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第二章 溺愛が加速する
冷酷皇帝の食事事情
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葉が紅葉に代わり、それがすべて落ちきる。風は冷たく、一日中暖房器具がないと冷えてしまうような季節──玄冬──を迎えた。
土地が広い留斗は、場所によって気温差が激しいほどに違っている。砂漠や海岸などもあり前者は比較的暖かかく、後者は寒波が激しかった。
冋 花月がいる王都は、そのどちらにも属さない高原地帯にある。けれど寒さは海岸よりも強く、暖房器具ですら意味をなさないときが唯あった。
それでも山茶花、睡蓮なもの花は舞い続ける。
「うう……寒いっ!」
王都の冬の朝は、日が昇る時間が遅い。もう卯の刻(午前五時~七時頃)だというのに、まだ暗かった。それでも早起きして、冋 花月は台所へと向かう──
「おはよーございまーす!」
「お妃様! 今日も早いですねー」
元気よく朝の挨拶をすれば、台所にいる人たちが笑顔で出迎えてくれた。
腕まくりをして竈へと近づく。そこには大きな中華鍋が二つあった。すでに火がついていて、中身がぐつぐつと音をたてて煮られている。
「あっ、鶏肉の牛乳煮だ」
「はい。それは、陛下の好物ですからね。それでお妃様、お野菜はどうしましょう?」
「うーん……油を控えめにして、牛肉を豆に変えた碧澗羹にしましょう!」
「はい!」
台所にいるのは冋 花月を含めた五人だ。彼らは後宮の食事を担当、留 王龍に食べてもらうために工夫している。
どうやら冋 花月が後宮に来るまで、留 王龍はあまり食事を取らなかったようだ。変食らしく、野菜はまったく食べない。肉ばかりで、栄養が偏ってしまっているらしい。
それを知った冋 花月は、彼にしっかりと均等に栄養を取るよう打診した。けれど留 王龍は野菜を食べないの一点張り。このままでは埒が明かなかった。
「……僕が作った野菜なら食べる! なんて、言いだすんだもんなぁ」
困っていた矢先、留 王龍自身が、これを提案してきたんだ。
そのぐらいならお安い。そう思った冋 花月は、数日前からこうして台所に立つようになった。ただ、当初は台所にいる彼らに拒否されてしまっていた。それでも根気よく説明した結果……
留 王龍が野菜を食べてくれるという、淡い期待を一新に受けることを条件に、台所で料理する許可を得る。
「よし、やりますか!」
まだ中身の入っていない中華鍋に油を入れた。火をつけて油が鍋に馴染む間、豆腐を切っていく。そして大根の葉、身を一口の大きさに切っていった。次に白菜、人参、ほうれん草といった、色とりどりの野菜を使う。
「あ、火が馴染んだね。よし。じゃあまずは、豆を入れて……」
次に切った野菜たちを入れていく。崩れやすい豆腐を最後に投入し、調味料で味つけをした。
味見として自分で確認した後、彼らに食べてもらう。
「……わっ! お妃様、これすごく美味しいですよ。作り方、教えていただけますか!?」
「やった! ふふ。はい、いいですよ」
冋 花月たちは皆、笑顔になった。そして作り終え、留 王龍の部屋へと運んで行った。
† † † †
冋 花月は留 王龍の向かい側に座り、彼が食べるのを待つ。けれど彼は冋 花月が作ったものだけ、箸をつけようとはしなかった。
「……な、何で? 美味しくない?」
自信があっただけに、かなり落ちこんでしまう。どんよりと、そしてシュンとなってしまった。
目の前にいる彼を見れば、首を左右にふっている。
「いや……すまない。小兎が作ってくれたものだから、ものすごく食べたいと思っている」
「じゃあ、何で食べてくれないの?」
「……野菜というのが、どうもな」
──野菜を食べないと聞いたけれど、まさかここまで徹底しているなんて。あきれるほどの野菜嫌いだ。でも僕は負けないよ。だって、留 王龍の野菜嫌いを克服するために作ってるんだから。
ふんすと鼻息荒くした。そしてあることを思いつき、実行に移す。箸を握り、彼のお皿から野菜をもぎ取った。腰を少し上げて、野菜を箸ごと留 王龍の前まで持っていく。
「はい、あーんして」
「……っ!」
瞬く間に、留 王龍が固まってしまった。両目を見開いたかと思えば、口を尖らせて絶望の色を顔に浮かべる。ふるふると肩を震わせては、天井を仰ぎ見ていた。
──おかしいな。義哥哥が病気したときは、これやればご飯食べてくれたんだけど。
こてんっと、小首を傾げる。長く、美しい銀髪がさらりと流れ、それを耳にかけた。きょとんとした表情で悪びれる素振りすら見せず、留 王龍にズイッと迫る。
「どうしたの? ほら、あーんしてよ」
「い、いや……」
彼はたじろいでしまった。椅子を後ろにひいて、言葉を詰まらせているよう。
──え? 何でびっくりしているんだろう? する要素は特にないと思うんだけど……それに何だか、彼の顔が赤いような気がする。
「何で、そんな反応するわけ? これやると、義哥哥は喜んでくれるんだよ?」
「あに、うえ? 小兎には哥哥……兄弟がいるのか!?」
「え? ああ、うん。血は繋がってないけど、僕にとっては易しい義哥哥なんだ」
彼はそうかとだけ言うと、机に伏してしまった。ぶつぶつと念仏を唱えていて、冋 花月は恐怖すら覚える。
──それよりも食べてほしいのに……。やっぱり嫌いなものは、簡単には克服できないんだろうなぁ。
これは仕方ないこと。そう考えながら、身を引いた。
そのとき留 王龍が顔を上げ、冋 花月を直視する。かと思われた瞬間、顔を伏せってしくしくと泣きだしてしまった。
「……小兎」
「ん?」
ぼそりと呟いきながら、顔を見せる。幻覚だあろう垂れ犬耳が見えるぐらいいには情けない顔をしていた。
「頼むから、【あーん】を私以外にはしないでくれ」
「んん? 別にしませんけど? だって今は、留斗にいるんだし」
「……その言葉を深読みするなら、小兎は龍吮に帰ったら哥哥にするということか?」
「んー? どうだろう? 病気になったらす……あっ……」
聞かれたら素直に答えただけなのに……なぜか彼は自棄糞みたいに、箸を持って野菜を食べ始めた。あんなに嫌がっていた野菜を、一心不乱に食している。
──泣きながら食べているので、やっぱり野菜嫌いなんだな。
「……まあ、食べてくれるなら、何でもいいや」
頬杖をつく。ふふっと微笑み、留 王龍が野菜を完食するまで見つめていようと決めた。
土地が広い留斗は、場所によって気温差が激しいほどに違っている。砂漠や海岸などもあり前者は比較的暖かかく、後者は寒波が激しかった。
冋 花月がいる王都は、そのどちらにも属さない高原地帯にある。けれど寒さは海岸よりも強く、暖房器具ですら意味をなさないときが唯あった。
それでも山茶花、睡蓮なもの花は舞い続ける。
「うう……寒いっ!」
王都の冬の朝は、日が昇る時間が遅い。もう卯の刻(午前五時~七時頃)だというのに、まだ暗かった。それでも早起きして、冋 花月は台所へと向かう──
「おはよーございまーす!」
「お妃様! 今日も早いですねー」
元気よく朝の挨拶をすれば、台所にいる人たちが笑顔で出迎えてくれた。
腕まくりをして竈へと近づく。そこには大きな中華鍋が二つあった。すでに火がついていて、中身がぐつぐつと音をたてて煮られている。
「あっ、鶏肉の牛乳煮だ」
「はい。それは、陛下の好物ですからね。それでお妃様、お野菜はどうしましょう?」
「うーん……油を控えめにして、牛肉を豆に変えた碧澗羹にしましょう!」
「はい!」
台所にいるのは冋 花月を含めた五人だ。彼らは後宮の食事を担当、留 王龍に食べてもらうために工夫している。
どうやら冋 花月が後宮に来るまで、留 王龍はあまり食事を取らなかったようだ。変食らしく、野菜はまったく食べない。肉ばかりで、栄養が偏ってしまっているらしい。
それを知った冋 花月は、彼にしっかりと均等に栄養を取るよう打診した。けれど留 王龍は野菜を食べないの一点張り。このままでは埒が明かなかった。
「……僕が作った野菜なら食べる! なんて、言いだすんだもんなぁ」
困っていた矢先、留 王龍自身が、これを提案してきたんだ。
そのぐらいならお安い。そう思った冋 花月は、数日前からこうして台所に立つようになった。ただ、当初は台所にいる彼らに拒否されてしまっていた。それでも根気よく説明した結果……
留 王龍が野菜を食べてくれるという、淡い期待を一新に受けることを条件に、台所で料理する許可を得る。
「よし、やりますか!」
まだ中身の入っていない中華鍋に油を入れた。火をつけて油が鍋に馴染む間、豆腐を切っていく。そして大根の葉、身を一口の大きさに切っていった。次に白菜、人参、ほうれん草といった、色とりどりの野菜を使う。
「あ、火が馴染んだね。よし。じゃあまずは、豆を入れて……」
次に切った野菜たちを入れていく。崩れやすい豆腐を最後に投入し、調味料で味つけをした。
味見として自分で確認した後、彼らに食べてもらう。
「……わっ! お妃様、これすごく美味しいですよ。作り方、教えていただけますか!?」
「やった! ふふ。はい、いいですよ」
冋 花月たちは皆、笑顔になった。そして作り終え、留 王龍の部屋へと運んで行った。
† † † †
冋 花月は留 王龍の向かい側に座り、彼が食べるのを待つ。けれど彼は冋 花月が作ったものだけ、箸をつけようとはしなかった。
「……な、何で? 美味しくない?」
自信があっただけに、かなり落ちこんでしまう。どんよりと、そしてシュンとなってしまった。
目の前にいる彼を見れば、首を左右にふっている。
「いや……すまない。小兎が作ってくれたものだから、ものすごく食べたいと思っている」
「じゃあ、何で食べてくれないの?」
「……野菜というのが、どうもな」
──野菜を食べないと聞いたけれど、まさかここまで徹底しているなんて。あきれるほどの野菜嫌いだ。でも僕は負けないよ。だって、留 王龍の野菜嫌いを克服するために作ってるんだから。
ふんすと鼻息荒くした。そしてあることを思いつき、実行に移す。箸を握り、彼のお皿から野菜をもぎ取った。腰を少し上げて、野菜を箸ごと留 王龍の前まで持っていく。
「はい、あーんして」
「……っ!」
瞬く間に、留 王龍が固まってしまった。両目を見開いたかと思えば、口を尖らせて絶望の色を顔に浮かべる。ふるふると肩を震わせては、天井を仰ぎ見ていた。
──おかしいな。義哥哥が病気したときは、これやればご飯食べてくれたんだけど。
こてんっと、小首を傾げる。長く、美しい銀髪がさらりと流れ、それを耳にかけた。きょとんとした表情で悪びれる素振りすら見せず、留 王龍にズイッと迫る。
「どうしたの? ほら、あーんしてよ」
「い、いや……」
彼はたじろいでしまった。椅子を後ろにひいて、言葉を詰まらせているよう。
──え? 何でびっくりしているんだろう? する要素は特にないと思うんだけど……それに何だか、彼の顔が赤いような気がする。
「何で、そんな反応するわけ? これやると、義哥哥は喜んでくれるんだよ?」
「あに、うえ? 小兎には哥哥……兄弟がいるのか!?」
「え? ああ、うん。血は繋がってないけど、僕にとっては易しい義哥哥なんだ」
彼はそうかとだけ言うと、机に伏してしまった。ぶつぶつと念仏を唱えていて、冋 花月は恐怖すら覚える。
──それよりも食べてほしいのに……。やっぱり嫌いなものは、簡単には克服できないんだろうなぁ。
これは仕方ないこと。そう考えながら、身を引いた。
そのとき留 王龍が顔を上げ、冋 花月を直視する。かと思われた瞬間、顔を伏せってしくしくと泣きだしてしまった。
「……小兎」
「ん?」
ぼそりと呟いきながら、顔を見せる。幻覚だあろう垂れ犬耳が見えるぐらいいには情けない顔をしていた。
「頼むから、【あーん】を私以外にはしないでくれ」
「んん? 別にしませんけど? だって今は、留斗にいるんだし」
「……その言葉を深読みするなら、小兎は龍吮に帰ったら哥哥にするということか?」
「んー? どうだろう? 病気になったらす……あっ……」
聞かれたら素直に答えただけなのに……なぜか彼は自棄糞みたいに、箸を持って野菜を食べ始めた。あんなに嫌がっていた野菜を、一心不乱に食している。
──泣きながら食べているので、やっぱり野菜嫌いなんだな。
「……まあ、食べてくれるなら、何でもいいや」
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