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皇帝にもいろいろと事情がある

うさぎと獅子

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「さあ、入れ。ここがそなたの部屋だ」 

 留 王龍ル ワンロンに突然求婚された冋 花月ケイ ホワユエが連れてこられたのは、大きな部屋だった。
 昼間に遊んだ庭の倍はあろうかと思うほどに大きい。それに……

「うわぁー! 大きなショウ(ベッド)だ」

 乗った瞬間にギシという音がする。布団はすごくフカフカで、ふわふわだ。ついつい寝っ転がりたくなってしまう。だけど……
 目の前には留斗ルトの現皇帝、留 王龍ル ワンロンがいた。彼の意図が読めず、どうすればいいのか悩む。
 すると留 王龍ル ワンロンは靴音をたてながら、ショウへと腰かけた。両肘を膝の上に乗せ、何やらかなり深刻そうな表情になる。

「……はー」

 威厳のある姿を消した彼は、どんよりとした顔色で盛大なため息をついた。わざとらしく冋 花月ケイ ホワユエをチラ見しては、話を聞いてほしそうにソワソワしている。

 ──うわ。めちゃくちゃ、めんどくさいな。この人。だけどここで話を聞いて、借りを作っておくのも悪くないよね。

 冋 花月ケイ ホワユエは仕方なく彼のお芝居に乗った。

「このまま行けば、望まぬ結婚をしなくてなならなくなる」

「……んん? えっと、それは……僕がって、ことですか?」

「違う。私が、だ」

「え? ええっと……それだと、僕に求婚した理由が結びつかないような?」

「…………っ!?」

 留 王龍ル ワンロンは顔を上げ、情けないまでに目尻に涙を浮かべていく。

「家臣たちに、結婚を急かされているのだ。しかも、ちーともかわいくない、寸胴な異國の姫なのだよ!」

「…………」

 ──え? 馬鹿? この人、馬鹿なの? 結婚したくないって理由で、男の僕を婚約者に仕立てたの? 

 身勝手かつ、皇帝としてあるまじき行為だ。だけど冋 花月ケイ ホワユエは、そのことを咎めない。叱れるような立場にはいないからだ。
 ただの一般人かつ、他國の者の僕には口出しする権利などありはしないのだから。

 そのことを胸の奥に隠し、彼の話を聞いた。

「一度だけ、顔合わせしたのだが……甘やかされて育ったとしか思えないような、ふくよかな女性だった。脂ぎった肌に、無駄に濃い化粧。何よりも、香水がきつい!」

「……あー……女性は、香水つけますからね。あれ? でも、そんなにキツいものなんですか?」

 冋 花月ケイ ホワユエの回りにもたくさん女性はいた。全員が香水をつけているわけではないたけれど、それでも、嫌いになるほどキツくはなかったはず。留 王龍ル ワンロンが偽物の婚約者を仕立ててまで結婚を拒否するということは、余程のことなのだろう。

 ひっそりと彼に同情し、話の続きを聞いた。
 
「薔薇の香りだったのだが、噎せるほどだった」

「……そ、そうなんですか」

「汗の匂いを消すためというのはわかる。だが!」

 拳を握った。そして、わっと泣き出す。

「それを差し引いても、唐辛子の匂いが霞むほどはないだろう!」

「うわぁー……」

 思わず、絶句してしまった。

 ──唐辛子って、食材の中ではかなり匂いが強いやつだよ。それが霞むほどって………想像するだけで、薔薇が嫌いになりそうだ。

「た、大変だったんですね?」

「……わかってくれるか?」

 どんよりとしながらも、留 王龍ル ワンロンは話終えたよう。スッキリした顔で、冋 花月ケイ ホワユエを見つめていた。そして、そっと手を握る。

 突然手を握られ、冋 花月ケイ ホワユエは体をビクッとさせた。

「あの女と結婚など、したくないのだ。だからと言って、私を対等に扱ってくれる女性など、この國にはいない」

 皇帝という立場である以上、女性は跪き続けるのだろう。
 ただ、彼は皇帝だ。対等というものを求めていても、それは無理なこと。おそらくこの男はそれをわかっているのだろう。

「……他人の僕が言うのもあれですけど。皇帝という國を治める立場なのだから、多少のことには、目を瞑るしかないのでは?」

「うっ、ぐっ!」

「國を治めるってことは、そういうことだと思いますよ?」

「ぐっ! 君は、見た目はうさぎのように可愛いのに、中身は毒蛇のようだな」

 留 王龍ル ワンロンは地面に四つん這いになってしまった。けれどすぐに立ち直り、再びショウに座る。

「わかってはいたんだ。そんなの、私のわがままだって。しかし……それでも私は、やっぱり妥協はしたくないのだよ!」

 訴えるような眼差しを冋 花月ケイ ホワユエへ向けた。

 冋 花月ケイ ホワユエはため息をつき、うーんと唸る。握られた手を振りほどくこともできただろう。ただ、そうなると面倒臭いことになるのは目に見えていた。

 ──彼の思惑に乗ることは、僕にとって何の利益もない。僕はあの國……龍吮リュウセンと離れられればそれでよかった。あの國は僕にとって、居場所すらないのだから。

 自身の居場所を探す冋 花月ケイ ホワユエにとって、ここに骨を埋める選択肢も考えられた。けれどそれを選ぶと、婚約者のふりをしなくてはならないという、かなり面倒なことになるはず。
 けれど逆に考えれば、彼の婚約者……次期皇后としての安全は保証されるのではないだろうか。

 ──待てよ。それを考えると、この人の言うとおりにした方がいいような気がしてきたぞ。

 そんな打算的な思考の元、留 王龍ル ワンロンにもう一度聞いてみた。

「理由はわかりましたけど。それで、男の僕が婚約者というのは……」

 例え、居場所や隠れ蓑のためだったとしても、同性を恋人にするのは好まない。そこまで自尊心を捨ててはいなかったから。当然、民たちも納得しないはずだ。

 神妙な面持ちで、留 王龍ル ワンロン小兎シャオトゥと向き合う。彼の黒真珠の瞳を凝視すれば、うっすらと目が泳いでいるのがわかった。

「……た、確かにそうだな。突然、婚約者になれというのも無理があるか。うーむ……」

 チラチラと、何かを考えながら冋 花月ケイ ホワユエを見ては視線を外す。そんなうざったい行動をとる留 王龍ル ワンロンは、冋 花月ケイ ホワユエの髪へと手を伸ばしてきた。そしてあろうことか、髪の先へ口づけをする。

「──君が、あまりにも可愛かったから。兎のように小さく、守ってあげたくなる。そんな雰囲気になってしまった」

 それでは駄目かなと、細長い目で柔らかく微笑んできた。

 不思議だった。彼の笑顔を見た瞬間、冋 花月ケイ ホワユエの視界はチカチカと光っていく。

「……ふ、ふり、なら」

「ありがとう! 小兎シャオトゥ!」
 
 照れる冋 花月ケイ ホワユエの体をギュッと抱きしめ、彼は子供のように喜んだ。

 ──ちょっ! 近いし、抱きつくのはやめほしい。婚約者のふりだとしても、やっぱり同性なわけで……でも、皇帝のそばほど安全な場所はないよね? しかもこよ人は冷酷って言われるほどに怖がられているんだし。

 冋 花月ケイ ホワユエは戸惑いと、安全な場所を手に入れた喜びでどうにかなってしまいそうだった。
 
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