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ジュード子爵令息は栗毛で可愛らしい顔立ちの青年である。
確か、わたくしたちよりも2歳ほど年下のはずだ。

「我が君主に謁見いたします。私はラインハルト殿下の臣下として秘密裏に動いておりました。本日は私の持ち帰りました証拠品の提出と、証言の為に馳せ参じました」
「良い、申してみよ」
「は!ここ数ヶ月の公爵邸での調査の結果ここ数年、公爵家ではすずや鉛、木炭木材、硝石の買い付けが激しくなっております。加えて鉄山からの鉄の輸出は控えられ、全て領地内で消費されているらしいことが分かりました。…公爵家の領地内に武具製造に必要な材料が集められていると言うことを意味します」

殿下の補佐官や執事が謁見の間の一同に陛下に提示した証拠と同じ用紙を配ると、ジュード子爵令息の証言通りの内容に驚きの声が上がった。
それに対して反する声を上げたのは、やはり議長だ。

「こじつけではないのか!そもそもジュード子爵令息、貴方は貴族派の生家の産まれ、どうしてラインハルト殿下の臣下やっておられるのか!」
「……?」

ジュード子爵令息の顔つきが変わる。
可愛らしい顔から悪鬼を思わせるそれに変貌し、声色も一段と下がった。

「私は私のあるじとして相応しい方の元についているだけですが?我が家も昔から君主にじゅうしております。貴族派、貴族派と仰るが、我が家が自ずから貴族派を名乗った覚えはございませんが?議長は随分と耄碌もうろくなさっておいでなのですね?引退も間近なのでしょうか?まぁ、どうでも良いことですが」

そこまで一気にまくし立てて最後は吐き捨てるように言い切ったジュード子爵令息に、殿下は苦笑いを浮かべ、わたくしは不覚にも吹き出しそうになってしまう。
このような場で笑い声を上げるなんて豪胆なこと、誰一人として出来るはずがない。
ーーーーただ一人を除いて。

「あっははははは!ダメ、もうダメ!我慢できないわ!最高よジュジュ、それでこそわたくしの恋人だわ」

あの日のお茶会の様に扇で口元も隠さず、大口を開けて笑っているのはクリスティーナ侯爵令嬢である。
その隣には彼女の父親であり、中立派筆頭貴族のゴイデン侯爵、その隣にはセレナ侯爵夫人が並ぶ。
そう、この謁見の間には貴族派、王権派そしてどちらにも属していない中立派の貴族たちも集結しているのだ。

「ティナ!!僕ね、頑張ったんだよ!この証拠品も集めるのに苦労したんだから~。殿下と共に市井の調査もして、貴族派の連中が領民に対して二重税をかけていることを突き止めたり、税収を過少申告して国税逃れをしている領主をリストアップしたり、違法な薬物を使用して領民を扇動しようとした家門を追ったり…。それもこれもティナに褒めてもらうために一生懸命にやったんだよ!!」
「まぁ、ジュジュったら。本当に可愛い子ね。家に帰ったら沢山褒めてあげるわ」

ジュード子爵令息が喜色満面で、見えない尻尾を振りながらクリスティーナ侯爵令嬢に大きく手を振る。
いつもの彼の具合から考えると、彼女に駆け寄って抱き着かないだけまだマシだ。
陛下の御前で他者に気を取られ拝謁の姿勢を崩していても、まだ、マシなのである。

「酷いですわぁジュード様ぁぁっ!!私と言うものがありながら、このような大勢の前で他の女性に声を掛けるなんてぇ!しかもクリスティーナ様なんて、いつも喪服のような黒い流行遅れのドレスをお召しになる可愛げの欠片もない女性じゃない!レミエット様といい、クリスティーナ様といい、男性を癒すことも出来ない可愛げのない女性なんて愛される資格はございませんわ!その点、私は誰にでも愛されるべき資格を持っておりますの!!」

わたくしの隣と近くの温度と、ジュード子爵令息、ゴイデン侯爵夫妻の温度が一気に下がった。
男爵は娘の発言を受けて今にも卒倒しそうな顔色である。
わたくしとクリスティーナ侯爵令嬢は目をパチクリさせながら、今度こそ吹き出さないようにお互い目視し合った。

「…クリスティーナや妻の着るドレスが黒なのは、我が家紋が黒百合であるからだ。黒百合は誰にも染まらない強い意志を表している。代々、中立派としてこの国のまつりごとの調和をはかり、その両方にも染まらない意思を家紋に立てていることぐらい簡単な貴族教育で習うはずだが…それさえも知らぬようでは貴族の末席にもそぐわないな」

ゴイデン侯爵の言葉にその後ろに控える中立派の貴族が一様に頷く。
この国の現在の勢力は、王権派が一番少なく、次いで貴族派、そして中立派が最も多い。
厳格な面持ちのままゴイデン侯爵が続ける。

「それにクリスティーナはすこぶる可愛い。存在するだけで癒される。娘と自分を同列に考えるなど厚かましいにもほどがあるぞ」

その言葉にウンウン頷いているのはジュード子爵令息。
続いてわたくしのお父様もお母様も口を開く。

「レミエットも驚くほどに可愛い!それに賢いし馬術だって折り紙付きだ!」
「なによりラインハルト殿下の愛を頂戴しております、それに領民をはじめとした国中の信頼を集めていると感じるのは親馬鹿な話ではないと考えておりますわ」

わたくしとクリスティーナ侯爵令嬢は堪らず吹き出してしまった。
そんなわたくしの頭を殿下が優しく撫でる。

「本当に、私のレミティは皆に愛されている。それはレミティの気高き心が皆の心を揺さぶるからだ。それこそが貴族のほまれであり、領民の前に立つ者に必要な品格だと思う。レミティ、愛しいひと」
「…っ…殿下、また人前で…」

陛下の御前だと言うのに、殿下がわたくしの頬に触れ合うだけのキスを落とす。
ジュード子爵令息が小さく「僕だって我慢しているのに…」と呟いた。

「…殿下、私の証言を続けてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、すまない、ジュード。続けてくれ。陛下も、話が脱線してしまい申し訳ございません」
「…せめてレミティを解放してから頭を下げなさい、ラインハルト」

陛下は頭を抱える仕草をしたが、右手で証言を促す合図をしたためジュード子爵令息が言葉を続ける。

「私が子爵家次男だと言うことは貴族図鑑をきちんと把握している者なら知っているはずなのに、あのご令嬢は私が貴族派の子爵嫡男だと勘違いして近付いて来ました。他の貴族派ご嫡男にも折衝していることから、彼女は今後のパイプ役として男爵に操られていたのでしょう。その件の報告書も一緒にまとめております」
「…私もそちらのご令嬢の話は娘から聞いております。彼女のせいで貴族派のご令息方の婚約が次々と破棄されているとか…。しかも、どれも多額の慰謝料が発生し、それが原因で嫡男排斥の家門も出たとか出ないとか…」

ゴイデン侯爵が貴族派を振り返ると、皆一様に視線を泳がせた。
事実だからバツが悪いのだ。
それを受けてジュード子爵令息が陳述を続ける。

「その騒動のお陰で貴族派についていた商会が一気に離脱を始めました。金の切れ目が縁の切れ目、元より横暴な貴族派のやり方に不満を持っていた者たちです、貴族派に属する旨味がなければ共倒れを嫌って離れるのは当然でしょう。お陰で離脱した一部の商会から、公爵家と男爵家が武具をルネーブル王国へ密輸していたと証言が取れました」

一部から起こった囁きが、次第に部屋中に広がる。
その身の保身を憂う者、貴族の名折れを詰る者、敵国ルネーブル王国との開戦を心配する者。
騒めきの中でわたくしの背中を押したのは、わたくしの隣に立つ『双賢の獅子』だった。
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