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「随分と賑やかなお茶会なのね、遅れてしまって残念だわ」
こう言った茶会を好まないクリスティーナ侯爵令嬢が、いつもの怜悧な相貌でこちらへ歩いてくる。
流行のスタイルではないけれど、マーメイドドレスが彼女の身体の線を綺麗に浮き上がらせていた。
彼女はいつも好んで黒を着る。今日のドレスも吸い込まれるほどの黒だった。
「…レミエット、お久しぶりね」
「ええ、本当にお久しぶりですわね」
わたくしたちはニコリともせずに挨拶を交わす。
彼女との挨拶ではいつもお互いの顔に笑みはない。
「あれぇ?お二人とも、仲が悪いって本当なんですねぇ。いけませんよぉ♡そんな仏頂面してたら、男性が怖がって逃げてしまいますわぁ♡ただでさえ、お二人とも男性以上に男性的なんですからぁ♡」
「…どう言う意味かしら?そもそもアナタが何故この茶会にいるか説明して頂ける?この席に招待された誰よりも低い位のご令嬢さん」
クリスティーナ侯爵令嬢の切れ長の目がサラリと男爵令嬢を睨み上げる。
「ひどぉぉぉい!私は親切心で注意して差し上げただけなのに!!お二人とも男性よりも弁が立って、学もあって、経済についてもお詳しいと言うお話ですわ。そんな女性は男性にとって目の上のたん瘤。可愛がって頂けませんわよぉ♡」
コロコロと笑う男爵令嬢と、その後ろでデレデレと鼻の下を伸ばす侯爵令息二人。
その侯爵令息を冷めた目で見遣るのは伯爵令嬢二人だ。
メリーナ伯爵令嬢とヴァネッサ伯爵令嬢は、かつてのわたくしの様に家同士の誓約で婚約者を無理矢理決められたに過ぎない。
二人ともそれぞれの婚約者に対して愛情はないのだ。
「…なるほど?男性に愛されたくば、自分の様にバカな女で居ろと仰るのね、アナタ。そんなバカな女に傅くのは、同じようにバカな男だけよ。そんなバカな男は捨てられるのがオチね」
クリスティーナ侯爵令嬢は、鼻の下を伸ばしている令息二人に冷たい視線を向けた。
「ティナ、少々言葉遣いが悪いんじゃないかしら」
「そんなことないでしょ、レミティ。貴女も心の中では同じような言葉を使っているくせに」
「…」
「沈黙は肯定の証ね」
そこで漸く、わたくしたちは顔を合わせて笑い合う。
ラミア男爵令嬢は目をパチクリさせていたけれど、わたくしたちは構わず話を続けた。
「レミティ、このお嬢さんは話で聞いていたよりも強烈ね。あらゆる貴族派の令息に手を出しているって話だったけれど、そこの二人も陥落しているとは…。予想通りで笑えちゃうわ!」
「ティナ、メリーとヴァニの前でなんてこと言うの」
「良いんですよ、レミエット様。私たちは万事準備を整えておりますし、あの二人がバカな男なのは私もヴァニも知っております」
「本当にバカな男たちですわ。でも、それが有難い気も致します。これで私たちの婚約は解消ですから、ね!」
ヴァネッサ伯爵令嬢がパチンとウインクをすると、それを受けたメリーナ伯爵令嬢が執事に目配せをする。
すると執事はアラン侯爵令息に歩み寄り、婚約破棄通告を読み上げた。
ぽかんと間抜け面をしたアラン侯爵令息が、ハッと我に返りメリーナ伯爵令嬢を睨みつける。
「メリー!慰謝料の請求とはどういうことだ!!」
「先ほどの通告文通りの内容でございます。お忘れですの?先日私たちの婚約条件について見直しの席が設けられたばかりですのに。その条件に違反されたから慰謝料を請求いたします。それだけですわ」
「条件…?メリー、どういうことか説明しろっ!」
「…私はもう貴方の婚約者ではないのだから愛称で呼ぶのは控えて下さる?先日交わした条件も覚えてらっしゃらないなんて、家督を相続すべき人間が聞いて呆れますわね。『婚約者以外と閨に入ることを禁ず』そう条件に付け足しましたけれど、そんな簡単なことも守れないとは嘆かわしいことですわ」
アラン侯爵令息の顔が青くなり、そして赤くなり、また青くなった。
その顔色を見てクリスティーナ侯爵令嬢が噴き出しそうになるのを必死で堪えている。
「因みに同じ婚約破棄通告を貴方の家にも送りましたわ、スティード侯爵令息」
ヴァネッサ伯爵令嬢が冷え冷えとした声でそう告げると、スティード侯爵令息は憤慨したような顔になった。
「た、確かに、我が家でも同じ条件が追加されたばかりだが、わ、私がお前以外と閨に入ったなんて、どうして分かるのだ!」
「…そのお話はここでしない方がアナタと、アナタの後ろにいらっしゃる方のためでもあると思うんだけど?」
クリスティーナ侯爵令嬢が普段とは違う声音で警告する。
けれどスティード侯爵令息は怯まない。
「下手な言い掛かりをつけられては困る!ここで詳らかにするべきだ!!」
そう叫んだ令息の声は、わたくしには断末魔に聞こえた。
こう言った茶会を好まないクリスティーナ侯爵令嬢が、いつもの怜悧な相貌でこちらへ歩いてくる。
流行のスタイルではないけれど、マーメイドドレスが彼女の身体の線を綺麗に浮き上がらせていた。
彼女はいつも好んで黒を着る。今日のドレスも吸い込まれるほどの黒だった。
「…レミエット、お久しぶりね」
「ええ、本当にお久しぶりですわね」
わたくしたちはニコリともせずに挨拶を交わす。
彼女との挨拶ではいつもお互いの顔に笑みはない。
「あれぇ?お二人とも、仲が悪いって本当なんですねぇ。いけませんよぉ♡そんな仏頂面してたら、男性が怖がって逃げてしまいますわぁ♡ただでさえ、お二人とも男性以上に男性的なんですからぁ♡」
「…どう言う意味かしら?そもそもアナタが何故この茶会にいるか説明して頂ける?この席に招待された誰よりも低い位のご令嬢さん」
クリスティーナ侯爵令嬢の切れ長の目がサラリと男爵令嬢を睨み上げる。
「ひどぉぉぉい!私は親切心で注意して差し上げただけなのに!!お二人とも男性よりも弁が立って、学もあって、経済についてもお詳しいと言うお話ですわ。そんな女性は男性にとって目の上のたん瘤。可愛がって頂けませんわよぉ♡」
コロコロと笑う男爵令嬢と、その後ろでデレデレと鼻の下を伸ばす侯爵令息二人。
その侯爵令息を冷めた目で見遣るのは伯爵令嬢二人だ。
メリーナ伯爵令嬢とヴァネッサ伯爵令嬢は、かつてのわたくしの様に家同士の誓約で婚約者を無理矢理決められたに過ぎない。
二人ともそれぞれの婚約者に対して愛情はないのだ。
「…なるほど?男性に愛されたくば、自分の様にバカな女で居ろと仰るのね、アナタ。そんなバカな女に傅くのは、同じようにバカな男だけよ。そんなバカな男は捨てられるのがオチね」
クリスティーナ侯爵令嬢は、鼻の下を伸ばしている令息二人に冷たい視線を向けた。
「ティナ、少々言葉遣いが悪いんじゃないかしら」
「そんなことないでしょ、レミティ。貴女も心の中では同じような言葉を使っているくせに」
「…」
「沈黙は肯定の証ね」
そこで漸く、わたくしたちは顔を合わせて笑い合う。
ラミア男爵令嬢は目をパチクリさせていたけれど、わたくしたちは構わず話を続けた。
「レミティ、このお嬢さんは話で聞いていたよりも強烈ね。あらゆる貴族派の令息に手を出しているって話だったけれど、そこの二人も陥落しているとは…。予想通りで笑えちゃうわ!」
「ティナ、メリーとヴァニの前でなんてこと言うの」
「良いんですよ、レミエット様。私たちは万事準備を整えておりますし、あの二人がバカな男なのは私もヴァニも知っております」
「本当にバカな男たちですわ。でも、それが有難い気も致します。これで私たちの婚約は解消ですから、ね!」
ヴァネッサ伯爵令嬢がパチンとウインクをすると、それを受けたメリーナ伯爵令嬢が執事に目配せをする。
すると執事はアラン侯爵令息に歩み寄り、婚約破棄通告を読み上げた。
ぽかんと間抜け面をしたアラン侯爵令息が、ハッと我に返りメリーナ伯爵令嬢を睨みつける。
「メリー!慰謝料の請求とはどういうことだ!!」
「先ほどの通告文通りの内容でございます。お忘れですの?先日私たちの婚約条件について見直しの席が設けられたばかりですのに。その条件に違反されたから慰謝料を請求いたします。それだけですわ」
「条件…?メリー、どういうことか説明しろっ!」
「…私はもう貴方の婚約者ではないのだから愛称で呼ぶのは控えて下さる?先日交わした条件も覚えてらっしゃらないなんて、家督を相続すべき人間が聞いて呆れますわね。『婚約者以外と閨に入ることを禁ず』そう条件に付け足しましたけれど、そんな簡単なことも守れないとは嘆かわしいことですわ」
アラン侯爵令息の顔が青くなり、そして赤くなり、また青くなった。
その顔色を見てクリスティーナ侯爵令嬢が噴き出しそうになるのを必死で堪えている。
「因みに同じ婚約破棄通告を貴方の家にも送りましたわ、スティード侯爵令息」
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「た、確かに、我が家でも同じ条件が追加されたばかりだが、わ、私がお前以外と閨に入ったなんて、どうして分かるのだ!」
「…そのお話はここでしない方がアナタと、アナタの後ろにいらっしゃる方のためでもあると思うんだけど?」
クリスティーナ侯爵令嬢が普段とは違う声音で警告する。
けれどスティード侯爵令息は怯まない。
「下手な言い掛かりをつけられては困る!ここで詳らかにするべきだ!!」
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