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あの頃の僕は今とは違って軟弱で、よく女の子と間違えられていた。
人前に出るのも怖くて、泣いて泣いて散々陛下や王妃殿下を困らせていたんだ。
その日も妃殿下に連れられて、無理やりに貴族の子息や令嬢が集まるお茶会に参加させられていた。
僕は従者の目を盗み、庭の木陰に身を隠したんだ。
あれは僕たちが6歳の春。
君は侯爵令嬢として既に頭角を現していて、音楽会や文学コンクールを総なめにしていたね。
君のお父様の事業も順調で、あのままであれば僕の婚約者に、と内々で話も出ていたんだ。
だから僕は君の顔を知っていたけど、君は僕を『内気なご令嬢』として認知したね。
「あら~?あなた、お名前は~?」
陽だまりのような笑顔を咲かせて、木陰で泣きべそをかいていた僕に君が声を掛けた。
僕たちのいないお茶会は和やかに進められていて、時々大きな笑い声が聞こえる。
「わたくしはレミエットよ。レミティと呼んでちょうだい。はじめましてね?」
可愛らしくもきちんとしたカーテシーをした君は、もう一度ニッコリと笑いかけてくれたね。
その笑顔が眩しくて、僕は涙ぐむのをやめたんだ。
「ど~して泣いているのかしら?ガーデンパーティーはおきらい?お外よりもお部屋のなかがお好き?」
小首を傾げながら、舌足らずな口でも懸命に言葉を掛けてくれる君が可愛くて、僕は照れてしまってなかなか話し出せなかった。
君は訳知り顔をして僕の隣に腰かけ、僕の言葉を急かさずに待ってくれたね。
日ごろから周りに「しっかりなさい!」「それでは第二王子の名が廃る」と叱責されてばかりだった僕は、それだけでも救われた気がしたんだ。
「…外は好きだけど、人が怖いから……」
小さく答えた僕の声に、君は笑うでもなく怒るでもなく落胆するでもなく、うんうん頷いてくれた。
「わたくしたち令嬢は、人の目に生かされているわ。笑うことも、泣くことも、ぜんぶ見られているのよ。お勉強も、出来てあたりまえだし、馬にも乗れなきゃ笑われちゃう。だから人が怖くなるわよね、わかるわ」
お姉さんぶっているのか、目をつぶって「そうね、そうね」と頷き続ける君が可愛かった。
「けれど、それがわたくしたち貴族令嬢の『しゅくめい』なのよ。平民から得た財で、わたくしたち貴族の生活はなりたっているの。だからこそ、お互いのことを『かんし』して『いましめ』合ってる」
君は目を開いて前を見据えて話し出した。
その枯れ葉色の瞳の奥にユラユラと燃える炎を見た気がしたんだ。
「お勉強して、いざという時のために武芸もみがいて、地位におごることなく強い意志を持たなくちゃ、働いて税をおさめる平民に申し訳がたたないわ。そんな領主は平民に追い出されても、文句は言えないのよ!」
「…そうだね」
「でも心配しなくても大丈夫よ。わたくしたち令嬢が、だんな様となる方のお隣で支えていれば、その方が間違うことはないわ。だからこそ、わたくしたち令嬢は男の子よりも厳しいマナーを教えられるし、未来のだんな様に恥をかかせないように着飾るの!」
「……君の未来のだんな様は決まっているの?」
「わたくし?まだよ!けれど、どんなだんな様でも、わたくしはしっかりと支えるわ。それがわたくしの『しゅくめい』だから」
「…もしも、君のだんな様が周りの期待に負ける弱い人だったらどうするの?」
「わたくしのだんな様ですもの、きっと負けないわ。お勉強だって武芸だって、なんだってカッコ良くこなしてくれなきゃ、わたくしの心は差し上げられないもの。わたくしは、例え『せいりゃくけっこん』だとしても、だんな様を好きになって愛して、そして添い遂げたいと思っているわ」
そう言って笑った君は春の陽だまりよりもあたたかくて、僕の心は雪解けみたいに優しく流れた。
君に似合う男になりたい。
そして君を僕の伴侶にしたい。
その一心で僕はそれまでの弱い自分と決別した。
あの時の出会いがあったから、今の僕が居るんだ。
僕はあの日から、ずっとずっと君に焦がれていたんだよ。
君の気高さは美しい。
僕はそんな君の隣に立つために、今日まで努力してきたんだ。
人前に出るのも怖くて、泣いて泣いて散々陛下や王妃殿下を困らせていたんだ。
その日も妃殿下に連れられて、無理やりに貴族の子息や令嬢が集まるお茶会に参加させられていた。
僕は従者の目を盗み、庭の木陰に身を隠したんだ。
あれは僕たちが6歳の春。
君は侯爵令嬢として既に頭角を現していて、音楽会や文学コンクールを総なめにしていたね。
君のお父様の事業も順調で、あのままであれば僕の婚約者に、と内々で話も出ていたんだ。
だから僕は君の顔を知っていたけど、君は僕を『内気なご令嬢』として認知したね。
「あら~?あなた、お名前は~?」
陽だまりのような笑顔を咲かせて、木陰で泣きべそをかいていた僕に君が声を掛けた。
僕たちのいないお茶会は和やかに進められていて、時々大きな笑い声が聞こえる。
「わたくしはレミエットよ。レミティと呼んでちょうだい。はじめましてね?」
可愛らしくもきちんとしたカーテシーをした君は、もう一度ニッコリと笑いかけてくれたね。
その笑顔が眩しくて、僕は涙ぐむのをやめたんだ。
「ど~して泣いているのかしら?ガーデンパーティーはおきらい?お外よりもお部屋のなかがお好き?」
小首を傾げながら、舌足らずな口でも懸命に言葉を掛けてくれる君が可愛くて、僕は照れてしまってなかなか話し出せなかった。
君は訳知り顔をして僕の隣に腰かけ、僕の言葉を急かさずに待ってくれたね。
日ごろから周りに「しっかりなさい!」「それでは第二王子の名が廃る」と叱責されてばかりだった僕は、それだけでも救われた気がしたんだ。
「…外は好きだけど、人が怖いから……」
小さく答えた僕の声に、君は笑うでもなく怒るでもなく落胆するでもなく、うんうん頷いてくれた。
「わたくしたち令嬢は、人の目に生かされているわ。笑うことも、泣くことも、ぜんぶ見られているのよ。お勉強も、出来てあたりまえだし、馬にも乗れなきゃ笑われちゃう。だから人が怖くなるわよね、わかるわ」
お姉さんぶっているのか、目をつぶって「そうね、そうね」と頷き続ける君が可愛かった。
「けれど、それがわたくしたち貴族令嬢の『しゅくめい』なのよ。平民から得た財で、わたくしたち貴族の生活はなりたっているの。だからこそ、お互いのことを『かんし』して『いましめ』合ってる」
君は目を開いて前を見据えて話し出した。
その枯れ葉色の瞳の奥にユラユラと燃える炎を見た気がしたんだ。
「お勉強して、いざという時のために武芸もみがいて、地位におごることなく強い意志を持たなくちゃ、働いて税をおさめる平民に申し訳がたたないわ。そんな領主は平民に追い出されても、文句は言えないのよ!」
「…そうだね」
「でも心配しなくても大丈夫よ。わたくしたち令嬢が、だんな様となる方のお隣で支えていれば、その方が間違うことはないわ。だからこそ、わたくしたち令嬢は男の子よりも厳しいマナーを教えられるし、未来のだんな様に恥をかかせないように着飾るの!」
「……君の未来のだんな様は決まっているの?」
「わたくし?まだよ!けれど、どんなだんな様でも、わたくしはしっかりと支えるわ。それがわたくしの『しゅくめい』だから」
「…もしも、君のだんな様が周りの期待に負ける弱い人だったらどうするの?」
「わたくしのだんな様ですもの、きっと負けないわ。お勉強だって武芸だって、なんだってカッコ良くこなしてくれなきゃ、わたくしの心は差し上げられないもの。わたくしは、例え『せいりゃくけっこん』だとしても、だんな様を好きになって愛して、そして添い遂げたいと思っているわ」
そう言って笑った君は春の陽だまりよりもあたたかくて、僕の心は雪解けみたいに優しく流れた。
君に似合う男になりたい。
そして君を僕の伴侶にしたい。
その一心で僕はそれまでの弱い自分と決別した。
あの時の出会いがあったから、今の僕が居るんだ。
僕はあの日から、ずっとずっと君に焦がれていたんだよ。
君の気高さは美しい。
僕はそんな君の隣に立つために、今日まで努力してきたんだ。
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