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わたくしが殿下の宮に来てふた月が過ぎようとしている。
その間に婚約披露宴の招待状を手配したり、ネズミ駆除のために罠を仕掛けたり、目まぐるしく動いていた。
「レミティ、少し良いかな?」
「ハルト様!いかがなさいましたか?」
今夜は王太子殿下夫婦とわたくしたちとでディナーの約束がある。
早々に政務を片付けて、わたくしはドレスを選んでいた。
「先ほどようやく出来上がったんだ。これを君に持っていて欲しくてね」
そう言って差し出された殿下が持つ箱には、キラキラと光る髪飾りがあった。
「わぁ…綺麗なエメラルド…」
その箱を覗き込んだわたくしは、思わず感嘆の声を上げる。
銀糸とダイヤで花の形に成された髪飾りは、その真ん中に大ぶりのエメラルドが煌々と輝いていた。
殿下の瞳に負けないくらい、澄んだ新緑の色だ。
「僕のブローチと対になっているんだ。ほら」
そう言って殿下は自分の胸元を指す。
そこには同じように銀糸とダイヤで形成された花飾り。
違うのはエメラルドではなくブラウンの宝石が眩い光を放っていたことだ。
「とても素敵な宝石ですね…。このような煌めきは、わたくしは初めて拝見しました」
「そうだろうね。この宝石は最近発見されたものなんだよ。君の瞳と同じ色で綺麗だろう?」
「わたくしの瞳は何の変哲もない茶色です。こんな風に光って見えるほど美しくはございません…」
わたくしは殿下の胸元のブローチを近くで見ながら、その美しさにため息を吐いた。
なんて素敵な色なんだろう。
光の加減で茶色の奥にオレンジや黄色、そして赤までが透けて見えるようだ。
こんなに美しい宝石と、わたくしの枯れ葉色の瞳とを一緒にしては宝石に失礼と言うものです。
ハルト様も、わたくしを可愛がるあまり目が曇っておいでなのだわ。
昔から言いますもの『恋は盲目』と。
「君がその心を燃やすとき、君の瞳もこの宝石のように複雑に輝くんだよ。君が知らなくても、僕が知っているから大丈夫。君の魅力は僕だけのものだからね」
「ハルト様…」
視線が絡み合い、わたくしたちはゆっくりと唇を重ねた。
こんなに幸せな日常を過ごしても良いのだろうか。
「レミティ、君はこの歳まで毎日勉強詰めだった、こんな風に過ごすのも君の『宿命』なのかもしれないよ」
「…ハルト様ったら……」
「僕の瞳の色の宝石を身につけてくれるかい?」
「えぇ、喜んで」
それから準備を整え、わたくしたちはお揃いのアクセサリーを身につけて、王太子殿下たちの待つ晩餐会へ向かった。
何度か顔合わせをしたわたくしたちは、リラックスした雰囲気で歓談を始める。
「レミエット様、婚約披露宴の準備は順調ですか?」
「はい、ハルト様のご尽力でつつがなく進んでおります」
「ハルトが全て決めてしまったと聞いたぞ。婚約式や結婚式は女性のための催しだろう?」
「兄上、それは幾分か後進的です。愛する人との婚約を祝うのですから僕主導で動いても問題はないでしょう」
「まぁ、ハルト様は本当にレミエット様が大切なのね!」
「おいおい、それじゃあ僕が君を大切にしていないみたいじゃないか~」
ヨレヨレと王太子妃殿下に倒れ掛かるようにして王太子殿下が甘えた。
国王陛下たちも、王太子殿下たちも仲睦まじい夫婦でほほえましい。
時には声を上げて笑い合いながら、和やかに夕食の席は進んでいく。
「…ところで、今夜は二人に相談があってこの席を設けたんだ」
王太子殿下が一つ咳ばらいをして、神妙な面持ちになる。
わたくしと殿下は目を合わせて、王太子殿下の次の言葉を待った。
「やはり、次の世はハルトが王位を継いだ方が良いと思う。『双賢の獅子』たるハルトが王位継承するのが一番自然な流れだと僕は思うんだ」
王太子殿下は妃殿下とお互いに目礼し合ってこちらに目を向ける。
わたくしは殿下が何と答えるか分かる気がした。
「なりません。王に相応しいのは兄上以外おりません。私は王の背後を守るために力をつけました。いくら私が『双賢の獅子』ともてはやされようと、私の王は兄上なのです。兄上こそ『寛容の主君』として国民みなに愛されておいでではないですか。その国民の気持ちを踏みにじると仰るのですか?」
「しかし、私では貴族派、ひいては元老院を御すことが出来そうにもない…」
「ご安心ください、兄上。私たちが卑しいネズミたちを一斉に駆除致します」
そう言って、わたくしの手を握る殿下は確信に満ちた笑みを浮かべていた。
その間に婚約披露宴の招待状を手配したり、ネズミ駆除のために罠を仕掛けたり、目まぐるしく動いていた。
「レミティ、少し良いかな?」
「ハルト様!いかがなさいましたか?」
今夜は王太子殿下夫婦とわたくしたちとでディナーの約束がある。
早々に政務を片付けて、わたくしはドレスを選んでいた。
「先ほどようやく出来上がったんだ。これを君に持っていて欲しくてね」
そう言って差し出された殿下が持つ箱には、キラキラと光る髪飾りがあった。
「わぁ…綺麗なエメラルド…」
その箱を覗き込んだわたくしは、思わず感嘆の声を上げる。
銀糸とダイヤで花の形に成された髪飾りは、その真ん中に大ぶりのエメラルドが煌々と輝いていた。
殿下の瞳に負けないくらい、澄んだ新緑の色だ。
「僕のブローチと対になっているんだ。ほら」
そう言って殿下は自分の胸元を指す。
そこには同じように銀糸とダイヤで形成された花飾り。
違うのはエメラルドではなくブラウンの宝石が眩い光を放っていたことだ。
「とても素敵な宝石ですね…。このような煌めきは、わたくしは初めて拝見しました」
「そうだろうね。この宝石は最近発見されたものなんだよ。君の瞳と同じ色で綺麗だろう?」
「わたくしの瞳は何の変哲もない茶色です。こんな風に光って見えるほど美しくはございません…」
わたくしは殿下の胸元のブローチを近くで見ながら、その美しさにため息を吐いた。
なんて素敵な色なんだろう。
光の加減で茶色の奥にオレンジや黄色、そして赤までが透けて見えるようだ。
こんなに美しい宝石と、わたくしの枯れ葉色の瞳とを一緒にしては宝石に失礼と言うものです。
ハルト様も、わたくしを可愛がるあまり目が曇っておいでなのだわ。
昔から言いますもの『恋は盲目』と。
「君がその心を燃やすとき、君の瞳もこの宝石のように複雑に輝くんだよ。君が知らなくても、僕が知っているから大丈夫。君の魅力は僕だけのものだからね」
「ハルト様…」
視線が絡み合い、わたくしたちはゆっくりと唇を重ねた。
こんなに幸せな日常を過ごしても良いのだろうか。
「レミティ、君はこの歳まで毎日勉強詰めだった、こんな風に過ごすのも君の『宿命』なのかもしれないよ」
「…ハルト様ったら……」
「僕の瞳の色の宝石を身につけてくれるかい?」
「えぇ、喜んで」
それから準備を整え、わたくしたちはお揃いのアクセサリーを身につけて、王太子殿下たちの待つ晩餐会へ向かった。
何度か顔合わせをしたわたくしたちは、リラックスした雰囲気で歓談を始める。
「レミエット様、婚約披露宴の準備は順調ですか?」
「はい、ハルト様のご尽力でつつがなく進んでおります」
「ハルトが全て決めてしまったと聞いたぞ。婚約式や結婚式は女性のための催しだろう?」
「兄上、それは幾分か後進的です。愛する人との婚約を祝うのですから僕主導で動いても問題はないでしょう」
「まぁ、ハルト様は本当にレミエット様が大切なのね!」
「おいおい、それじゃあ僕が君を大切にしていないみたいじゃないか~」
ヨレヨレと王太子妃殿下に倒れ掛かるようにして王太子殿下が甘えた。
国王陛下たちも、王太子殿下たちも仲睦まじい夫婦でほほえましい。
時には声を上げて笑い合いながら、和やかに夕食の席は進んでいく。
「…ところで、今夜は二人に相談があってこの席を設けたんだ」
王太子殿下が一つ咳ばらいをして、神妙な面持ちになる。
わたくしと殿下は目を合わせて、王太子殿下の次の言葉を待った。
「やはり、次の世はハルトが王位を継いだ方が良いと思う。『双賢の獅子』たるハルトが王位継承するのが一番自然な流れだと僕は思うんだ」
王太子殿下は妃殿下とお互いに目礼し合ってこちらに目を向ける。
わたくしは殿下が何と答えるか分かる気がした。
「なりません。王に相応しいのは兄上以外おりません。私は王の背後を守るために力をつけました。いくら私が『双賢の獅子』ともてはやされようと、私の王は兄上なのです。兄上こそ『寛容の主君』として国民みなに愛されておいでではないですか。その国民の気持ちを踏みにじると仰るのですか?」
「しかし、私では貴族派、ひいては元老院を御すことが出来そうにもない…」
「ご安心ください、兄上。私たちが卑しいネズミたちを一斉に駆除致します」
そう言って、わたくしの手を握る殿下は確信に満ちた笑みを浮かべていた。
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