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「レミエット、未来の公爵夫人を傷付けたとが、しかとあらためさせてもらおう!お前たちその者を捕らえよ!!」

公爵邸の衛兵たちが戸惑いながらも、わたくしの両腕を拘束する。
主人の命令は絶対なので、訳の分からぬまま、そうせざるを得ない彼らを不憫に思ってしまった。
公爵家の世継ぎとして、可愛がられ愛され、己の欲の赴くままに育ったグレゴリオは、18歳を迎えてもなお、善悪の判断がつかず、従者を己の好きに動かせる駒だと考えている。

「坊ちゃま、こ、このようなことをされて、本当によろしいので?」

可哀想にダラダラと飛沫しぶきでも飛びそうなくらい、冷や汗を大量に掻いた衛兵が口を挟んだ。
成人を迎えた彼を、本来ならば『小公爵』と呼ぶべきだが、この家の者は未だに『坊っちゃま』扱いをしているらしい。
そんなことだから、いくつになっても莫迦なのだ。

「お前たちは私の言う通りにすればいい!!」

イライラと声を荒げるこの家の跡取りに、衛兵たちはオロオロと頭を下げながら、拘束したわたくしの腕を締め上げて来る。

「っ…!」

あまりの力の強さに顔を顰めてしまった。

「レミエット、これから婚約破棄の訴状を読み上げる。心して聞くが良い」

下卑た笑みを口元にはりつけて、グレゴリオが傍に立つ執事に指示を出す。
顔を青くした執事は、それでも主人の指示に従うしかなく、弱々しい声で訴状を読み始める。

「レミエット侯爵令嬢は、ラミア男爵令嬢へ非道な行いをなさいました。その行いはおぞましく、未来の公爵夫人としてとても受け入れがたいことでございます。よって、ここにレミエット侯爵令嬢との婚約を破棄し、同時にラミア男爵令嬢をグレゴリオ小公爵の婚約者として改める所存でございます」

呆れた。
わたくしへの訴状としてお粗末以外の何物でもないわ。

「何か申し開きがあるのなら聞こうではないか。私は負け犬の言を退けるほど矮小な男ではないからな」

わたくしを女狐と称したり、負け犬と称したり忙しい男ね。
そもそも、わたくしが何をしたか具体的なことを何一つ顕かにしていない訴状に何を申し開きすれば良いのかしら。

「…なんだ?ハッ!!何も言えないのか?先ほどまで大口を叩いていたのは私の見間違いだろうか?」
「グレゴリオ様ぁ♡あんまり虐めちゃ可哀そうですよぉ♡」
「ラミアはあのような者にまで情けをかけるのか…。なんと慈悲深い…聖母マリアのようだ」
「そんなぁ♡嬉しいですぅぅ♡」

今ならへそで茶を沸かせそうだわ。
貴方は昔からわたくしの可愛げのない態度が気に入らないとおっしゃておいででしたわね。
…わたくしも、彼女のように貴方に媚びていれば何かが変わったかしら。

「…それで?結局、わたくしはどんな咎で責められておりますの?具体的なことが何一つ書いてございませんから、ちっとも分かりませんわ」
「それは、お前の胸に手を当ててよーっく考えるんだな!!」
「つまり、なんの確証もなくこのような行いに至ったと?証拠もないのに侯爵令嬢であるわたくしを貶めるおつもりなら、ただじゃ済みませんよ!」
「しょ、証拠なら、このラミア男爵令嬢自身が証拠、いや証人だ!!彼女はお前から辛い虐めに遭っていたんだ。ドレスを破り、階段から突き落とし、彼女に大けがを負わせたそうじゃないか!!!」
「それはいつのお話ですの?わたくしの記憶にはございませんけど…」
「ひっどぉぉい!しらばっくれるんですかぁ、レミエット様ぁ」
「…わたくしは貴女に名前で呼ぶ許可を出した覚えはございませんが?それなりの覚悟を持っての愚行ですわよね?」
「やだぁぁ!ほらぁ、グレゴリオ様ぁ~、いっつもああやって私を虐めるんですよぉぉ、怖いですぅ♡」
「ついに性根を現したな、性悪女め!!お前たち、その女を牢にぶち込め!!!」

わたくしの腕を掴んだままの衛兵が、またもや情けない声を出す。

「え…?と、申されましても…。ざ、罪状は?まさか、今の男爵令嬢に対する言に対してとは仰いませんよね?それではあまりにも…」

主が莫迦でも、働いている者たちは幾分かマシな教養を持っているようだ。
さて、この状況をどう納めるべきかしら…。
わたくしが逡巡していると、ダンスホールに降りる階段の上方から涼やかな声が掛けられる。

「良ければ、その話は僕に預からせてくれないかい?」

ダンスホールの面々はもちろん、わたくしもその声の主に視線を向ける。
思ってもみなかった人物がそこに立っていて、わたくしは質の悪い夢を見ている気分だった。

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