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「五月蠅くてかなわないな。これじゃレミティとゆっくり会話も出来やしない」

ため息を吐きながら、殿下がわたくしの腰元にあてた手に力を込める。
そのままわたくしを優雅にエスコートして、騒めく貴族の面々の前に立つ。

「今夜は場を乱してすまなかった!後日、私たちの婚約披露宴を行う。私の婚約者の美しい姿を一人でも多くの者に見てもらいたい。今、ここに集まった者たちは必ず参加するように!」

殿下はわたくしの腰元を左手で抱きながら、右手を大きく広げてそう宣言した。
観衆たちは大歓声を上げ、頷いている者もあれば、力強く両手を叩いている者もいる。
口々に祝福の声をかけられて、わたくしは夢の世界に迷い込んでしまった気になった。

「殿下、わたくしは…」
「僕のレミティ、僕のことはどうぞハルトと呼んで欲しい。愛称は僕の家族にしか許していない。僕の家族になる君には、敬称ではなく愛称で呼ばれたい」

梢を敷き詰めたような緑の瞳が殿下の人柄を表している。
爽やかな風が吹きそうなほど新緑の双眼はわたくしを優しく包み込んでくれた。

「…ハルト……様…」
「うん!今後はずっとそう呼ぶようにね。これから婚約の準備で忙しくなるよ。僕たちの仲ももっと深めなくちゃいけないし、今夜からは僕の宮に住んでもらうからね」
「なっ…、突然そのようなことを仰られても…」
「君のご両親に許しは得てるよ。ご両親から『今まで負担をかけてすまない』と言伝を頼まれた」
「お父様、お母様…」
「レミティ、君は今まで厳しい公爵夫人教育に耐えてきた。…正直、王族の僕の婚約者となることで、また君に無理をさせてしまうかもしれない。けれど、僕の隣に立つのは君以外考えられないんだ」
「ハルト様…」
「お願いだ、レミティ。君がいないと僕は腑抜けとなってしまう。哀れな僕に君と伴侶になる権利をくれないか?」

先ほどまで騒いでいた面々がしーんと静まり返る。
膝をつき、左手を胸に当て、右手をわたくしに差し出す殿下は嘘みたいに美しくて、展覧会で一度だけ目にした宗教画のような神々しさだ。

この手を取っても良いのかしら。
婚約が決まった後に何度か殿下にお会いして、その美しさに淡い恋心を抱いておりました。
けれど、わたくしに第二王子の妃が務まるのかしら…。
グレゴリオにさえ可愛げのない女と切り捨てられてしまうこのわたくしが、殿下にそぐう器量があると思えませんわ…。

『僕は僕の背中に隠れて安穏と生きるだけの令嬢は要らない。僕の背中を一人で追って来れるだけの実力がないと、僕の愛は捧げられない』

先ほどの殿下の言葉がわたくしの心を揺り動かす。
おずおずと殿下の右手を取ると、美しい殿下の相貌がひときわ輝きを増した。

「良かった!レミエット嬢の聡明さが公爵家に埋もれたら勿体ないと思っていたんだ!!」
「あぁ!なんて素晴らしい婚約なんだ!!この国は安泰だ!!!」

次々に上がる称賛の声に目まぐるしく頭を動かす。
けれど、今まで経験したことのないほどの心臓の律動が、わたくしの思考を鈍らせた。
だからかもしれない、殿下がわたくしの体を抱き上げるのを予期できず、大衆の面前で殿下に横抱きにされてしまう。

「で、殿下!!!」
「ハルトだろう?しかし軽過ぎるな。せめて玄関ホールまで、と思ったが、このまま宮まで連れて行けそうだ」
「ダ、ダメです!今すぐおろしてくださいませ」
「顔を赤くして……本当に可愛らしい。心配しなくても僕は君の可愛さを分かっているつもりだよ。安心して僕に愛されて欲しい」

そう言って頬に口付けをくれる殿下は、慈愛に満ちた目をしていた。

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