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【番外編】ティナとジュジュ①
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成人した大人の男性が、両手を上げて床に正座をする罰を受けている。
彼はジュード子爵令息、もうすぐ侯爵家へ婿入りする身だ。
その傍らで読書を楽しんでいるのはクリスティーナ侯爵令嬢。
一人娘の彼女は家督を継ぐ予定であり、最近はもっぱらその準備に追われいている。
「…ティナ、ねぇ、ティナ!そろそろお喋りしようよ!ここのところお互い忙しくてやっと会えたのに、こんなんじゃ寂しいよ」
実はこの状態でゆうに1時間が経過している。
ジュードが焦れるのもしょうがない。
しかしクリスティーナは言葉を返さず、本のページを繰るばかりだ。
「……ティナ…」
ジュードがべそを掻き始めたところで漸くクリスティーナが本を閉じる。
顔を上げた彼女はジュードを見遣ることもなく、別の本を手に取った。
その様子に大きな衝撃を受けたジュードは上げていた両手を静かに降ろす。
それを横目で確認したクリスティーナが顔を上げることもなく口を開いた。
「ジュジュ、降ろしていいなんて言ってないわ」
「……嫌だ。もう言うこと聞かない!」
「お仕置きを望んだのは貴方でしょう?」
「だって!…だって……。…それでも、僕のことをちっとも見てくれないなんて…!」
「…」
「こんなことなら…僕はティナのお仕置きなんて受けないからね!」
ジュードは自分が持つありったけの勇気をクリスティーナにぶつける。
その渾身の思いを淑女たるクリスティーナは黙って受け止めた。
変わらず本に視線を落としたまま、彼女は淡々と言葉を返す。
「……好きにしたら?」
「へ?」
「そもそもお仕置きを受ける義務は貴方にはないわ。セド、お客様のお帰りよ」
クリスティーナは執事を呼ぶとジュードを見送るように指示した。
ジュードが何かを言っていたが、優秀な執事は主の命に忠実に従う。
「…だって貴方はわたくしの犬じゃないのよ」
誰も居なくなった部屋でクリスティーナは静かに慟哭した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ーーーーそれで、ジュード様を追い出してしまったのね?」
レミエットが優雅な仕草で紅茶を口に運ぶ。
向かいに座るクリスティーナは、どんどん美しくなる親友に知れずため息を吐いた。
「そんなに気になるなら訪ねて来たジュード様を跳ね返さず、このように美味しいお茶でも一緒に飲めば良いのよ」
「…貴女はわたくしの親友だからそれが出来るわ。でも、あの子はわたくしの親友じゃないもの」
「面白いことを言うのね。恋人同士だってお茶会はするわ。わたくしもハルト様と午後のティータイムを楽しむもの」
「……わたくしたちは恋人同士でもないわ」
消え入りそうな声でクリスティーナが呟く。
いつもの豪胆な彼女に似合わない雰囲気にレミエットが眉根を寄せた。
「それこそ面白い冗談ね。ジュード様が貴女の恋人じゃないのなら、彼は一体なんだって言うの?」
「………犬よ」
「言うに事を欠いて犬だなんて!ティナ!!貴女ったら失礼過ぎるわ」
「違うのよ!わたくしはジュジュを恋人だと思っているわ!けれど、あの子がわたくしに向ける瞳は主人を見る犬の瞳そのものなのよ!年下で、爵位の違いもあって、婿養子前提のわたくしたちの関係なんて、主従関係に近いのかもしれないけれど…。わたくしはそれが辛いのよ…」
「…ティナ……」
クリスティーナの肩を抱き寄せたレミエットは、彼女の心の痛みを止める方法を知らない。
ただ黙って、その震える肩を抱きしめ続けた。
彼はジュード子爵令息、もうすぐ侯爵家へ婿入りする身だ。
その傍らで読書を楽しんでいるのはクリスティーナ侯爵令嬢。
一人娘の彼女は家督を継ぐ予定であり、最近はもっぱらその準備に追われいている。
「…ティナ、ねぇ、ティナ!そろそろお喋りしようよ!ここのところお互い忙しくてやっと会えたのに、こんなんじゃ寂しいよ」
実はこの状態でゆうに1時間が経過している。
ジュードが焦れるのもしょうがない。
しかしクリスティーナは言葉を返さず、本のページを繰るばかりだ。
「……ティナ…」
ジュードがべそを掻き始めたところで漸くクリスティーナが本を閉じる。
顔を上げた彼女はジュードを見遣ることもなく、別の本を手に取った。
その様子に大きな衝撃を受けたジュードは上げていた両手を静かに降ろす。
それを横目で確認したクリスティーナが顔を上げることもなく口を開いた。
「ジュジュ、降ろしていいなんて言ってないわ」
「……嫌だ。もう言うこと聞かない!」
「お仕置きを望んだのは貴方でしょう?」
「だって!…だって……。…それでも、僕のことをちっとも見てくれないなんて…!」
「…」
「こんなことなら…僕はティナのお仕置きなんて受けないからね!」
ジュードは自分が持つありったけの勇気をクリスティーナにぶつける。
その渾身の思いを淑女たるクリスティーナは黙って受け止めた。
変わらず本に視線を落としたまま、彼女は淡々と言葉を返す。
「……好きにしたら?」
「へ?」
「そもそもお仕置きを受ける義務は貴方にはないわ。セド、お客様のお帰りよ」
クリスティーナは執事を呼ぶとジュードを見送るように指示した。
ジュードが何かを言っていたが、優秀な執事は主の命に忠実に従う。
「…だって貴方はわたくしの犬じゃないのよ」
誰も居なくなった部屋でクリスティーナは静かに慟哭した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ーーーーそれで、ジュード様を追い出してしまったのね?」
レミエットが優雅な仕草で紅茶を口に運ぶ。
向かいに座るクリスティーナは、どんどん美しくなる親友に知れずため息を吐いた。
「そんなに気になるなら訪ねて来たジュード様を跳ね返さず、このように美味しいお茶でも一緒に飲めば良いのよ」
「…貴女はわたくしの親友だからそれが出来るわ。でも、あの子はわたくしの親友じゃないもの」
「面白いことを言うのね。恋人同士だってお茶会はするわ。わたくしもハルト様と午後のティータイムを楽しむもの」
「……わたくしたちは恋人同士でもないわ」
消え入りそうな声でクリスティーナが呟く。
いつもの豪胆な彼女に似合わない雰囲気にレミエットが眉根を寄せた。
「それこそ面白い冗談ね。ジュード様が貴女の恋人じゃないのなら、彼は一体なんだって言うの?」
「………犬よ」
「言うに事を欠いて犬だなんて!ティナ!!貴女ったら失礼過ぎるわ」
「違うのよ!わたくしはジュジュを恋人だと思っているわ!けれど、あの子がわたくしに向ける瞳は主人を見る犬の瞳そのものなのよ!年下で、爵位の違いもあって、婿養子前提のわたくしたちの関係なんて、主従関係に近いのかもしれないけれど…。わたくしはそれが辛いのよ…」
「…ティナ……」
クリスティーナの肩を抱き寄せたレミエットは、彼女の心の痛みを止める方法を知らない。
ただ黙って、その震える肩を抱きしめ続けた。
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