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次の日から、わたくしと殿下は公爵家の内偵を始めた。
とは言え、実は前々から公爵家への調査を殿下は秘密裏に行っていたらしい。
あの莫大な資産が平民から徴収する税で成り立っているとは思えないからだ。

「もちろん、一番の理由は君を取り戻すためだけどね。僕が本格的に動く前にあちらから君を手放してくれて助かった」

執務室で机に向かいながら、こともなげに甘言を紡ぐ殿下にどう反応したら良いか悩んでしまう。
今日も朝から殿下に優しく起こされて、一緒に朝食を摂りながら愛の囁きを受けたばかりだ。
殿下は侍女や補佐官が居ても、お構いなしに甘い言葉やキスをくれる。
侍女も補佐官も素知らぬ顔で淡々と各々の役割を果たしていた。
慣れていないわたくしは、その都度アワアワと慌てる羽目になるのだ。

「ハルト様、わたくしは真面目に…」
「僕は大真面目なんだけどな。僕の最優先事項はいつでも君だよ」
「……」

第二王子である殿下がわたくしを最優先にするなんてあり得ないし、あってはいけないことだ。
けれども、そんな言葉をくれる殿下にわたくしは心をキュンキュンと走らせるしかない。

「…殿下、レミエット侯爵令嬢様がお困りです。はしゃぎ過ぎると、せっかくの婚約を破棄されてしまいますよ」
「なんだと!?レミティ、君が僕の婚約者になってくれたのが嬉しくて、嬉しくて、ついつい調子に乗ってしまったが、君を困らせたいわけではないんだ。ただ僕の本心を伝えたいだけだよ。レミティ、僕は君を愛している。君をまた失ってしまったら、僕一人ではなにも出来ない木偶でくに逆戻りだ…。お願いだから僕を見限らないでくれ…!」
「お、落ち着いてくださいませ、ハルト様。わたくしは婚約破棄など考えておりません!」

政務机から応接ソファーに座るわたくしの元にツカツカと歩み寄った殿下が、その勢いそのままにわたくしの両手を握り締め美しい相貌をグイグイと近付けてくる。
至近距離で捕らえられてしまって、わたくしは息も吐けない。

「良かった…。君の愛が冷めないように、今から温めに行こうか?おいで、僕の愛しいひと…」
「ハ、ハルト様!まだ政務時間中でしょう!?そのような御戯れは第二王子の名折れです!!!」

腰元に腕を回され、わたくしの唇に殿下の吐息がかかるほど顔を近付けられて、心臓が飛び出す程に高鳴る。
昨夜は月明かりだけが照らす薄暗い馬車の中だったから、口付けもなんとか受け止められた。
けれど今は日の光が煌々とさす午前中だ。
まだ陽も昇り切っていない内から、口付けが出来るほどわたくしは大人ではない。

「あぁ、僕のレミティは容赦がない。けれど、その気高さが僕を射止めて離さないんだ。愛しているよ、レミティ」

殿下はわたくしの額に掠めるようなキスをして、わたくしの両手を自由にした。
そして、わたくしとの間にほんの僅かに距離を取り補佐官へ目視すると、優秀な補佐官は大きな洋紙をソファーの前にあるローテーブルに広げる。
何事かと思っていると、殿下の瞳がわたくしに洋紙を見るように誘った。

「これは公爵家の出納帳の写しだよ。実は僕の信頼のおける者を数カ月前から公爵家へ潜入させていてね、その者が数日前に持ち込んだんだ。所々怪しい箇所が散見されるから、そこを突けばいくらでも綻びは出ると思う」
「……確かに、この年は水害が多くて農地の収益は少なかったはずです。こんなに税が納められたはずがありません…」
「さすがだね、レミティ。それじゃあ、この部分は?」

殿下がトントンと示す先の数字を読み解く。
すず、鉛この2つの材料の買い入れが激しい。
買い入れ理由に【城の建て増し工事のため】とあるが、それなら木材と石が入っていないと変だ。
木材と石の購入もあるにはあるが、城の骨組みにはそぐわない木炭用の木と、硝石ばかりで建て増し工事には必要そうもない。
これらの材料の組み合わせで考えられるものとしては…。

「まるで武器商人を目指しているかのようですね」

公爵家にはわたくしの父から奪った鉄山がある。
そこで取れた鉄と買い付けた錫、鉛はオルガン銃や大砲の銃身になるし、硝石と木炭からは火薬が作れるはずだ。

「やっぱり、僕のレミティは凄いなぁ…。それに一瞬で気が付くなんて、惚れ直してしまうよ」

僅かに空けた隙間を、殿下自身が埋めるようににじり寄る。
わたくしは出納帳と補佐官を交互に見遣りながら、殿下の腕に絡め取られるのだった。
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