上 下
14 / 35

14

しおりを挟む
わたくしが殿下の宮に来てふた月が過ぎようとしている。
その間に婚約披露宴の招待状を手配したり、ネズミ駆除のために罠を仕掛けたり、目まぐるしく動いていた。

「レミティ、少し良いかな?」
「ハルト様!いかがなさいましたか?」

今夜は王太子殿下夫婦とわたくしたちとでディナーの約束がある。
早々に政務を片付けて、わたくしはドレスを選んでいた。

「先ほどようやく出来上がったんだ。これを君に持っていて欲しくてね」

そう言って差し出された殿下が持つ箱には、キラキラと光る髪飾りがあった。

「わぁ…綺麗なエメラルド…」

その箱を覗き込んだわたくしは、思わず感嘆の声を上げる。
銀糸とダイヤで花の形に成された髪飾りは、その真ん中に大ぶりのエメラルドが煌々と輝いていた。
殿下の瞳に負けないくらい、澄んだ新緑の色だ。

「僕のブローチと対になっているんだ。ほら」

そう言って殿下は自分の胸元を指す。
そこには同じように銀糸とダイヤで形成された花飾り。
違うのはエメラルドではなくブラウンの宝石が眩い光を放っていたことだ。

「とても素敵な宝石ですね…。このような煌めきは、わたくしは初めて拝見しました」
「そうだろうね。この宝石は最近発見されたものなんだよ。君の瞳と同じ色で綺麗だろう?」
「わたくしの瞳は何の変哲もない茶色です。こんな風に光って見えるほど美しくはございません…」

わたくしは殿下の胸元のブローチを近くで見ながら、その美しさにため息を吐いた。
なんて素敵な色なんだろう。
光の加減で茶色の奥にオレンジや黄色、そして赤までが透けて見えるようだ。

こんなに美しい宝石と、わたくしの枯れ葉色の瞳とを一緒にしては宝石に失礼と言うものです。
ハルト様も、わたくしを可愛がるあまり目が曇っておいでなのだわ。
昔から言いますもの『恋は盲目』と。

「君がその心を燃やすとき、君の瞳もこの宝石のように複雑に輝くんだよ。君が知らなくても、僕が知っているから大丈夫。君の魅力は僕だけのものだからね」
「ハルト様…」

視線が絡み合い、わたくしたちはゆっくりと唇を重ねた。
こんなに幸せな日常を過ごしても良いのだろうか。

「レミティ、君はこの歳まで毎日勉強詰めだった、こんな風に過ごすのも君の『宿命』なのかもしれないよ」
「…ハルト様ったら……」
「僕の瞳の色の宝石を身につけてくれるかい?」
「えぇ、喜んで」

それから準備を整え、わたくしたちはお揃いのアクセサリーを身につけて、王太子殿下たちの待つ晩餐会へ向かった。
何度か顔合わせをしたわたくしたちは、リラックスした雰囲気で歓談を始める。

「レミエット様、婚約披露宴の準備は順調ですか?」
「はい、ハルト様のご尽力でつつがなく進んでおります」
「ハルトが全て決めてしまったと聞いたぞ。婚約式や結婚式は女性のための催しだろう?」
「兄上、それは幾分か後進的です。愛する人との婚約を祝うのですから僕主導で動いても問題はないでしょう」
「まぁ、ハルト様は本当にレミエット様が大切なのね!」
「おいおい、それじゃあ僕が君を大切にしていないみたいじゃないか~」

ヨレヨレと王太子妃殿下に倒れ掛かるようにして王太子殿下が甘えた。
国王陛下たちも、王太子殿下たちも仲睦まじい夫婦でほほえましい。
時には声を上げて笑い合いながら、和やかに夕食の席は進んでいく。

「…ところで、今夜は二人に相談があってこの席を設けたんだ」

王太子殿下が一つ咳ばらいをして、神妙な面持ちになる。
わたくしと殿下は目を合わせて、王太子殿下の次の言葉を待った。

「やはり、次の世はハルトが王位を継いだ方が良いと思う。『双賢の獅子』たるハルトが王位継承するのが一番自然な流れだと僕は思うんだ」

王太子殿下は妃殿下とお互いに目礼し合ってこちらに目を向ける。
わたくしは殿下が何と答えるか分かる気がした。

「なりません。王に相応しいのは兄上以外おりません。私は王の背後を守るために力をつけました。いくら私が『双賢の獅子』ともてはやされようと、私の王は兄上なのです。兄上こそ『寛容の主君』として国民みなに愛されておいでではないですか。その国民の気持ちを踏みにじると仰るのですか?」
「しかし、私では貴族派、ひいては元老院を御すことが出来そうにもない…」
「ご安心ください、兄上。私たちが卑しいネズミたちを一斉に駆除致します」

そう言って、わたくしの手を握る殿下は確信に満ちた笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】思い込みの激しい方ですね

仲村 嘉高
恋愛
私の婚約者は、なぜか私を「貧乏人」と言います。 私は子爵家で、彼は伯爵家なので、爵位は彼の家の方が上ですが、商売だけに限れば、彼の家はうちの子会社的取引相手です。 家の方針で清廉な生活を心掛けているからでしょうか? タウンハウスが小さいからでしょうか? うちの領地のカントリーハウスを、彼は見た事ありません。 それどころか、「田舎なんて行ってもつまらない」と領地に来た事もありません。 この方、大丈夫なのでしょうか? ※HOT最高4位!ありがとうございます!

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

私の名前を呼ぶ貴方

豆狸
恋愛
婚約解消を申し出たら、セパラシオン様は最後に私の名前を呼んで別れを告げてくださるでしょうか。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

今夜で忘れる。

豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」 そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。 黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。 今はお互いに別の方と婚約しています。 「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」 なろう様でも公開中です。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

処理中です...