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あの日、玉座の間での断罪の時、殿下がわたくしに尋ねた。

「ではレミティ、君はグレゴリオの処分に対して何を望む?」

わたくしは小首を傾げながら、そう問うた殿下にキッパリと答える。

「特に何も望みませんわ」
「……それはグレゴリオを赦すと言うことか?」

殿下の表情が僅かに暗くなる。
その場の一同も少しだけざわついた。

「やっぱり私を愛しているんだなレミエット!おぉ、レミティ…お前はどうしてレミエットなんだ…!!」

さめざめと泣いているだけだったグレゴリオが息を吹き返したように言葉を紡ぐ。
しかし、依然として縄でグルグル巻きにされ床に寝転がったままの姿では恰好はつかない。
一同の冷ややかな表情にも気付かず自己陶酔したグレゴリオは口を開き続ける。

「家門解体になった今、私は何者でもないただ一人の男だ!これで爵位の垣根を越えて、君と一緒になることが出来るよ…!今まで寂しい思いをさせたね、レミエット。君の頭脳を持ってすれば公爵家を再興するのも簡単だろう!私は君の影となり仕事で疲れた君を癒す日々を送ろう!さぁ、この縄を解いてくれレミエット!!!」

クリスティーナ侯爵令嬢は声にならない笑い声を上げながら「逆、逆!」と繰り返し、ゴイデン侯爵たちは目を点にしていた。
国王陛下と王妃殿下は珍しく笑みを絶やし汚物を見るような目をグレゴリオに送っている。
そして、殿下は腰元の剣を抜き芋虫のようにウネウネと這いまわる彼に突き立てようとしていた。

「レミティ、こんな男を赦すなんて君の心は優し過ぎる…。その優しさは民を育む大切な土壌だけれど、この男にまで与えてやる必要はないよ」

殿下の瞳が今までにない色に染まる。
そのグリーンアイは嫉妬に駆られた怪物のそれだ。

「ハルト様、どうか剣をお収めください。わたくしは何も望みません」
「…レミティ、こんな男は処刑する方が世のためだ」
「殿下!レミエットは本当は私を愛しているのです!7つの頃より婚約しておりましたし、ラミアに対して嫉妬をしていたのですよ。可愛い奴です。これからは私がレミエットと共に生きます。さぁ早くこの縄を解いてくださいませ」
「…っ、お前っ!」
「おやおや、男の嫉妬ほど女々しいものはございませんよ?私はレミエットに愛されている男ですから、嫉妬してしまうのも道理ではございますけれど」

不敬な笑みを浮かべたグレゴリオを、わたくしは何の感情も籠らない瞳で見下ろす。

「わたくしはがどうなろうと知ったことではございません。こんな些末な事象でハルト様の御手が穢れることの方が我慢なりませんわ」

時が止まったかのように、しばらくの間沈黙の時間が流れた。
やはり、その静寂を破ったのは豪快で豪胆な笑い声。

「ぶあっはっはっはっは!お前は嫁も面白いな、ラインハルト!一言で男の息の根を止めてしまったぞ!!気に入った、余はお前たちの血が続く限りこの国との和平を誓おう!!」
「あっははははは!最高よレミティ、それでこそわたくしの親友だわ!!愛された男気取りで恥ずかしいわね、本当に。レミティがアナタを愛した瞬間なんて一度たりとも無いと言うのに」

再び言葉を失った芋虫、もとい、グレゴリオの顔は驚愕の色に染まっている。

「何をそんなに驚いていらっしゃいますの?わたくしたちは元々家同士の取り決めで婚約した仲でしょう?それに、わたくしは最初から我が家の家業を解体に追いやった公爵家を乗っ取るつもりでしたわ。貴方に頼られる存在になって、貴方を支える公爵夫人を装って暮らせば貴方のことだもの、わたくしに家督を丸投げでもしてくれるかしらと思っていたの」
「そんな…」
「白状いたしますと、わたくしは貴方に連れられて参加したお茶会で、初めてハルト様に出会って、貴方の隣でハルト様に恋を致しましたの。わたくしの初恋の方はハルト様ですわ。…ふしだらなわたくしをお赦しくださいますか?」

わたくしは言葉の最後で殿下を見つめる。
殿下の瞳は朝露を葉にためた若葉のように煌めいていた。
剣を収めてわたくしの元に歩み寄った殿下は、言葉の代わりに額へのキスで返事をくれる。
わたくしはポッと頬を染め、殿下と見つめ合ってから再び口を開いた。

「ですから貴方が死のうが生きようが、わたくしには何の関心もございません。どうぞご勝手になさいませ」

ピシャリと言い終わると、グレゴリオは一瞬で30歳も老け込んだ顔になってピクリとも動かなくなる。
一同から次々に笑い声が上がって、陛下たちの顔にも笑顔が戻った。
しばらくの間、広間は笑い声に揺れたのだった。
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