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【番外編】ティナとジュジュ②
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あれから数日後、クリスティーナが住まう領地に大きな嵐が近付いた。
領民の生活を守るのも領主の務めのため、クリスティーナは朝から忙しく動き回っている。
「今夜は大きな嵐がきますわ!窓の補強や非常食の準備は入念になさって!!」
領民の家を訪問し、注意を呼びかけ、必要ならば避難所へ誘導した。
夕方になると分厚い雲が立ち込め、どんどん風も強くなってくる。
朝から降り続いている雨も止む気配すら見えない。
「お嬢様!そろそろ帰りませんと我々も嵐に巻き込まれてしまいます!!」
「…そうね、貴方たちは先に帰って!わたくしは最後にシュルセ川の水位を確認してくるわ」
「それなら私が…!お嬢様!!」
従者が言い終わる前に、クリスティーナは愛馬に鞭打ち駆け出した。
シュルセ川はこれまでに何度も氾濫している危険な川だ。
もちろん氾濫するたびに防災工事を行っているのだが、なにぶん大きな川なので対策が間に合わない。
今回も防災対策の最中の嵐である。
クリスティーナの心配はもっともであったが、一人で川に向かうなど本来なら考えられない。
危険を回避して領民を救わなければならないと言う使命感と共に、胸を締め付ける思いが彼女の判断を鈍らせたのだ。
「……このままじゃ不味い、あの堰だけでも外さないと…」
シュルセ川は普段よりも水嵩が増し、今夜いっぱい降り続く予定の雨量を保つ余裕がなさそうだった。
下流に用意している放水用の堰を開放すれば、あるいは持ちこたえるかもしれない。
クリスティーナはそう考えて愛馬を安全な場所に繋いだ。
「大丈夫、大丈夫よクリスティーナ。わたくしは武芸に長けた人間よ。気を付けていれば川に流されることはないわ」
自分に言い聞かせながら震える足をなんとか進める。
いくら武芸に長けた人間と言っても、クリスティーナは泳げない。
しかもこの水嵩の川に落ちたらひとたまりもないだろう。
けれども、領民を護りたい一心で彼女は進んだ。
安全の為にロープを張ったが、気休めにもならない。
それでも一歩ずつ歩を進め、川の水嵩が彼女の胸まで達した辺りで漸く堰に辿り着く。
「…っうっ…もう…少し…っ…」
なんとか開放し、一息つく。
あとは愛馬の元に戻って自分の屋敷に帰るだけだ。
嵐が来る前に帰らなくては従者たちにいらぬ心配をかけてしまう。
そう焦ってしまったのがいけなかったのか、もう少しで岸に辿り着きそうなところで足を滑らせてしまった。
ロープから手を離してしまい、茶色く濁った水に飲み込まれてしまう。
「ティナ!」
ふとクリスティーナは自分を呼ぶ恋人の声を聞いた気がした。
それからグンッと強い力で引っ張られるような感覚。
「…っ!ゲホッ!ゴホッゴホッ!!」
「ティナ!どこかぶつけていない?ケガは?」
「…ジュジュ?……どうしてここに…?」
気付くとジュードに抱えられ、岸に引き上げられていた。
ジュードはクリスティーナの問いに答えず、彼女の頬を打つ。
パシンと乾いた音が響いた。
「…どうしてじゃないよ!!!君こそなんで一人でこんなところに居るんだ!!君の従者でも……僕でも…頼るべきだろ!!!」
「……だ…って…」
「とにかく!避難が先だ!ティナの馬は任せたぞ」
ジュードは一緒に来ていた従者に短く命令して、自分の愛馬にティナを抱えたままで乗馬する。
クリスティーナは自分の恋人の逞しさに眩暈を覚えた。
「ティナ、打ってごめん…」
「…良いの」
疾く駆ける馬の背で跳ねながら、クリスティーナは首を左右に振る。
自分じゃこんなに速く走らせることは出来ないわ、そう思いつつその背中をジュードに預けた。
領民の生活を守るのも領主の務めのため、クリスティーナは朝から忙しく動き回っている。
「今夜は大きな嵐がきますわ!窓の補強や非常食の準備は入念になさって!!」
領民の家を訪問し、注意を呼びかけ、必要ならば避難所へ誘導した。
夕方になると分厚い雲が立ち込め、どんどん風も強くなってくる。
朝から降り続いている雨も止む気配すら見えない。
「お嬢様!そろそろ帰りませんと我々も嵐に巻き込まれてしまいます!!」
「…そうね、貴方たちは先に帰って!わたくしは最後にシュルセ川の水位を確認してくるわ」
「それなら私が…!お嬢様!!」
従者が言い終わる前に、クリスティーナは愛馬に鞭打ち駆け出した。
シュルセ川はこれまでに何度も氾濫している危険な川だ。
もちろん氾濫するたびに防災工事を行っているのだが、なにぶん大きな川なので対策が間に合わない。
今回も防災対策の最中の嵐である。
クリスティーナの心配はもっともであったが、一人で川に向かうなど本来なら考えられない。
危険を回避して領民を救わなければならないと言う使命感と共に、胸を締め付ける思いが彼女の判断を鈍らせたのだ。
「……このままじゃ不味い、あの堰だけでも外さないと…」
シュルセ川は普段よりも水嵩が増し、今夜いっぱい降り続く予定の雨量を保つ余裕がなさそうだった。
下流に用意している放水用の堰を開放すれば、あるいは持ちこたえるかもしれない。
クリスティーナはそう考えて愛馬を安全な場所に繋いだ。
「大丈夫、大丈夫よクリスティーナ。わたくしは武芸に長けた人間よ。気を付けていれば川に流されることはないわ」
自分に言い聞かせながら震える足をなんとか進める。
いくら武芸に長けた人間と言っても、クリスティーナは泳げない。
しかもこの水嵩の川に落ちたらひとたまりもないだろう。
けれども、領民を護りたい一心で彼女は進んだ。
安全の為にロープを張ったが、気休めにもならない。
それでも一歩ずつ歩を進め、川の水嵩が彼女の胸まで達した辺りで漸く堰に辿り着く。
「…っうっ…もう…少し…っ…」
なんとか開放し、一息つく。
あとは愛馬の元に戻って自分の屋敷に帰るだけだ。
嵐が来る前に帰らなくては従者たちにいらぬ心配をかけてしまう。
そう焦ってしまったのがいけなかったのか、もう少しで岸に辿り着きそうなところで足を滑らせてしまった。
ロープから手を離してしまい、茶色く濁った水に飲み込まれてしまう。
「ティナ!」
ふとクリスティーナは自分を呼ぶ恋人の声を聞いた気がした。
それからグンッと強い力で引っ張られるような感覚。
「…っ!ゲホッ!ゴホッゴホッ!!」
「ティナ!どこかぶつけていない?ケガは?」
「…ジュジュ?……どうしてここに…?」
気付くとジュードに抱えられ、岸に引き上げられていた。
ジュードはクリスティーナの問いに答えず、彼女の頬を打つ。
パシンと乾いた音が響いた。
「…どうしてじゃないよ!!!君こそなんで一人でこんなところに居るんだ!!君の従者でも……僕でも…頼るべきだろ!!!」
「……だ…って…」
「とにかく!避難が先だ!ティナの馬は任せたぞ」
ジュードは一緒に来ていた従者に短く命令して、自分の愛馬にティナを抱えたままで乗馬する。
クリスティーナは自分の恋人の逞しさに眩暈を覚えた。
「ティナ、打ってごめん…」
「…良いの」
疾く駆ける馬の背で跳ねながら、クリスティーナは首を左右に振る。
自分じゃこんなに速く走らせることは出来ないわ、そう思いつつその背中をジュードに預けた。
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