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ドキドキ同棲編
美女との対決①
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それから私たちは三富くんから美女の来店の報せを待った。
パーティーの夜にあれだけ息巻いていたのだから、すぐに会えるだろうと思っていたし、三富くんも「即日連絡することになりそうだよ」なんて言っていたのに、意外なことに連絡が来たのは作戦会議の日から一週間近く経ってからだった。
「待ちに待った……って言ったらおかしいけど、ようやく対決出来るのかと思うと、ちょっとウキウキする」
「希帆さん、もうちょっと緊張感のある顔にしようか? 今のままだと向こうに『私に会えて嬉しいのね! やっぱり私、最高!』って思わせちゃうよ」
おろろ。確かに。あの美女ならそう言う自己解釈をしそうだ。
私は自分の両頬を張って気合をいれる。
ペチペチと叩くとプルプルと震える。
潤いでしょうか? いいえ、ただの頬肉の弛みです。
ちょっと力を込め過ぎた。頬も心も痛いでござる。
チリン、チリーン
いつもの鈴の音が私たちを出迎えてくれる。
ドアを開けてくれた大輔くんは、普段は私を先に入店させるのに、今夜は私の前に立って店内に歩を進めた。
悪の手から私を守るかのように、大きな手で私の手を引いてくれながら。
「いらっしゃい。……例のお客様は19:30までにはご来店なさる予定だよ。席のリザーブの電話があったから」
三富くんがハンチング帽のツバを軽く持ち上げて会釈をしつつ、私の普段の指定席とは逆側のカウンター席に視線を移した。
その視線を追うと「予約席」の札が二席分置いてある。
「いつも二席予約するんだよ。大輔くん用の席なんだって。毎回大輔くんの分のカクテルも頼んで、大輔くんが来るのを閉店時間までじっと待ってる」
真顔の三富くんが大輔くんに肩をすくめて見せた。
大輔くんは眉間に深い皺を作り、大輔くんが引いてくれた椅子に座ろうとしていた私はポカンと口を開く。
「……一応言っておくけど、会う約束なんてしてないからね? 俺」
私に膝掛けをかけてくれながら、大輔くんが唸る。
うんうん、と頷いてその頭を撫でると、私の手にグリグリと頭を擦り付けられた。
三富くんは「ご愁傷様」とでも言う風な表情をつくり、一旦キッチンに引っ込んでいく。
ピピピピ、とタイマーが忙しなく鳴っている。
下戸の私のために、なにかしら食べ物を用意してくれているのだろう。
「どうしよう。飲まないとやってられない気分なんだけど」
私と美女を対峙させないためか、美女の予約席側に腰をおろした大輔くんはそう言ってカウンターに突っ伏する。
暖かみのある照明が、大輔くんの髪を柔らかく照らした。
彼の艶やかな髪がライトアップされたことで、余計にキラキラと輝いている。
私は目を細めながらその髪を撫でた。
サラサラの指通りに頬を緩めていると、やおら大輔くんが腰元に抱き着いてくる。
「会う前から憂鬱さしかないけど、こうやって甘えられるならいっか~。希帆さんに頭撫でられるの好きだよ。気持ち良い」
「にゃはは。大輔くんって本当モップにそっくり」
「モップ? 俺の髪、そんなにモサモサ?」
「ああ、ごめんごめん、モップって言うのは……」
チリン、チリーン
自分の言葉の意味を大輔くんに説明しようとしたところで、来訪を告げる店先の鈴の音。
私は僅かに緊張しながらそちらを振り返った。
その先に居たのは美女、ではあるけど例の美女ではない。
「あらま! 希帆じゃん!!」
二児の母とは思えない、まるで西洋のお人形さんみたいに愛くるしい顔に華奢な身体。
りゅうにぃの奥さんで、私と由香里のお姉ちゃん。
「みゆねぇ!」
見知ったどころか身内の顔を見てホッと息を吐く。
一瞬の緊張の後に訪れた超安心材料に、私のプルプルの頬はだらしなく弛緩してしまう。
「ちょうど良かった~。希帆も呼ぼうか迷ってたのよ。一人なら一緒に飲まない? っと、誰かと一緒か……。おん? もしかして、その子が噂の大輔くん?」
駆け寄った私の鼻先を優しく抓りながら、みゆねぇが向日葵みたいに燦燦と笑った。
そしてカウンター席で勢いよく立ち上がる大輔くんに目を向け、細い首をこっくりと傾ける。
「う、うん。えっと、彼氏の大輔くん……です」
「初めまして。希帆さんとお付き合いさせて頂いてます。大輔です。よろしくお願いします」
折り目正しい挨拶をする大輔くんに、みゆねぇが満足気に目を細めた。
その見た目に反してみゆねぇは体育会系だから礼節を重んじる。
この様子だと大輔くんの対応は合格のようだ。
「丁寧にありがとう。私は龍臣の妻で、この子のお姉ちゃん代わりの美由希と言います。これからよろしくね、大輔くん」
みゆねぇが差し出した右手を、大輔くんは両手でしっかりと握った。
そのまま固く握手を交わしたところで、三富くんがキッチンから顔を出す。
「美由希さん、いらっしゃいませ。待ち合わせの方は少し遅れるそうですよ」
「おん? みゆねぇ、誰と待ち合わせしてるの? りゅうにぃ?」
「龍臣は逸弥と出掛けてる。私は久々に『モップ』とサシ飲みだよん」
みゆねぇの言葉に、隣に立つ大輔くんが「モップ……?」と呟いた。先ほどの説明を宙に浮かせたままだ。
「あのね『モップ』はね、小さい頃に可愛がってた近所の大型犬なんだ。頭を撫でられるのが大好きで、私に一番懐いてて、遠くで呼んでも直ぐに駆けつけてくれる良い子で……」
「そのワンちゃんに、俺が似てるって?」
「……う」
だ、だって! キラキラと目を輝かせながら頭を手に摺り寄せて来るところとか、呼べば瞬時に駆け付けてくれるのはもちろん、呼んでもないのに気付いたら傍にピッタリくっついてるところとか……すっごくそっくりなんだもん!
まぁ、でも、犬に似てるなんてちょっと失礼だったかな。
そう思って大輔くんをチロリと見上げると、にっこり笑顔を返された。なんか怖い。
「そんなこと言ってると、モップ二世が黙ってないよ~?」
良いのかな~? なんて悪徳顔で笑っているみゆねぇは、大輔くんの席と反対側の私の隣を陣取った。
三富くんが私たちの分も含めて順番にお絞りを手渡してくれる。
梅雨明け宣言以降グングンと気温が伸びているので、冬場と違ってひんやりした冷たいお絞りだ。
先ほど大輔くんがかけてくれた膝掛けも、ガーゼ生地で涼しい。店内は程よい冷気に満ちているけれど、エアコンの風が直にあたらないように調整されている。
快適だな、なんて思いながらみゆねぇに言葉を返す。
「も~! みゆねぇ! いい加減にモップ呼びじゃなくて名前で呼んであげなよ」
「モップが死んじゃったときに、希帆があんまりにも泣くもんだから自分で宣言したんじゃん。『自分がモップ二世になるっす!』って。だから、アイツは『モップ』なの。今でも希帆の従順な僕なんだし」
「もう二十年も前の話じゃん……。流石に四十台の男の人を犬呼ばわりするのは良くないよ……」
「希帆さん、誰の話してるの?」
「あ~……。えっと……」
どう説明するか迷っていると、後方の扉が鈴の音と共に開く。
それからけたたましい足音がしたかと思うと、私の身体にズシリと荷重がかかる。
「姉御~! お久しぶりっす~! いらっしゃるとは思わなかったので、お会いできて嬉しいっす~!!」
私の肩に両手を乗せてニコニコと笑って居るのは、私より一回り以上も年嵩の園田くんその人だ。
パーティーの夜にあれだけ息巻いていたのだから、すぐに会えるだろうと思っていたし、三富くんも「即日連絡することになりそうだよ」なんて言っていたのに、意外なことに連絡が来たのは作戦会議の日から一週間近く経ってからだった。
「待ちに待った……って言ったらおかしいけど、ようやく対決出来るのかと思うと、ちょっとウキウキする」
「希帆さん、もうちょっと緊張感のある顔にしようか? 今のままだと向こうに『私に会えて嬉しいのね! やっぱり私、最高!』って思わせちゃうよ」
おろろ。確かに。あの美女ならそう言う自己解釈をしそうだ。
私は自分の両頬を張って気合をいれる。
ペチペチと叩くとプルプルと震える。
潤いでしょうか? いいえ、ただの頬肉の弛みです。
ちょっと力を込め過ぎた。頬も心も痛いでござる。
チリン、チリーン
いつもの鈴の音が私たちを出迎えてくれる。
ドアを開けてくれた大輔くんは、普段は私を先に入店させるのに、今夜は私の前に立って店内に歩を進めた。
悪の手から私を守るかのように、大きな手で私の手を引いてくれながら。
「いらっしゃい。……例のお客様は19:30までにはご来店なさる予定だよ。席のリザーブの電話があったから」
三富くんがハンチング帽のツバを軽く持ち上げて会釈をしつつ、私の普段の指定席とは逆側のカウンター席に視線を移した。
その視線を追うと「予約席」の札が二席分置いてある。
「いつも二席予約するんだよ。大輔くん用の席なんだって。毎回大輔くんの分のカクテルも頼んで、大輔くんが来るのを閉店時間までじっと待ってる」
真顔の三富くんが大輔くんに肩をすくめて見せた。
大輔くんは眉間に深い皺を作り、大輔くんが引いてくれた椅子に座ろうとしていた私はポカンと口を開く。
「……一応言っておくけど、会う約束なんてしてないからね? 俺」
私に膝掛けをかけてくれながら、大輔くんが唸る。
うんうん、と頷いてその頭を撫でると、私の手にグリグリと頭を擦り付けられた。
三富くんは「ご愁傷様」とでも言う風な表情をつくり、一旦キッチンに引っ込んでいく。
ピピピピ、とタイマーが忙しなく鳴っている。
下戸の私のために、なにかしら食べ物を用意してくれているのだろう。
「どうしよう。飲まないとやってられない気分なんだけど」
私と美女を対峙させないためか、美女の予約席側に腰をおろした大輔くんはそう言ってカウンターに突っ伏する。
暖かみのある照明が、大輔くんの髪を柔らかく照らした。
彼の艶やかな髪がライトアップされたことで、余計にキラキラと輝いている。
私は目を細めながらその髪を撫でた。
サラサラの指通りに頬を緩めていると、やおら大輔くんが腰元に抱き着いてくる。
「会う前から憂鬱さしかないけど、こうやって甘えられるならいっか~。希帆さんに頭撫でられるの好きだよ。気持ち良い」
「にゃはは。大輔くんって本当モップにそっくり」
「モップ? 俺の髪、そんなにモサモサ?」
「ああ、ごめんごめん、モップって言うのは……」
チリン、チリーン
自分の言葉の意味を大輔くんに説明しようとしたところで、来訪を告げる店先の鈴の音。
私は僅かに緊張しながらそちらを振り返った。
その先に居たのは美女、ではあるけど例の美女ではない。
「あらま! 希帆じゃん!!」
二児の母とは思えない、まるで西洋のお人形さんみたいに愛くるしい顔に華奢な身体。
りゅうにぃの奥さんで、私と由香里のお姉ちゃん。
「みゆねぇ!」
見知ったどころか身内の顔を見てホッと息を吐く。
一瞬の緊張の後に訪れた超安心材料に、私のプルプルの頬はだらしなく弛緩してしまう。
「ちょうど良かった~。希帆も呼ぼうか迷ってたのよ。一人なら一緒に飲まない? っと、誰かと一緒か……。おん? もしかして、その子が噂の大輔くん?」
駆け寄った私の鼻先を優しく抓りながら、みゆねぇが向日葵みたいに燦燦と笑った。
そしてカウンター席で勢いよく立ち上がる大輔くんに目を向け、細い首をこっくりと傾ける。
「う、うん。えっと、彼氏の大輔くん……です」
「初めまして。希帆さんとお付き合いさせて頂いてます。大輔です。よろしくお願いします」
折り目正しい挨拶をする大輔くんに、みゆねぇが満足気に目を細めた。
その見た目に反してみゆねぇは体育会系だから礼節を重んじる。
この様子だと大輔くんの対応は合格のようだ。
「丁寧にありがとう。私は龍臣の妻で、この子のお姉ちゃん代わりの美由希と言います。これからよろしくね、大輔くん」
みゆねぇが差し出した右手を、大輔くんは両手でしっかりと握った。
そのまま固く握手を交わしたところで、三富くんがキッチンから顔を出す。
「美由希さん、いらっしゃいませ。待ち合わせの方は少し遅れるそうですよ」
「おん? みゆねぇ、誰と待ち合わせしてるの? りゅうにぃ?」
「龍臣は逸弥と出掛けてる。私は久々に『モップ』とサシ飲みだよん」
みゆねぇの言葉に、隣に立つ大輔くんが「モップ……?」と呟いた。先ほどの説明を宙に浮かせたままだ。
「あのね『モップ』はね、小さい頃に可愛がってた近所の大型犬なんだ。頭を撫でられるのが大好きで、私に一番懐いてて、遠くで呼んでも直ぐに駆けつけてくれる良い子で……」
「そのワンちゃんに、俺が似てるって?」
「……う」
だ、だって! キラキラと目を輝かせながら頭を手に摺り寄せて来るところとか、呼べば瞬時に駆け付けてくれるのはもちろん、呼んでもないのに気付いたら傍にピッタリくっついてるところとか……すっごくそっくりなんだもん!
まぁ、でも、犬に似てるなんてちょっと失礼だったかな。
そう思って大輔くんをチロリと見上げると、にっこり笑顔を返された。なんか怖い。
「そんなこと言ってると、モップ二世が黙ってないよ~?」
良いのかな~? なんて悪徳顔で笑っているみゆねぇは、大輔くんの席と反対側の私の隣を陣取った。
三富くんが私たちの分も含めて順番にお絞りを手渡してくれる。
梅雨明け宣言以降グングンと気温が伸びているので、冬場と違ってひんやりした冷たいお絞りだ。
先ほど大輔くんがかけてくれた膝掛けも、ガーゼ生地で涼しい。店内は程よい冷気に満ちているけれど、エアコンの風が直にあたらないように調整されている。
快適だな、なんて思いながらみゆねぇに言葉を返す。
「も~! みゆねぇ! いい加減にモップ呼びじゃなくて名前で呼んであげなよ」
「モップが死んじゃったときに、希帆があんまりにも泣くもんだから自分で宣言したんじゃん。『自分がモップ二世になるっす!』って。だから、アイツは『モップ』なの。今でも希帆の従順な僕なんだし」
「もう二十年も前の話じゃん……。流石に四十台の男の人を犬呼ばわりするのは良くないよ……」
「希帆さん、誰の話してるの?」
「あ~……。えっと……」
どう説明するか迷っていると、後方の扉が鈴の音と共に開く。
それからけたたましい足音がしたかと思うと、私の身体にズシリと荷重がかかる。
「姉御~! お久しぶりっす~! いらっしゃるとは思わなかったので、お会いできて嬉しいっす~!!」
私の肩に両手を乗せてニコニコと笑って居るのは、私より一回り以上も年嵩の園田くんその人だ。
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