか痛いのか!? 誰かに、何かを言われたのか!?」

 冷静さなど微塵もない。それでも冋 花月ケイ ホワユエだけが大切だからと、寄り添うように微笑んだ。

 冋 花月ケイ ホワユエは涙を引っこめ、彼をジッと見つめた。

「少し離れていただけでこれか。ふっ。これでは、ずっと手を握っていなければならぬな?」

「うっ! ご、ごめんなさい」

「……小兎シャオトゥ、本当にどうしたのだね?」

 心配する留 王龍ル ワンロンの腕に触れ、見上げた。瞳を潤ませ、庇護欲そそるほどの小動物感を無意識に醸し出す。

 留 王龍ル ワンロンはゴクッと唾を飲み、自身の太ももをつねって理性を保っていた。

留然ルラン、お、怒ってたんじゃないの?」

「…………?」
 
 冋 花月ケイ ホワユエがボソボソと呟くように言えば、彼は不思議そうに小首を傾げた。椅子に座る冋 花月ケイ ホワユエを持ち上げ、留 王龍ル ワンロンがそこに座る。そして冋 花月ケイ ホワユエを自らの膝上に乗せて、ギュッと抱きしめた。 
 だけど彼の表情は困惑そのもの。眉は、力なく曲げられている。

「……えっとだな? 小兎シャオトゥ、何をどうしたら、そのような答えに辿り着くのだ?」

「だって……話してる最中にどこか行っちゃったし。他國のことに口出ししたから、怒ってるのかなって……」

「は!? そんなわけ、なかろう!」
 
「……本当に?」

 気弱になった冋 花月ケイ ホワユエを、彼はそっと背中から包容した。何度も違うよと言われ、頭を撫でられる。
 冋 花月ケイ ホワユエが顔を上げれば、留 王龍ル ワンロンが苦笑いしていた。

「私は冷酷と噂されている。間違ってはいないが……それでも、婚約者の君に怒ることはしない。むしろ、幸せにしたいとすら思っている」

 まるで、告白されているような気分だ。留 王龍ル ワンロンの伸びた背筋と、整った顔がとても逞しく見える。
 
 ふと、そのとき、猫の鳴き声がした。この鳴き声はおそらく、ここの番人と言われているあの猫なのだろう。
 その瞬間、留 王龍ル ワンロンの両足の間を潜って、例の猫ちゃんが姿を表した。先ほど見たときと違い、首にあかい鈴をつけている。

 猫はゆっくりと冋 花月ケイ ホワユエの方へと向かってきた。冋 花月ケイ ホワユエが立ち上がると同時に、猫は飛びついてくる。

「わっ! ……ふふ。かわいい」
  
 尻尾や頭、身体をひたすらモフッた。ふわふわとした毛並みがとっても気持ちいい。

 猫は僕の頬を嘗めてきた。

「ふうー。元気になってくれたようだな?」
 
「え? ああ、うん……えっと……」

 留 王龍ル ワンロンはこの猫のことを知っている様子だ。

 ──もしかして、さっきどこかへ行ってしまっていたのは、この仔猫を僕に会わせるために探していたのだろうか? 

 それとなく、そうなのかと尋ねる。案の定、彼は頷いた。

小兎シャオトゥが、この猫のことを知りたがっていたのでな。こいつ自ら姿を見せたのなら、隠す必要はないと思ったのだ」

 抱えている猫の首根っこを掴み、床へと降ろしてしまう。

 怒った猫が彼の足を、尻尾でバシバシたたいていた。

「この猫は、確かにここの番人と言われている。ただ、それはいつからそう言われているのか……いつから、ここにいるのか。それを知る者は誰もいない」

「んー? その言い方だと留然ルランも、この猫ちゃんがいつからここにいるのか……それを知らないってことにならない?」

 どうやら間違いではなかったようで、彼は真剣な面持ちで頷く。

 
 この仔猫は留斗ルトが誕生する前よりもずっと昔、誰も知ることのない遥か遠い過去から生きているとされた。普通に考えて、猫はそこまて寿命が長いわけではない。それなのに原理そのものを超過し、すでに妖怪のようだと噂されていた。
 名前はない。ただ、留斗ルトの皇帝が代替わりするたびに、その人の前に現れていた。今回も留 王龍ル ワンロンが皇帝の座についた瞬間、この猫が夢枕に現れたそう。

「長寿すぎることから、本当は猫ではないのだろうな。だが、動物が好きな私にとっては、自由に撫でられるこの猫がいてくれたことは嬉しい」

 そう言いながらも、手は冋 花月ケイ ホワユエの両頬をムニムニしていた。

 ──猫ちゃんじゃなくて僕を触るのかよ。

  あきれてしまった。

「んー、もう! 僕は動物じゃないよ!? それよりもこの仔猫、喋ってなかった?」

 そう。資料館に来た直後、この猫に声かけられた。それを問う。

 留 王龍ル ワンロンは驚いたように両目を大きく見開いた。猫を見てから冋 花月ケイ ホワユエへ視線を移す。そしてなぜか、盛大なため息をついた。
 首を左右にふり、声なんか聞こえなかったと答える。勘違いではないかと主張されてしまった。

「……そ、そう、なのかな?」
  
 腰を曲げて猫を撫でる。そのとき……

『我の声は、この男に届きはしない』

「……っ!?」

 ──やっぱり聞こえる。気のせいじゃなかったんだ。だけど留 王龍ル ワンロンには聞こえないって、どういうことだろう?

 心配になり猫に聞いてみた。

 猫は顎をガシガシと掻き、大きなあくびをする。

『我の声が聞こえるのは、君が、この男を幸福へともたらす存在だから』

「え? ぼ、僕が留然ルランを? ……あっ!」

 聞き返そうとした矢先、猫は素早く走ってどこかへと行ってしまった。その背中を、姿が見えなくなるまで目で追いかける。
 わかったようで、新たな疑問ばかりが増えていく。そんな資料館の出来事は、冋 花月ケイ ホワユエにとって新しい冒険ともいえた。
 
 留 王龍ル ワンロン冋 花月ケイ ホワユエの手を握り、部屋へ戻ろうと促す。冋 花月ケイ ホワユエは頷き、謎が残る資料館を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

純潔の寵姫と傀儡の騎士

四葉 翠花
恋愛
侯爵家の養女であるステファニアは、国王の寵愛を一身に受ける第一寵姫でありながら、未だ男を知らない乙女のままだった。 世継ぎの王子を授かれば正妃になれると、他の寵姫たちや養家の思惑が絡み合う中、不能の国王にかわってステファニアの寝台に送り込まれたのは、かつて想いを寄せた初恋の相手だった。

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

処理中です...