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ドキドキ同棲編

龍臣の贖罪⑬【龍臣視点】

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希帆を母親の家に連れて行く日も、朝から雨が降り続いていた。
重く暗い雲は俺の心を反映しているみたいで、何となく笑える。
まずは一か月間、希帆だけが母親と暮らすことになった。
俺とババアはオッさんに由香里を預けて、歩いて希帆の母親の家に向かった。

「ここだねぇ…」

ババアが二階建ての立派な戸建ての前で立ち止まり、渡された紙切れと塀に掲げてある番地を見比べてから呟く。
白壁のその家は、雨の中で見上げると切り取られた異世界のパーツみたいだった。
今日から希帆はこの家で生活する。
異世界みたいなこの家で。

「ママ、も~、待ちくたびれたよ~!さ、入って、入って♡」

インターホンを押すと、年齢の割に妙に若作りな恰好をした希帆の母親が跳ねるように出てくる。
甘えたな口調なのは、長年ホステス生活を続けているせいなのかもしれない。

「立派なお家でしょお?ママが通わせてくれた病院のカウンセラーさんのお家なんだぁ♡再婚の話も出ているし、これで希帆たちにも良い生活をさせてあげられるよ~」

ババアに話しかける希帆の母親は、不気味なくらいにニコニコと笑っている。
自分で呼び寄せておいて、希帆の顔は一度も見ない。

「ヲイヲイ…、分かってんだろぉね?アンタはまず、希帆の信用を回復させるのが先だよぉィ?再婚だなんだなんざ、そっからの話さ」
「はいはい、分かってますよ~だ!今度の人は絶対大丈夫!!私を信じて、ママ♡」
「……はぁ…。それから、アンタ、酒には絶対に手を出すんじゃないよぉ!?」
「もちろんだよぉ~。彼にも止められてるし、何よりまた病院通いなんてしたくないからね!もうお酒は飲まないよ~」
「病院云々の前に、希帆に手をあげることが問題なんだろぉが!!」

軽々けいけいと交わされる話に憤りを覚え、ついつい声を張り上げてしまう。

「…やだ、やっぱり大きな声を出す男の人って野蛮で怖いわねぇ~、希帆?ごめんねぇ?お母さん、病院に行ってたからって、こんなに怖い人の所で生活させてたなんて!でも、今度の『お父さん』は優しい人だから安心してね♡」

希帆の母親は大袈裟に怖がる素振りをして、わざとらしく希帆の身体を抱き寄せた。
反射的に拳を構えた俺をババアが目で制す。
舌打ちをする俺を見て、希帆の母親がほくそ笑んだ。

「ママの息子さんにこんなこと言うのもなんなんだけど~、こんな危ない人と希帆を会わせるの嫌だから、二度と会いに来ないで欲しいんだよねぇ~。希帆のためだし、お願いね♡」
「ふざけんなっ…!」
「龍臣ィ!!聞き分けな!!!」

今度はババアが身体を張って俺を止めた。
それくらい俺は怒りに満ちていた。
必要以上に甲高い声を出しながら、希帆の母親が希帆の髪を梳いて滔々と続ける。

「だってぇ~、この子たちの親権は私にあるんだもの~♡この国では~、母親と一緒に居る方が幸せなんだから♡ね、希帆もそう思うでしょ?」

そう言って希帆の顔を覗き込む。
希帆の目は曇天のように何も映しては居ないようだった。

「…チッ、ほんと可愛くない子」

反応を返さない希帆に苛立っているのか、悪態を吐く様子にババアが叱責する。
悪びれもせず面倒臭そうに「はいはい」と言葉を返した母親は、それから延々と未来の『旦那』自慢を始めた。
その顔は『母親』の顔ではなく、『女』の顔をしている。
『旦那』候補の男が子供好きなため、希帆も由香里も引き取るようにと言ったらしい。
そうじゃなければ自分一人で子供二人の世話なんて出来る訳がないと言い切る母親に、俺は唾を吐きかけそうになった。
どうでも良い話をペラペラと喋る母親の隣で、希帆が感情を忘れた顔でジッと座っている。
背筋を伸ばし、前だけを向き、隣の母親に攻撃の糸口を掴ませないかのような態度で。

「ところで、希帆はちゃんと喋れるようになったの?いつまでも舌っ足らずな喋り方してたら、お母さん恥ずかしいからね」
「…ちゃんと話せます」

母親の顔を見上げることもなく、声に抑揚もなく、希帆は前方から視点を逸らさずに答えた。
希帆の空気がピンと張り詰めている。

「…あっそ。それなら安心ね。……ママ、悪いけどもう帰ってくれる?今日は彼も早く帰って来てくれるらしいから色々と準備したいの」

母親は希帆を一瞥するとさして興味もなさそうに返答し、俺たちを強引にソファーから立たせた。
追い立てるように玄関まで誘導し、これまでの礼だと菓子折りを持たせて来る。
その菓子折りを断り、俺もババアも不機嫌さを露わにした顔で靴を履いた。
慣れない革靴に苦戦していると、希帆が切羽詰まったような顔で俺の手を取る。

「……っ」

久しぶりに触れた希帆の手は、驚くくらいに冷たくて、小刻みに震えているようだった。
希帆が手に力を込める。
ぎゅうっと握られた指が痛い。

「……希帆?なにしてるの?」

背後から母親に声を掛けられて、希帆は俺の手を振り払うように解いた。
そのまま一歩後退した希帆は、母親に促されるまま俺たちに挨拶を口にする。

「さようなら。お元気で」

ニコリとも笑わない希帆との別れもそぞろに、母親の手によって玄関の戸がきつく閉ざされた。
痛みを覚えて希帆に握られた手の平を開くと、小さな爪の痕がくっきりと残っている。
俺はその痕をしばらく見つめて、血が出るほど唇を噛みしめた。
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